《20-2怒り狂う母鳥》
声の主が誰かは分からなかったが、俺は「私の子を返さないつもりか」という台詞を、脳内で反芻した。
もしかして、と大きなロックを見上げる。
その瞬間、そいつの巨大な嘴が矢のように襲った。
「ボルトスパイク・アップライジング!」
マクベスの放った突き上げる雷撃が大ロックに命中し、俺は間一髪で難を逃れた。
大ロックは目の前で声を絞り、苦しそうに体を痙攣させた。
やはりさっきの女の声は、こいつが発したものだった。
そしてこの怪鳥は、空からまっすぐここへ飛んできたのだ。
もしかして柵の魔除けが、破られてしまったのか。
護符が埋まった柵の杭はすでに、数え切れないほどの傷がつき、ところどころ曲がっていて、すぐにでも壊れそうだ。
「柵の防護魔法が、だいぶ弱くなっています。他の雑魚はともかくこの女王ロックなら、入って来るのは容易いでしょうね」
「ありがとう」
しかし少しだけ、嫌な気分が残る。マクベスを責めるわけじゃない。
ただ、この目の前で苦しんでいるのは、例の卵の母鳥だ。
俺がぼやぼやしていたせいで、母鳥を苦しめてしまった。
その上女王に危害を加えられて、他の怪鳥どもの憎しみの視線がこっちに集まる。
「めっちゃ、怒ってるよお!」
ゴーフルがチャクラム両手に、状況の悪化を嘆く。
「自分達の命を捨ててまで、魔物達に情けを掛ける義理はありません」
マクベスの悪く言えば薄情な、良く言えば割りきった態度がこの上となく頼もしかった。
理由も無くこの目の前の母鳥を傷つけるのは、あまりに辛かった。
「それに、致命傷にはしてません。訊きたいことがありますしね」
マクベスは母鳥に向き直って近付いていく。おそらく思いついたことは、俺と同じだろう。
「言葉が解りますね? 僕はあなたの卵の場所を知っています」
彼に話かけられると、女王の今にも殺しにかかってきそうな形相が、一変して落ち着いたものになる。
「……やっぱりロバートと、ヨハンか」
柵の防護に回っているはずだとロバートを捜す。いた、ヨハンも。
ちょうどいい。
人前で言うのもなんなので、少し離れたところに彼らを誘導した。
「ロバート、ヨハン。卵、あるだろう?」
やはり彼らも「そう」思っているのか、ばつが悪そうに視線を逸らすだけで、答えない。
「ちょっとアル、うちの息子がこの騒ぎの原因だって言うの!?」
近くの家に避難していたロバートの母親が、聞いていたらしくて喰ってかかった。
マクベスがロバート達を見ながら、穏やかな、しかしはっきりと言った。
「女王の卵が戻らなければ、この村も無事ではいられません。今日はやり過ごせても、村人全員八つ裂きにするまで、彼女達はここに通い続けるでしょう。ともすれば……犠牲が、この村だけで済めばいい方かもしれません」
脅しすぎだよと、つい額に手を当てた。
俺だってそんな脅し文句を、目だけ笑っていない笑顔で迫られたら、動けなくなってしまうだろう。
ロバートの母親も、心なしか顔が白くなった状態で静かになった。
「怖いんだったら、俺が」
代わりを申し出ると、セレフィナが待ったをかけた。
「待って。卵は、彼ら自身に返させるべきよ」
ロバートやヨハンは卵を盗んだ張本人だ。誘拐犯が子供を返してきても、親は許すだろうか。
「それはちょっと危ないんじゃ」
「他の人が返しに来たって、納得はいかないわよ。盗んだ本人が返して謝罪をすることによって、少しでも女王に、誠意を見せなければいけないと思うの」
セレフィナの言葉を厳しいと思いつつも、その通りだと説き伏せられてしまった。
「そうだね。卵は自分達で返す。そのかわり、その間守っててやる。それならいいだろ?」
俺の提案に、彼女が「いいわ」と返事し、ロバートの隣についた。俺はヨハンの隣につく。
卵はロバートの家だ。まずは卵を取ってこさせなければならない。
「僕とゴーフル君は、手下に備えますよ。女王も、苛立ってるでしょうし」
卵を持て来たロバートとヨハンを、女王の前に立たせる。
彼らは母鳥の大きさと、今にも引き裂いて殺しそうな目に恐れをなしている。
「ご……ゴメンなさい」
半泣きの声で許しを乞うロバートの震える手の平が、魔物の女王の卵を浚ってきたものとは思えないほど頼りない。
だからヨハンにも手を添えるよう促すが、ほとんど変わらなかった。
それでも卵は女王の眼前まで差し出され、俺もセレフィナも「ホッ」と聞こえるくらいに安堵の息が漏れた。
「あっ!」
どちらかが手を滑らせる。俺達が手を差し出すよりも引力が早く、卵は無残にも砕けてしまった。
もう「かえらない」それからは、潰れた卵黄が流れた。
殺された我が子を前にした女王の声は、悲壮さを帯びて空気を振動させた。その振動で倒れた卵からは、赤い筋の通った、生まれる寸前の命が見えた。
「殺してやる!」
血走った目から、ぞっとするほどの狂気を感じる。
鳥達のざわめきが大きくなった時、咄嗟に彼らを突き飛ばした。
「危ない、どけ!」
ロバートのいた位置で、嘴と剣がぶつかった。
「セレ……フィナ。彼らを!」
かろうじて言葉が出る。
女王の力は強く、押されてしまうのではないかと痛む腕に気を配りながら、女王に話しかけた。
母鳥は牙を剥きながらも、きわめて冷静な口調で応えた。
「何故、こいつらを庇うのだ?」
「それは」
答えられない。
震える嘴を伝って、彼女の卵への愛情と、無念が伝わってくる。
「人間は、何をしてもいいのか。相手が魔物であれば、いたずらに子を奪って殺してもいいのか」
「それでも」
おそるおそる、彼女に答えようとする。
命が危ない仲間がいれば、命がけで助けなければならない。
「マクベスさん!」
セレフィナが叫ぶ。マクベスの周囲にいた鳥達は、首から上を失っていた。
俺と目が合ったゴーフルが、大きく首を振った。
「もうダメだよ、兄ちゃん!!」
「卵が潰れてしまった以上、女王をなだめる手段はもうありません! ロック達を生かしておいたら、村人は皆殺しにされてしまいます!」
マクベスの発した「皆殺し」という言葉が合図となって、村人達はパニックを起こし近くの家に先を争って引っ込んだ。
「兄ちゃん、早く女王をしとめて!」
そうは言われても魔物の女王だけあって母鳥は強く、嘴を受け止めるだけで、精いっぱいだ。
「よくも私の子を! 死ね、死ね、死んでしまえ!!」
(言葉なんて、通じなければいいのに!)
目を閉じて、姿が認識できなくなれば、彼女を魔物だと思えない。
声だけを聴けば、叫んでいるのは子を失って泣く、ただの哀れな母親でしかないのだ。
マクベスの詠唱、雷の落ちる音や、燃える音。焦げる臭い。血の臭い。
怪鳥の鳴き声も、絶命する兵士の悲鳴に、頭の中で生々しく変換される。




