《18-3『不朽の聖護晶』と『万断(ばんだん)の聖刃晶』》
「おかえりなさい。先生は今留守にしていますが、戻られたら家に上げるようにとの言いつけです」
庭掃除をしていたアミーが俺たちをリビングへ通し、てきぱきとお茶を淹れる。
「ちなみにどこへ?」
「王都にある施療院へ。『スイッチ病』についての研究を、院長先生と今共同でしているみたいです。では、掃除の続きがありますので。ごゆっくり」
あいつとの共同研究なんて、施療院の先生の胃がストレスで溶けてしまわないか。
そんな失礼な心配をしている間に、ぺこりと頭を下げ、アミーは庭に戻っていった。
ほどなくして玄関ドアを開ける音がして、スリザスの帰宅を教えた。
「なんだお前ら、生きて帰ってきたのか。しぶといな」
もうこんな酷い挨拶をされても、誰も反応しない。
「お邪魔してるよ」
スリザスが座ると、掃除を終えたらしいアミーは、彼の分の茶を用意し始めた。
「さて、どうだった?」
「剣のかわりに、これがあったんです」
白い宝石の方を見せると、彼は短い息を吐いて無言のダメ出しをした。
「……やっぱり、違うんですか?」
「いや、これでいい。これらは武器に組み込んで使う。正確には、使い手の手になじんだ武器に神の力を添えて、最高の武器にする。呼び方の所以は、武器の代表格である剣が、通称として使われていたにすぎない。問題は、もう片方がない。片方だけ盗むやつがいるとは思えん。どこでヘマをした?」
「実は」
手に入れた後に現れた、悪魔の話をした。
「奴にじっと見られた途端、動けなくなったと思ったら、手が勝手に黒の方を差し出して」
急に今まで鋭く細められていたスリザスの目が、大きく開いた。
「ど……どうしたんですか?」
「俺の考えが当たっているとしたら……魔王アンジェなんぞよりも、ずっと厄介な魔族だ。奴の、というより一族の名は『シュットガイスト』」
「シュットガイストですって!?」
マクベスが立ち上がって大声で返した。
「なんだよ? マクベスは知ってるの?」
「黒魔術系の魔導をやる者は、必ず耳にする名前です。一族の詳細は不明で、神殺しとも、あらゆる悲劇の根源とも言われていますが…………。悪魔の中でも、最も恐れられている存在の一つなんですよ」
マクベスの説明にスリザスは頷き、解説を続けた。
「厄介なのはシュットガイスト一族特有の魔法『メルフ・コル』。意味は『全ての王』だ。奴は意思一つで、万物を操る能力を持っている」
動けなくなった原因が判明すると同時に、むざむざと神器を奪われた悔しさが蘇り、唇を噛む。
ゴーフルが重い声で、ぼそりと恐ろしいことを呟いた。
「操られて、殺し合いさせられなくてよかったね」
メルフ・コルとやらでなくても、お互いがシュットガイストの奴に見えるように幻覚をかけて……というような具合に、潰し合いをさせることだって可能だ。
「そうだな。あいつの目的は神器であって、俺達なんてどうでもいいんだから」
たまたま居合わせただけで、殺されてしまった野盗達の屍が脳裏にちらついた。
「シュットガイストは、ブルジェオン家と契約していた記録もある。今回も手を組んでいる可能性は極めて高い。とりあえずは全員の生還と、一つだけでも石が確保できただけ、喜んでおくべきだろうな」
シュットガイストの話が出てきてから、スリザスの態度が明らかに変わっている。それだけで、シュットガイストが厄介な存在であると物語っているようだ。
それでも、怖気づくわけにはいかない。
セレフィナが小さく挙手した。
「あの、すみません。シュットガイストの事で、もう一つ相談したいことがあるんです。実は、彼に囚われている娘さんがいるみたいで」
彼女が相談したのは、ミスティのことだと悟る。
「私も断片的にしか事情を知らないんですけど、お母さんを魔物に殺されていて、その仇を討つ為に彼といるみたいなんです」
ここまで聴いただけで、スリザスは眉間に手を当てて深いため息をつく。
「俺も聴いた限りの情報でしか判断はできないが、多分その娘とやらは、もう助からない。諦めろ」
「どうして!?」
思わず立ち上がってしまった。
ケガや病気をしているという話ではない。
なのに何故、もうすぐ死ぬと確定したような、結論を出されなければならないのだ。
スリザスは、絶望的な病に慣れたベテランの医者のようにすらすら続ける。
「推測の域だが、母親の仇を討つ為に力を欲して契約をした。そんな所じゃないか。その場合、方法は限られる。そして分不相応な願いには、高い代償が伴う。『娘』と呼ばれるような年齢の者が、払えるものじゃない」
「……払えなかったら、どうなるんですか?」
「命で払う。もしくはすでに、差し出す旨の約束を交わしているだろうな。誰もが持っていて、かつ最高の財産だから」
何も言い返せない。
貯蓄はしていたようだけど、ウエイトレスの仕事の報酬では、悪魔の力に見合う金額ではないだろう。
「そもそも悪魔についていくなど、よほど思い詰めていたんだろうな。それかよっぽどの世間知らずか」
「だけどそのこ、アル兄ちゃんとおなじ村の出なんだよね?」
ゴーフルの言いたいことは、想像ついた。
「誰が世間知らずの田舎者だって?」
「そこまで言ってないよぉ」
言ったも同じだ。
スリザスが解説を再開する。
「話は戻るが、天空王の神器について説明する。
名前はそれぞれ、白の石は『不朽の聖護晶』、黒の石は『万断の聖刃晶』という。
使い方はさっき言った通り、武器に合成して、天空王の力を借りる形になる。
具体的には、白の方を武器や鎧に合成すれば、決して傷のつかない頑丈なものが出来上がる。
黒を武器に合わせれば、思うものすべてが斬れる剣になる。
両方武器に組み合わせれば、不思議な事にどんなものでも斬れる反面、頑丈かつ大切なものには当たっても傷一つつけない、まさに神がかったの武器となる」
攻撃力に反映されるのは、黒の方か。
「肝心な方を、持っていかれたというわけか」
「いや。片方だけでも残っていれば、対抗手段はなんとかなる。腕のいい鍛冶屋を紹介してやるから、早く武器を作れ」
彼が「待っていろ」と、奥へ引っ込んでいったかと思うと、戻って来て封筒を差し出した。それは「フォルジュロン」という者に充てられた手紙だった。
内容に目を通すと、この人物は近くの洞窟で鍛冶屋を営んでいるという。
「紹介状だ。これを持っていけば、安くしてくれる。戻って来たら次の『海神王の神器』について話そう」




