《15-4帰りの船での夜》
一人で港に来たはいいが、彼の用事が何で、どのくらい時間がかかるのか、見当もつかない。
暇を持て余すものの、港の、少なくとも広場周辺にはいた方がいいだろう。
「どうしようかな?」
船の補給所(すべての船は、一定の範囲ごとに物資や燃料の補給、乗組員の休憩の為、特定の港に寄る義務があると、法律で決まっている。違反して死亡者が出た場合、船長は厳罰に処される)と、その周辺に並ぶ、船乗りや観光客に向けた店が目に入る。
(あそこなら港からも遠くないし、暇も潰せそう)
その中に服屋があったので、今日の着替えを物色することにした。
「待たせたな」
買い物を終えて店から戻ると、ベリオットは広場の時計の下に着いていた。
「早かったね……きゃああっ!?」
彼の手に持ったものが目に入るや否や、私は、人目もはばからず大騒ぎした。
「手土産だ」
そう言って渡されたのは、男数名の生首だった。
「い、いきなり人前で、こんなの出さないでよ!!」
賞金首やハンターズギルドの存在を知っていて、日常に受け入れているはずの住民ですら、目を見開くか、あるいは血の気の引いた顔でこちらを凝視している。
「こんなもの、見慣れてるだろうに。待たせた詫びに、やる。そこの監視員のクランにでも出してこい。そこでも換金は、してくれるんだろう?」
私が賞金首を仕留めた時だって、布でくるんだりと、周辺に与えるショックは抑えるようにはしている。
しかしベリオットは、箱や袋にも入っていない生首の髪を取っ手がわりにして、無遠慮に持ち歩いている。
とにかくむき出しの生首達を隠すべく、彼に近付き両手や体で覆うようにした。
「賞金首? ち、ちなみにどんな罪状?」
「盗賊だ。山頂の神殿で強盗をしようとしてたから、持ってきた。待たせた詫びに、お前にやる」
一番高い山を仰いで、ベリオットが言う。
急いでクランの建物に入り、職員に首を提出したのだが、やっぱり報酬が用意されるのを待っている間、職員や他の提供者からっも、変な目で見られた。
「あ……ありがとう。用事って、何だったの?」
「詳しくは伏せるが、他の客からの依頼だ。『山頂の神殿から、天空王の神器を持って来い』……だと。ある連中が大地神王の神殿から神器を持ち出したそうで、次はあの山の神殿のも、取りに来たようだ。それをよく思ってない奴が、そいつらに取られる前に持って来いと、依頼してきた」
「……で、あなたのお客に目をつけられた哀れな被害者が、今換金所に持ってった」
あの生首の持ち主だった、というわけか。
「いいや、あの首の連中は無関係だ。欲しがってる連中は、多分……」
詳しく言えないだなんて言っておきながら、ベリオットの口からは情報がスラスラッと出てくるので、私が慌ててしまう。
「待った待った待った! さっきから思ってたけど、詳しいよ! そんなにしゃべっちゃっていいの!?」
「そうか? 名前とかバラしたら駄目だろうが。『言うな』とは、依頼人からは何も言われていないしな」
ベリオットは全く悪びれず。
「神器ねえ。『この荒れた世界をなんとかしようと立ち上がった』とかなんとか。その内出てきそう」
今のご時世、何かと荒れている。
この間も、聖都で謎の病気が流行したとか、隣の国の首都に災害が起こっただとか、物騒な事件が世界各地で起こっていると、新聞で見た。
トリフィラート国でも、巫女長をしている王女が異形の怪物に誘拐されたのだとか。
そんな事件が、起こっているのだそうだ。
こんな時代に心を痛めて立ち上がる、いわば「勇者(もしくは宗教者)」が出てきたとして、不思議はない。
「もう出てきてる。奴らも、滅びの宿命に逆らうべく必死だ」
「『滅び』って、何!? それは、言えないこと?」
それでも、やっぱり気になるのでダメ元である。
「そうだな。これも口止めされてはいないが、依頼者が特定されてしまうかもしれん」
「中には生贄を携えて、悪魔に頼む輩がいたりしてね。『世界各地の災いを止めて下さい』、それか『私を英雄にしてください』って」
血の道を行かねばならない英雄志望者らを、すでに悪魔がどこかで見つめている……って、ありえるかもしれない。
あるいは「倒した敵」という、数えきれないほどの生贄を捧げている内に、英雄という願いを、自分で叶えているとか。
「いるだろうな。何代……何十代前かは知らんが、俺の先祖が叶えたとかいう願いに、そんなのがあった」
「先祖代々で、この商売してるのね。それでその英雄は、どうなったの?」
何代前かの先祖の契約なら、相当昔の話だろうし、尋ねてもいいだろう。
「そいつは称号を与えられ、平民から貴族になった。それから代々貴族やってたのが、最終的には最後の子孫が王になった。二千年以上前の話だ」
話している内に、行きで乗ったのと同じ客船が到着する。
その日の夜は、興奮しているせいか目がさえてしまい、眠れなかった。
外の空気でも吸おうかなと、バルコニーに出た。
途中の港で錨が下ろされて(夜更けの航海は法律で禁止されている)四時刻半はもう経っているだけあって、港はかなり離れた灯台と、街灯以外の灯りはもうない。
はるか向こうの繁華街と、シンボルのホテルの灯りが見えるくらいだ。
気持ちいい潮風に当てられていたら、自然と歌声がこぼれた。
その内に波間から、白いオーブのようなものが、海から無数に上がっていった。
海の魔物……人魚の血を引くにも関わらず、私はその海の現象の名前を知らなかった。
やっと気持ちが落ち着いて、自分のベッドのあるスペースに戻る。
ところでやっぱり、船で過ごす夜でも「気配」は夢に現れた。
結論を言うとその正体は、うすうす気付いてはいたけど、ベリオットだった。
何故判明したかと言うと、声だ。
古代語、だろうか。
それとも、魔界だけで使われている言葉?
少なくとも私が日常的に使っている言葉とは違う言語が、耳元で囁かれていた。
そしてトリフィラートに着く前夜——船上での最後の夜のこと。
ベッドの中で目を閉じ、しばらくするとコネクティングドアの前の床が、小さく軋む音がした。
足音がゆっくり近づいてきて、それはシーツの擦れる音に変わると同時に、マットレスが頭の横で沈んだ。
柔らかくも確かな沈み込みが、全身を囲む。耳に息が当たってくすぐったい。
ベリオットがどんな体勢で私の上にいるのかを想像して、心臓が大きく波打ってしまう。
「……もうすぐ…………」
確かに、そう聞こえた。
前の夜とは違う、日常語で。
数秒の沈黙の後、布団越しに膝から太ももにかけて脚が重くなるのが伝わってくる。
(……え…………!?)
手の感触が髪を撫で首をつたい、肩の上に滑るように移動した。
肩までかけていた布団が胸の上まで引かれた所でフッと、フルーツとナッツが混ざったような甘い匂いを、鼻が嗅ぎ取る。
その瞬間、体がシーツの中に沈んでいくような眠気に襲われて、意識が遠のいていった。




