《17-2魔法陣の影》
階段の果てには、威圧感のある鉄の扉だけがあった。
掛け金部分の太い鎖と巨大な錠前に、ゴーフルが顔を引きつらせた。
「『何かヤベエ怪物がいます』って、看板がついているみたいだね」
扉に耳を当ててみる。
「何か、聞こえますか?」
マクベスが言った。
しかし、閉じこめるような厳重な施錠とは裏腹に、中は静かなものだ。
「……いいや」
何も、いないのか。いや、安心するには早い。
扉の傍らにはわざとらしく、鍵がブラ下がっている。その鍵を取って差そうとすると、セレフィナが「待って」と、止めた。
「神殿に閉じ込められる前に、扉に青い宝石があったわよね」
「ああ」
俺の反応を確認すると、彼女は忠告した。
「あれは多分、水系の『宝石・護符』よ。あれで結界ができているの」
扉を見つめながら、マクベスが独り言のように言う。
「おそらく『ウンディーネの愛』あたりか。とすると、火属性の魔物が中にいる可能性が高そうですね」
ウンディーネとは、愛に生きる水の精霊だ。
だからシンボルとなる宝石の護符にも、そんな名前がついているのだろう。
「じゃあ、開けるよ」
鍵の開いた手ごたえが返って来ると、心臓も波打った。
背後でマクベスとゴーフルが、出て来るであろう魔物を迎え撃つべく構えている。鎖を丁寧に外し、扉を静かに開ける。
何もいない。だけど、安心など微塵も抱けない。
えづくことはもうないけど、やはり一瞬息を止めてしまう。
古い血の臭いに、それに、部屋に転がる異臭のもと……骨がところどころ散らばっているのが、薄暗い中にもはっきり見えた。
奥に大地神王の神殿で見たものと同じ、金属の箱がある。
おそるおそる中に入ってみる。中央まで進むと、天井の明かりが灯った。
下も照明とは別の何かが光を放った瞬間、マクベスが叫んでこっちに走って来る。
「危ない!!」
彼によって後ろに引っ張られると、床には魔法陣の影が現れていた。
顔は獅子で、蛇のような尻尾の化け物が、魔法陣から生まれる。
マクベスが、焦ったような大声で詠唱した。
「アイシクルダーツ!」
鋭利なツララが、キメラの額を狙った。
しかしそれは貫通することなく、奴の体から立ち上る熱気で、一瞬にして溶けて消えてしまう。
「マクベス危ない!」
キメラに振りかぶろうとするも、間に合わない。
すると宙を舞う光の刃がキメラを横殴りし、怪物は崩れ落ちた。
俺達を間一髪で救ったのは、ゴーフルのチャクラムだ。
「こっちだ!」
わざと声を上げて注意を引くと、キメラは狙い通り俺の方を向く。
そして姿勢を低くして狩りをする猫の体勢になり、次の瞬間こちらに突っ込んで来た。
同時に大量の水が降り、キメラを打ちつける。
ジュウーッという音と霧が立ち上ったかと思うと、マクベスが呪文を詠えた。
「ザミルザーニイ!!」
キメラはその体勢のまま、氷に覆われる。
ここであの大量の水は、キメラの体温をいったん下げるのと意識を逸らす為にマクベスが放った、無詠唱の魔法だと悟る。
詠唱というのは魔法に力や形を持たせる為にするものだが、それをすっ飛ばしてただの水を召喚したらしい。
開いた口の中を狙って薙ぎ払うと、化け物獅子は氷ごと二つになって、いわゆる「開き(魚料理のあれ)」になる。
「……はー。よかったあ」
緊張が抜けて、思わずその場にへたり込んだ。
「…………マクベス、ごめん……」
マクベスは危うく、喰い殺されてしまうところだった。
安っぽい正義感、いやプライドのために「案内」を勝手に逃がしてしまった。
住民を確保しておけば安全な手段も、取れたかもしれないと、改めてその真実が罪悪感を刺激した。
「いいえ、僕の方こそ」
マクベスがすっと手を差し出した。
意味を理解した俺は嬉しくなって、その手を思い切り握った。
「オイラも忘れんなよ」
ゴーフルのこと、本当に忘れていた。
最初にマクベスから標的を逸らしたのは、ゴーフルだ。
「あ、ゴメン」
「助かりましたよ」
「ったく!」
ここで大きな破裂音と澄んだ音が響いたかと思うと、大ぶりなガラスのかけらが降って来た。
「せせせせ、セレ……フィナ!?」
セレフィナが天井に向かって、どこからそんなものを持ってきたのか、銃を向けていた。
「あ、それもしかして僕の?」
どうやら彼女の持つ銃は、マクベスのだったらしいが。
この彼の反応を見た所、彼女に貸したものではないらしい。
「ごめんなさい。あの魔法陣を早く消さなきゃと思って」
煙を吹いたままの小さな銃を片手に、セレフィナは胸の前で腕を交差させて、戸惑いの仕草をした。
「そうか。魔法陣がある限り、魔獣召喚の魔法は永遠に可能になってしまうから」
マクベスが天井を仰いで呟き、つられて俺も見上げた。
魔法陣の形をしたステンドグラスの上の明かりは、大地神王の神殿と同じ、勝手に照明が点く仕組みだ。
よって侵入者が扉を開けただけで、魔法陣が現れて魔獣が召喚される。
「弾が入ってるか確かめようにも、どうやるかもわからないし。もたついちゃって」
「君って、時々怖い」
ゴーフルだけでなく、マクベスも頷いている。彼女は似合わない銃を片手に、赤くなって弁解した。
「だって、あんな高い所……普通じゃ届かないんだもの! でも、勝手に借りちゃったのは謝るわ。ごめんなさい!」
箱を開ける。そこにあったのは白と、黒の宝石だ。
剣なんかじゃない。
「……ここまで来て、違うのか」
これまでの時間と労力は、無駄だったことに、肩が自然に落ちた。
「なんなのかしら。とても大きな宝石」
「戻ったら、これが何か調べてみましょう。あんな化物を付けてまで守っていたという事は、何らかの価値はあるでしょうし」
もし間違いだったら、さっきの魔獣には気の毒な事をしたな。
と、さっき倒したキメラの、もう動かない胴体をちらと振り返り、逃げるように階段を足早に下る。




