《16-3ノルブリンカ山地で垣間見た、かつてのにぎわい》
壮大な山脈地帯が一つの国と言ってもいい。
クリシュナの港に着いたのは、出航から三日後の昼すぎだ。
しかし村を出てからというもの、辺りを覆い尽くすような人人人……こんな光景に、しばしば出くわす。
最初人混みを見た時は、祭りでもやっているのではないかと勘違いした。
とはいっても、近隣の村全てを総動員した祭りでも、あんな賑やかにはなるまい。
「ホント、どっからこれだけの人がわいて来んだろーね」
暑そうに、ゴーフルは手の平を扇がわりにヒラヒラさせている。
各区画にお行儀よく並んだ小ぶりな家々に、よくこれだけの人数が収まり切っているものだ。
「はぐれないようにしないとな」
ええ、とセレフィナが腕に絡みついてきた。
「あの、ちょっと……」
「だって、はぐれちゃうじゃない」
おそらく言葉通りの理屈でやっているのだろう。
(リエルみたいだ)
奥ゆかしく、ちょっと天然で無防備な一面を見せる、評判の美人にどことなく似ている。
そういえばミスティが「言葉の割には自信満々よね、あの娘」と評していた事があった。
あのちょっと生意気な妹分に見られたら、何を言われるだろう。ふとマクベスの占いの結果を思い出す。
「同じ『出会い』が繰り返されるで『再会』。なんて解釈はどうかな。再会したい人はいる?」
人混みの向こう側から向かって来る、ひときわ目立つとても背の高い男が目を引いた。
「でけえな」
自らの身長と比較してか、どこか羨むような調子で、ゴーフルが口を尖らせる。
男とすれ違う時、女性を連れているのがちらっとだけ視界に入った。はっとして振り向いた。
「兄ちゃん?」
ゴーフルの声で再びはっとして、逆走しようとしていた事に気がつく。
「アル、そっち逆よ?」
心配そうにセレフィナが顔を覗き込む。気がつくともう、後ろには人の波があるだけだった。
「誰か、知ってる人でも?」
マクベスの問いに対して、俺は首を振った。
「ううん。見間違い、だった」
よく考えてみればこんな偶然、ありうるはずがない。ここは異国の地だ。
村の近くかつ、働いていたゼーンズフト街や、トリフィラートである首都のイグドラシルならまだしも。いるわけがない。
癖のある長い髪の女性なんて、世界中にいくらでもいる。
海に沿った山道をひたすら昇っていく。山地だけあって、春の終わりなのに、気温が低い。
山の中腹になってくると、アルパカやリャマを連れた遊牧民が談笑している光景や、馬鈴薯の畑、石造りの建物が並ぶ小さな集落に差し掛かる。
「かわいい」
セレフィナが道行くアルパカのまつ毛に見とれている。
毛糸を連想させるふわふわの頭や、とぼけたような目が、なんとなくゴーフルに似ている。
「なんだよ?」
不満げに俺を見上げるゴーフルの後ろで、マクベスが小さなアルパカと彼とを見比べて、クスクスやっている。
「こんな山にも人が住ん……」
振り返ったところで口が止まる。
セレフィナもゴーフルも、口をぱかんと開けて、その人っ子一人いない廃墟の集落を見つめていた。ふいに、マクベスの方を見る。
彼も無言で驚いた顔になりながら、廃墟を見ている。
全員まばたきすら忘れ、沈黙だけが流れた。
口から言葉が漏れる。
「山では不思議な事がしばしば起こるものだけど」
「そうなの?」
都会育ちのセレフィナは、山に登る機会などないだろう。
そもそもいくらグノーム大陸が自然豊かだって、イグドラシルのような都会はほとんど、山などは開発されてしまっているのではないか。
「うん。郷里の方でも狩りの時や、果実や花の収穫の時。あと葬式の時とか。山に出る時はだいたい、不思議な事があったよ」
「葬式をしたり、もめ事や死体隠しには、山がもってこいだものね」
マクベスがサラっと物騒なセリフを吐く。
「隠すようなもめ事や死体があるのかよ」
「ともかく、人があまり立ち入らないからね。神が下りてきたり、人間が何かするにも、都合はいいと思うよ。今のは……何でしょうね? 神のいたずらか。あるいは、山そのものの記憶か」
「かつて賑わっていた頃の、記憶か」
廃墟はみな風化してそこかしこ崩れ、苔が好き放題繁殖していた。
ここに人が住んでいたのなんて、気が遠くなるほど昔だと物語っているようだ。
「淋しいのね、この山も」
セレフィナが、同情するような切ない声で言った。
さっきの人が笑顔で話をし、遊牧をしたり畑を耕したりしていた風景を頭の中で想像する。
質素だが活気のあった、山の集落。
それらはもう、帰ってはこないだろう。
途中、石積みの塚が壊れていたので、積み直してやった。
手を合わせようとすると、マクベスにやめるように止められる。
「霊は、同情する人に寄って来る。何もしてあげられないのなら、見て見ぬフリが一番ですよ」
「安心しなよ、この塚にはもう、何も宿っていない」
「ゴーフルには、やっぱり判るのか」
「うん。でもやっぱり、マクベス兄ちゃんが言ってるみたいに、石碑や塚は不用意に拝まない方がいいよ」




