【第20話 アルフィード編:怪鳥の卵】《20-1村の上空を飛ぶ、怪鳥(ロック)の群れ》
赤黒い地獄の夢で飛び起きる。
陽炎みたいにゆらめく黒い影の絶叫が、まだ耳から離れない。
マクベスに薬草をもらおうかとも思ったが、眠ってしまっていたのでやめる。
(マクベスだって、疲れてるんだ。起こしちゃ悪いや)
真ん中のベッドで高いびきをかいているゴーフルの顔が、やっぱり憎たらしく羨ましい。
窓の外には、誰もいない。
足が痛くなるまで散歩でもすれば疲れて、夢を見ないかもしれない。
そう思いつき、そっと着替え、忍び足で部屋を出た。
一階でふと足を止め、客室ドアの列を眺めた。
あの最先進国から来た騎士が、ユングに会いたがっている。
彼も、有名になったんだな。そしてやっぱり、腕は確かだったんだ。
自分が大会に出たらどうだったんだろうかと、無意味な想像をした。
夜道には前までなかった、魚尾型の燃料灯が等間隔で設置されているので、カンテラを持ち歩く必要がない。
帰ってすぐの時点では、以前の光景がそっくりそのまま再現されていると思ったが、ちょこちょこ変わっている箇所がある。
以前の星明りだけの夜道も好きだったが、安全には替えられないし、やっぱり、手ぶらで歩けるのは快適だ。
よく見ると外との境を示す柵の、太い杭にも札が一つついていた。
それも、今までたくさん貼りめぐらされていた、布や紙製の護符ではない。
金属板に、読めない文字の言葉が刻まれたものが、杭に埋め込まれていたのだ。
今までの護符と同じ役割だとすれば、魔物の侵入防止の護符だろう。
もう少し歩くと、いつの間にか、かつての自分の家が目の前にあった。
もう火は消えているのに、炎の黒い影は残ったままだ。
焼け落ちた一角は、ちょうど両親の寝室があった場所だった。
無意識のうちに、ポケットをまさぐり、家の鍵を探し当てる。
どうしても捨てることができなかった。もう帰る家がないと、解っていても。
「ただいま」
当たり前だが、返事はない。
一階にある俺の部屋は、あの時のままだ。
ベッドのマットレスに寝転ぶ。
あれから、一年どころか半年も経っていない。「ただいま」と言って、「おかえり」と返って来た日は、ついこの間なのだ。
なんだか俺一人だけ、年数の感覚が、ずれている気がした。
ミスティに会いたければこの村に戻れと、悪魔は言っていた。
村の人達の様子からしても、俺達が着く前に来てはいないようだ。
母親を殺した魔物を捜しに、彼女はここへ戻って来る。
一〇年前、母親の無残な死体を見たショックから、ミスティはしばらく口がきけなくなった。
それでも、形見のネックレスを常に身につけている以外は、月日とともに傷は薄れていったように思えた。
そこにセドナおばさんの死を鮮明に思い出させる出来事が起こり、そして復讐のチャンスが訪れたとしたら。
そう思うと、ミスティが黙って急に出て行ったのにも合点がいったと同時に、心の傷につけ込んだあの男に対する憎しみが、瞬間的に噴き出す。
自分だって、そんな誘惑をされたら乗ってしまうだろう。
愛する家族を利用して破滅に導くなんて、卑劣以外の何物でもない。
暗い静寂の中で耳が、変な音を拾った。音は徐々に大きくなってきていた。
それが鳥の羽音で、それもたくさんいると気付く。鳴き声も混じる。
尋常じゃない嫌な予感がしたので剣を抜いて窓を開け、外を見た。
大きな鳥の影が空を覆い尽くしていて、慌てて外に出た。
やはりあの騒音に、みんな起きてきたようだ。外の様子を伺いながら、人々は空を見ている。
「この村はロック鳥の、餌場に認定されてしまったようね」
向こうから走って来たセレフィナが、怪鳥の群れに覆われた空を見上げる。
「逆に焼き鳥にしてやりましょう」
「マクベス兄ちゃーん。今度こそ、肉屋の店主が心臓発作で死んじゃうよ」
マクベスとゴーフルも、鳥を撃ち落としにかかるが、ある違和感が浮かぶ。
「待って」
違和感の正体を見極めようと、ロック鳥達の動きに少しばかり注意してみる。
彼らは旋回を繰り返している。
一見餌を物色しているようだけど、しきりに首を動かしている様子は、何かを探しているようにも見えた。
「たぶん」
マクベスの視線の先には、みんなと同様、様子を伺いに来たのであろうヨハンがいる。
そちらに走っていこうとすると、鳴き声と羽音が慌ただしくなる。
何が起こったと上を見ると、ひときわ大きなロックが羽ばたいていた。
大きなロックは旋回しながら徐々に下降し、甲高い鳴き声を上げた。
するとロック鳥達が、従うように一斉に降りる。
やられるまいと、村人達もみな、剣や槍、中には農具などといった思い思いの武器を取った。
セレフィナが剣を振り上げるも、するっとかわされた。
かわされたというよりは、鳥が途中で引き返したようなのだ。
「なんなの? 近付くだけで、攻撃してこないわ?」
実は俺も、剣を振り上げたところ、奴らが地面につく前にターンして、空へ戻っていった。
「もしかして」
護符の仕込まれた柵が守っているので、彼らは一定の距離は近付けないのでは。
そう思って柵を見ると、たかるロック鳥に加えて、無数の風の刃や大きな石つぶてが、護符の埋まった柱に集中してぶつけられている。
「柵に、奴らを近付けちゃダメだ!」
こう叫ぶと、村人達は迷うことなくグループに分かれて、柵の太い杭へと固まって走る。
俺達はできるだけ、柵や地面に近付いて来た鳥を仕留めた。
いくら倒しても、きりがなかった。
足元に散っている羽根や死骸が積もるにつれて、俺の方も、そしてみんなの疲労も積もっていることが、無言でも肩で息をしているだけで見て取れた。
大きな怪鳥は、奴らの親玉なのだろう。
奴の命令で、柵を壊しているのは間違いない。
彼らは何羽かで襲撃部隊を組み、それが敗れるとまた補充するように新しい部隊が組まれて襲い掛かる。
どこからともなく……いや、すぐ近くで低い、女のような声がした。
「あくまで、私の子を返さないつもりか」




