《19-2魔物の卵》
村長の家を出て少し離れたあたりで、セレフィナが申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、こんなこと言うのもなんだけど……やっぱり、まずかったんじゃないかしら? 血のつながりがないとはいえ、我が子のように育てた娘さんが、悪魔の手に落ちてしまっただなんて」
話を切り出した時はよかれと思ったけど、軽率だったと後悔した。
「いずれにせよ、彼女はここに戻ってきます。この村も、そう広くはない。対面は避けられないでしょうね」
マクベスの言葉で気を取り直す。
「それもそうだな」
ここでゴーフルが、俺も考えもしなかった危険性を述べた。
「それにさあ、いきなり見るよりは、よかったんじゃない? もしかしたら力を望むあまり、悪魔になって狂暴になってるかもしれないし、それどころか見た目もキッツイ感じになってるかもよ。筋肉ムキムキのオーガみたいにさ。ひょっとしたら顔も、見る影もないくらい……」
「やめてくれ」
酒場の前に、ちょっとした人だかりができている。
人だかりの中心にはロバートと、ヨハンがいた。
道場の門下生やら女の子達やらが、「すごーい」などと彼らをヒーローのように囲んで、わいわいと騒いでいる。
その内、ヨハンの方が俺と目が合った。
「あ、アル!?」
「無事だったのか、よかった」
俺はこの二人が嫌いだ。
だけどあんな災害の後はこんな奴らでも、生き残っていてくれたのは嬉しい。
「アル!」
華やいだ声に呼ばれたと思うと、人だかりの中から飛び出してきた少女に抱擁される。
「リ……リエル!?」
「嬉しい、無事だったのね!」
彼女は手を握ったまま、その大きな瞳を潤ませた。
ニヤニヤといやらしさの混じった、からかうような周囲の目に気付いたのか、彼女はハッとした顔をした後に、素早く身を離した。
「あ、ごめんなさい。『生死不明』って聞いてたから、つい嬉しくて」
顔を赤らめつつ、彼女は手を顔の前で振った。
こちらに気付いて敵意をあらわにしたロバートが、こちらを睨みつけながら「フン」と鼻を鳴らす。
「その人達は、街の方?」
リエルといっしょにロバート達を囲んでいた、かしまし娘達からのこの質問には「彼女は首都、彼らは外国から」と簡単に答えた。
「チェッ、なんだよ帰ってきたのか。王女の所で、飼ってもらえばよかったのに」
俺が嫌いなら無視すればいいのに、ロバートはわざわざこちらにやって来て、悪態をつく。
そしてマクベスやゴーフルを一瞥した後、セレフィナを「まあまあじゃねえの?」と品定めした。
視界の隅に、一抱えほどの大きな荷物を持ったヨハンの姿が入り、なんだろうと凝視してしまう。
「ねえお兄ちゃんたち、それなに?」
ゴーフルも興味を持ったのだろう。
ヨハンの持つ荷物を見上げて、猫かぶり用の口調で質問した。
集まっていたみんなの「そうそう、勇気あるよなー」などと称えるようなセリフから、人だかりの原因は、その荷物の中身のようだと察した。
女の子達からは「ちょっと怖いけど」なんてセリフも上がっているが、門下生達は興奮気味に「すっげえ」を連発した。
不機嫌そうな表情を一変させ、ロバートが得意そうに鼻の穴を膨らませて袋を開けた。
「へへっ、森の奥に洞窟があってさ。探検して来たんだよ」
それは、卵だった。
鳥類のようだが、ただの鳥にしてはかなり大きい。
ロバート達の、英雄然とした様子からしても、それが何か想像できた。
盛り上がっているところを申し訳ないが、俺には不安の種にしか思えない。
「それ、魔物の卵じゃじゃないか。大丈夫か?」
ロバートの顔が、再びムッと怒りに変わる。戦果にケチをつけられたと思ったらしい。
「相変わらずいい子ぶりやがって。さっさと外へ行っちまったお前らと違って、こっちは行商人に売るもん調達しなきゃなんないんだぜ」
「ユングも、アリア連れて親父さん達と大会だ、賞金だなんだって、どっか行っちゃったんだ」
同じ門下生のミックも、村長の家で聞いたような話をした。
しかし俺もユング達も、遊びに行ったわけじゃあるまいし、非難される筋合いはない。
そう思っていると、その場がまたわっと盛り上がりを見せた。
「ユング達、新聞にも出たのよ。ちょっと見づらかったけど、写真も載ってたの!」
「先生って、やっぱ有名な武芸者だったんだな。普段はただのオッサンだから、見直しちゃったよ」
「アリア、家族いなくなってから、ユングの家に住んでんだろ? 大会にもついてったんだって」
「ああー、俺も何か大会出ようかな」
「お前じゃ予選落ちだよ」
どうも、ロバートと他のみんなの話の内容に、ギャップを感じる。
ロバート以外は「みんなの生活が大変な中、ユング達はどこかでフラフラ遊んでいる」と思ってはいないようで、ホッとする。
むしろ村から有名人が出て、浮かれている。
「うるせえぞ!」
ロバートの怒号が飛ぶと、それからみんな静かになる。
要するに彼は、自分以外のヒーローの存在が気に喰わないのだろう。
「見世物になりやがって。ユングだけじゃねえ。あのクソ女だって、一人で助かろうとしていなくなっちまったろうが」
話の流れからして、コイツの言う「クソ女」は、アリアのことだろうか。
彼女は家族をみな失った、という話が今出たばかりなのに。あまりの不謹慎さに虫唾が走る。
「村が大変な事になんの、知ってたんだろ!? だから急にいなくなったんだ!!」
アリアのことじゃない。
そしてその誰のことか悟ると同時に、我慢の限界が来る。
危うく掴みかかりそうになったところを、セレフィナに手を押さえられる。
目が合うと彼女は「ダメよ」とばかりに首をゆっくり振った。
無意識だったけど、俺も拳が握りしめられていた。
「ゴメンゴメン、ロバート。でも俺達の方がすごいよな?」
「チっ、分かりゃあいいんだよ!」
ヨハンのゴマすりに吐き気を覚えていると、マクベスが身をかがめて、まじまじと興味ありげに卵の袋を眺める。
「確かに、高くは売れそうですけどね。闇市なんかでは、危険なものほど高値つきますし。モノ好きな金持ちは欲しがりますからね、こういうの」
都会(ここや周辺の村に比べれば、みな都会)から来た人間の知識には説得力があったのか、みんな顔を見合わせてロバートへの賞賛に戻る。
「お前、モノが分かってんじゃん」
機嫌の直ったロバートは、マクベスの肩をバシバシ叩いて満足を伝えていた。
ここでマクベスが、俺にこっそり耳打ちする。
「ただ『もしもの時』の始末が、彼らにできるかどうか」
「……うわあ、やっぱりそう思うか」
もしもの時、というのは、魔物が孵ってしまったり、その親が取り返しに来てしまった時の話だが。
「事実を述べたまでだよ」
彼は悪びれもなく、言った。
確かにみんなの、そしてロバートの関心は、危険性や所持方法ではなく、高く売れるか否かなのだ。
「それにうまく、話はそれたでしょう」
どうやらマクベスは、さっきの不穏な様子を察して、話を変えてくれたようだ。
あんな奴らの言葉に冷静さを無くしかけた事が恥ずかしい。
自慢し終わって満足したのだろう。ロバートは帰っていった。
奴がだいぶ遠くに行ったのを確認して、ミックが興奮気味に新しい話を出す。
「そうだ。アルだったら、旅の剣士も満足するかもしれない!」




