【第18話 アルフィード編:呪われた二つの宝石】《18-1幻の痛みと現実の痣》
「どこを見ている?」
背後で奴の声がしたかと思うと、背中に強い衝撃を感じて、前に倒れた。
「くっ!」
受け身を取って起き上がるも、そこに魔族の大男はいない。
でも確かに、靴の底のような感触と痛みが、背中にははっきりと残っている。
息が切れて、もう立てる気がしない。
さっきから、何度奴を「仕留めた」事だろう。
よけられていない証拠に、その都度、斬った手ごたえがある。
なのに……。
仕留めた次の瞬間、奴は背後や正面に回り込んでいて攻撃を仕掛けてくる。
だいぶ前にセレフィナは地面に倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
「クソっ」
ゴーフルがチャクラムを投げた。
それは分裂して、奴の両腕を落とした。
「やったか……!?」
ゴーフルが喜びの声を上げた瞬間、チャクラムはブーメランのように戻り、持ち主をも切り刻んだ。
両腕を失ったゴーフルは、血を噴き出して痙攣する。
「ボルトスパイク・スラスト! ……外したか、フォールダウン!」
珍しくヤケになっている様子のマクベスが、雷撃を前面に出したり下向きに落とすも、当たるのは残像だけ。
「ええい! ボルトスパイク……スイープ!!」
彼の手の平に召喚された光球から、直接放たれる稲光の線が空間を薙ぐ。
それは魔族男に命中し、奴は炎に包まれ灰になった。
(今度こそ……終わった)
俺の脚は、その場で体を支えきれなくなるくらいに安堵した。
しかし次の瞬間、俺は絶叫した。
炎と咆哮を上げる火だるまは魔族ではなく、マクベスだったのだ。
「そんな……」
重くなった膝を持ち上げ立ち上げた次の瞬間、景色が変わった。
(みんな、生きてるじゃないか……!?)
セレフィナも、マクベスも、ゴーフルも。
死んだはずの彼らが、立っているじゃあないか。
「ぁ……れ…………?」
声がうまく出ない。
不思議がっているのは、俺だけではなかった。
互いをゾンビでも見るような目で、見交わし合っている。
「アル兄ちゃん、頭がちゃんとある!?」
「ゴーフルちゃん、刺されたはずじゃあ」
「セレさん、崖の下の湖に落ちて、どうやって戻ったんですか?」
「マクベスは、今火だるまになったはずじゃあ」
察するに、俺達はそれぞれ違う幻を見ていたのではないか。
「さっきの悪魔野郎は!?」
ゴーフルの台詞でハッとして見回すも、あいつはどこにもいなかった。
「消えた?」
だがさっきも、消えたと思ったら……という展開が何度も続いたので、気を緩めないよう心掛けた。
「どこにも、いないわね?」
セレフィナが、怯えた様子で周囲を警戒する。
「幻影と、戦わされていた?」
だから仕留めても仕留めても、奴は出てきた。
「まさか! 手ごたえ、ちゃんとあったよ!」
ゴーフルが異論を挟むのも、無理はない。
斬った手ごたえはもちろん、血の臭いだってしたし、蹴られたり殴られた痛みもしっかりある。
炎に包まれたマクベスは、布や肉、髪の毛の焼ける匂いまでしていて、幻とは今でも信じられない。
むしろ今の生きた彼らが幻じゃないか。
そう心の隅で疑っているが、口には出せない。
「いやっ!!」
視線を止めたセレフィナが、短い悲鳴を上げた。
「あっ」
俺も、短く叫んだ。
さっき死んだ盗賊達の死体から、首だけが消えていた。
「え? なんで」
近くで屈んでみると、ゾッとした。
切り口の皮膚の不自然な歪みは、首がねじ切られた事を意味する。
「さっきの彼が、持ち去ったんでしょうか?」
マクベスがピントを合わすように、目を細めた。
(だとしたらいつ?)
考えると理解ができない。
理解できないという結論に達すると、逆に得体の知れない怪物を相手にしているという実感が湧きいて、毛穴と言う毛穴から冷たい汗が噴く。
「だけどあんなにリアルな幻ってありうるのかな? 声や姿だけならまだしも、攻撃をしたり受けたりした感触や、血の臭いまであるなんて」
だいたい幻覚といえば、見えるはずのないものが見えたり、聞こえるはずのない音が聞こえたりするのではないだろうか。
マクベス曰く、
「確かに、幻覚の中でも一番ポピュラーなのは『幻視』と『幻聴』ですが。幻惑の魔法を使う者の中には、『嗅覚』や『味覚』、『触覚』といった、他の感覚も加えることができる者がいる……らしいんです」
……だそうだ。
「つまり奴の幻を斬ったら、斬った肉の感触すら幻覚として返って来る、ということなのか? それに『らしい』って」
頷くマクベスの顔は血の気が引いて、少し色が薄くなっている。
「ええ。お目にかかるのは、僕も初めてですよ。僕は返り血を浴びました。濡れた感触はおろか、温かささえ感じましたよ」
そう言うマクベスの体や服には、シミ一つついていない。
何気なく、さっき奴に殴られたと思っていた腹を撫でた。
「うッ!?」
幻だったはずなのに、どうしてか本当に痛みが疼いた。
服をめくるとそこには、赤紫の痣ができていた。
「えっ、しっかりダメージ受けてんじゃん。結局本当は、攻撃されてたの!? しかもなんで、兄ちゃんだけ!?」
ゴーフルが俺の言いたかったことを、そっくりそのまま言う。痣を見ながら、マクベスが推測を述べる。
「あるいは、おそらくアルさんの体が、幻の痛みに騙されたんだろうね……神器さえ奪ってしまえば。アル君?」
塔の壁を殴った拳が、血を流していた。
「アル、大丈夫?」
セレフィナの、慰める声が遠い。
敗北感が雪崩になって、頭の中を埋めた。
手に負えないのという前に、戦ってすらいなかった。
それにも気付かず、真剣に剣をふるっていたのだ。はたから見て、なんと滑稽な場面だったろう。
「アル、とにかく傷を治しましょう」
セレフィナが、傷ついた手を握った。
血は止まり、傷口は痕もない。腹の方も、触ってももう痛くない。
だけど痛みだけは、生々しく残って現実感をもたらした。
「それにしても、奪われてしまいましたね」
マクベスの言葉が、胸を突き刺した。
「ゴメン」
「だけど、あれには逆らえないわ」
「そうですね。持っていかれたのは片方だけだったのは、不幸中の幸いでしたが」
マクベスのこの台詞で不安になり、荷物に手をやると、白い宝石はそこにちゃんとあってホッとした。
「かといって、じつはその見えてる宝石も、幻だったりしてね」
引きつった笑い交じりにゴーフルは、実に嫌なことを言う。
「や、やめろよ……信じちゃうだろ!」
背筋に走った寒気のせいもあり、本気で怒鳴ってしまった。
彼が悪気なく笑ったにせよ、あんな事の後では笑えない。




