《18-2クリシュナを出る船を待つ間の話》
港街の賑やかな声とカモメの鳴く声の、なんと癒されることか。
停泊所近くの休憩スペースに腰かけて、買った新聞を広げながら気を紛らわしていた。
「なに読んでるの?」
セレフィナに声を掛けられ、記事を彼女の方にやって中身を見せる。
「ああ、今日の新聞だよ。また帝国の兵士が暴行事件だって」
プリムスコロナ帝国の横暴は、田舎にいても耳にするくらい有名だ。
何度も聞いたり読んだりしているせいで、この話題にはちょっと飽きている。
「帝国ね……いろんな国に基地を置いているし、怖いわね。トリフィラートにも属国になれとか、軍事基地を置かせろとか、たびたび交渉に来るのよ。それに負けじと、レオパルテもいろんな所に勢力を伸ばそうとしているし」
「レオパルテ……か。そこの王様は、何も知らずにアンジェを宰相にしてるんだよな。問題は帝国とレオパルテ、正直どちらが世界を牛耳っても、ロクなことにはならないってことだけど」
ページをめくると、小さい欄の割にはちょっと面白そうな記事に遭遇する。
盗賊狩りのサフォーと呼ばれる、賞金稼ぎの話題だ。
つい最近出現し、この近辺で賞金首を次々狩り漁っていて、ちょっと有名なのだそう。
若い女性だという証言もあれば、大柄な男という証言も出ているそうだ。
どちらの姿でも、共通している証言が「青い瞳」とのこと。
セレフィナが、山を見上げる。
「サフォーの姿を写真に収めようとしても、必ず失敗するんですって。だから姿を見た人の、証言しか判断材料がないみたい。怖いけど、この国の山のことを考えると、なんだか神秘的ね」
「天使か、神の化身か。真相はどうせ、ただの賞金目当ての人間だろうけど。感謝している人はいるんだろうな」
不思議な出来事に自分自身が見舞われ、大天使の行き来する場所だと言われているあたり、真実味がある。
「ところで妹さん……心配ね」
セレフィナの言う「妹」の意味が、一瞬理解できなかった。
「妹? 俺は一人っ子で……」
いつそんな話をしたっけと記憶を遡ると、山の上の神殿で出会った悪魔男との会話の記憶に行きついた。
誤解されているようなので、訂正する。
「妹みたいに育った幼なじみ、っていうのかな。あの悪魔に脅されているか、騙されているのか。いずれにしろ、救ってやらなきゃ」
「妹みたい……ねえ」
突然のゴーフルの声に、かなりびっくりした。
振り返ると、買い物を終えたらしいゴーフルとマクベスが立っている。
「何が言いたいんだよ?」
彼の言い方には、ただ言葉の通りとは思えないような、悪意の滲んだ含みがあった。
「いやべつに。ベタベタし……いや優しくし合う関係には都合のいい……じゃなくて、ぴったりの言葉だなって」
このヘラヘラ嗤うデカい口を、いずれなんとかしてやりたい。
人間の心には必ず巣食っているであろう、小さな悪魔が囁いた。
マクベスにトントン、と肩を叩かれると、さっきまで優しかったセレフィナの視線が、冷え切っていることに気付かされた。
「セ……セレフィナ、なんか怒ってる?」
「ううん、何も」
確認すると彼女は冷たい視線から一転し、生ぬるい、どこか憐れむような目になって首を振る。
「お母さんの仇を討つ為に、武器を取っただなんて。そんな大切な話を、打ち明けてもらえなかったのね」
「会いたければ、オルカントリードの村に戻るがいい。母親の仇を討つ為、あいつは戻って来る。無駄話はここまでだ」
あの悪魔はそう言っていた。
「……正直、ショックを隠せないよ。セドナおばさんの死について、俺の知っている話とはだいぶかけ離れていて、信じられないんだ。あの言い方じゃあまるで、彼女が殺されたみたいじゃないか」
「あの悪魔にはおそらく包み隠さず話したのかしら。でも、小さい頃から彼女と兄妹のように仲良しだったアルを差し置いて、昨日今日出会ったばかりにも関わらず、そこまで彼女の信頼を得てしまうなんて。いったいどんな巧みな口車を…………」
彼女の話し方や声色はいつもと変わらないのに、どことなく棘を感じるのは気のせいだろうか。
やっぱり神器を奪われたことを、本当は怒っているのだろうか。
どうしようと、マクベスに助けを求めても「明らかに君が悪いよ。反省しなさい」と、クスクス笑ってあしらわれてしまった。
でも本当に「仇を討ちに帰って来る」って。
おばさんが、魔物の出る森で死んだのは知っている。
だとすると「事故」というより「獣害」ではないだろうか?
「彼女の母親は魔物に殺された? それでその魔物を倒すために」
少し強引だが、「人間による殺害ではない」と解釈すると、事故みたいなものだろうか。
当時子供だった俺に聴かせるには「魔物に喰われた」よりも「事故」という、抽象的な言葉の方がショックが少ないという、大人達の配慮だった……という推測が立つ。
それで力を手に入れる為に、ミスティは悪魔に魂を売った、ということなのか。
だとしたら、彼女の願いは叶ったとしても、いい結果にはならない。
悲惨な末路を迎えるのが、目に見えている。
今の気持ちを正直に告白するのならば、村に戻りたい。
本当の事が知りたいし、セドナおばさんの仇が今も存在しているなら、俺だって討ちたい。
そして何より、ミスティを助けたい。
だけれども、それを今言えるような雰囲気では、とてもない。
みんなに相談すべきか迷ったところ、セレフィナの口から、思わぬ提案が出る。
「アルの仮想兄妹の話なんかどうでもいいわ。心に傷を負った娘さんが魔族の手に落ちるのは、由々しき事態よ。彼女はオルカントリードに向かうのね。スリザスさんの所に寄ってから、その足で列車に乗って向かいましょう。ここから船でまっすぐ向かうよりも、早いわ」
船は一本のルートで行けるから、楽と言えば楽だ。
だが、途中途中で遭難に備えての供給や、暗くなってからの停泊もあるので、結果的にかなり時間がかかる。
しかし関係ないセレフィナはもちろん、マクベスやゴーフルには無駄足でしかなく、頼むのは申し訳ない。
「それに」
彼女はマクベスとゴーフルの方に体の向きを変えて、説得するように言った。
「もしアルが、彼女に本当に信頼されていれば、説得できるんじゃないかしら。もっとうまくいけばの話、あの神器を奪っていった悪魔の情報も、引き出せるかも」
ゴーフルが「あ」と小さく声を上げ、思い出したかのように言った。
「そういやそのミスティちゃんってさ、『レオパルテの宰相のとこにもらわれてった』って、ゼーンズフトのカフェの兄ちゃんが言ってたよな」
「宰相ギャラクス……魔王アンジェに、ね。だったら情報源として、なおさら価値がありそうね」
そう言って彼女は、レガリアとトリフィラートの地図を広げ、列車の最短ルートを確認してくれる。
「ありがとう。それと……ゴメン」
怒らせてしまって、理由も解らない自分が本当に不甲斐ないし、申し訳ない。
セレフィナはくるりと振り返って言った。
「でも、お母さんの仇討ちの後は、宰相のおうちで奉公の予定でしょ? レオパルテは裕福な国だし、説得したところで戻って来てくれるかしらね?」




