《15-3固まる決意と近付く別れ》
「ほらよ。一三二万」
換金の窓口でお金を受け取る手は、今はもう、震えなくなった。
余談だけど、眼帯をしたこの窓口のおじさんは、小娘が大金を手にするのが気に入らないらしい。
返せとでもいいたげな視線を無視して隅へ移動し、お金を数える。
「一三二万、確かにあるわね。ありがと、おじさん」
「ようお嬢ちゃん、若い女がこんなアコギな商売してていいのかい?」
常連のハンターが、皮肉めいた口調で話しかけてくるが、構いやしない。
「文句ならギルドに言って。『年齢制限つけろ』って」
賞金稼ぎやブラックリストハンターになるのも、この歳からという決まりはない。
ついでに言えば、武器を持つのはいつからか、なんて具体的に決める法律すらない。
誤ってデッドバンディを殺してしまって以来、私の中で何かが変わったのは、確実だった。
基本スタンスは「攻撃不能にして捕まえ、ギルドに突き出す」と、以前と変わらない。
でも失敗して命を奪ってしまう結果になっても、「しまった」と思いこそするが、最初のように体調を崩すことは、もうなかった。
レア状態の死体を見ても、「生け捕りならもう少し威力を小さくするか、距離を離して」などと、真珠爆弾の出し方について分析をする自分さえいた。
相手を潰して血しぶきの玉をまき散らす、「血赤珊瑚 」を使ってしまう日も、そう遠くはないだろう。
ちなみに今回の獲物は放火魔だったが、魔法のコントロールをしくじる過失もなく、無事生け捕りで、ギルドにしょっ引くことができた。
ギルドの外に出ると、ちょうどまたどこかに行っていた、ベリオットがそこに来ていた。
「だいぶ慣れてきたみたいだな」
「ええ、おかげさまで。なんだかもうすっかり、明るくなっちゃったね」
ギルドに来た時には、まだ空は星が出ていたのに。
「いったん宿屋に帰ったの?」
夕方頃、私が宿を出る少し前に、ベリオットが出て行くのが窓から見えた。
「いいや。どうせまた、一晩中首狩りしてると思って、出先からそのまま来た」
「それ言うと……私が通り魔か、何かみたいね」
「賞金首連中からしたら、似たようなもんだろう」
今日は安息日であるせいか、大通りは人でごった返している。
「混んでるな。なんなら飛ぶか」
「『飛ぶ』って、瞬間移動のこと? 別に私は、このままで構わないわよ。ベリオットは疲れてる? 一晩中、どこか行ってたのよね」
「他の客の所にな。俺も構わんよ」
「じゃあ宿屋まで歩いていい? ちょっと今日は、ゆっくり歩きたい」
ここで固まった決意を、ベリオットに話す。
「私、そろそろ行こうと思うの」
魔法のコントロールにも、対人戦にもだいぶ慣れた。新しい魔法も、いくらか覚えた。
目的が、王都の軍隊を潰すとかであればまだまだ不充分だが、小さな村の役人達だけであればこれでいい。
だけどそれは、彼とのお別れも意味していた。
しばらく一緒に過ごしていたせいか、無性に淋しかった。
「そうか、分かった。俺はお前の指示で動こう。殺して欲しい奴がいたら言え」
「ベリオットも、来るの?」
「お前の願いは最終的に、母親の仇を討つことだろう。最後まで見届けるつもりでいる」
「ありがたいんだけど、ギャラクスさんは、いいの?」
従者をずっと借りっぱなしで、向こうは困らないだろうか。
「護衛というのは、表向きの立場だからな。俺がいなければ他の奴が適当につく。トリフィラートでの外交はもう終わってるだろうし、その体裁を保つ必要はない」
「仇討ちが終わるまでは、お前を優先するようにと、ギャラクスから言われてる」
人混みは嫌いだけど、今は悪い気はしない。はぐれないように彼の腕を掴む。
「朝ごはん、もう済ませた?」
「いや」
「どこかお店寄らない? もしよかったら、今までお世話になったお礼に、おごらせて。酒場のお給料も入ったし」
クリシュナでの生活に慣れてから、週三~四日くらいで酒場のパートタイムも入れている。
「そういえばなんで、お前は暇さえあれば働いてるよな。なんでそこまでして働く?」
「お金は裏切らないでしょ? 幸い、あなたに体力も引き上げてもらったおかげで、疲れにくくなってるし」
お金の価値変動なんていう非常事態が起こらない限りは、感情がない分、最大の味方だろう。
「ハンターのギルドで請け負う、悪党狩り、魔物や猛獣の駆除だけで充分じゃないか?」
ベリオットの言う通りで、賞金稼ぎは悪党、もしくは魔物や狂暴な動物本体だけでも報酬が大きい。
加えて魔物や動物では爪や毛皮、骨や鱗など、魔法の武器や防具やアクセサリー、時には呪具の材料として売れる。
肉なんかも食料として持ち帰り、食費の節約にも繋がっている。
それでも、普通のパートタイムをするのには、ちゃんと理由もある。
「一度に得られる金額が大きい仕事ばっかりだと、感覚麻痺しちゃうから。あなたも、急に大きなお金を持って破滅する人、いっぱい見てるんじゃない?」
そんなつまらないことで破滅する気はない。
私が地獄に落ちるのは、トリフィラートに戻った後だ。
「あと酒場は情報の宝庫だからかな」
どこどこに魔物が出現して困っているだとか、治安維持組織が怠惰な地域とか、ギルドにはまだ依頼は出ていないけど需要がありそうな案件が見つかることもある。
貯金とは別に、気軽に使えるお小遣いが欲しいのもある。
ふと、見覚えのある、ヘーゼルブラウンの髪とすれ違った気がして振り向いた。
「どうした?」
「ううん、知ってる人に似てたなって」
再び振り向いても、そこには知らない人達がざわめく、人混みがあるだけだった。
荷物を取りに来ただけのはずなのに、宿屋に戻るやいなや、私はベッドに倒れ込んでしまった。
さすがに途中でいったん戻ったとはいえ、昨日の朝からぶっ通しで立って働いていたので、疲れてしまった。
というか眠い。
「ん? 体調が悪いのか?」
「ううん! 昨日の朝から動きっぱなしだったから、さすがに疲れただけ」
ドアを開けたベリオットに、私は慌てて首を振って否定した。
ミイラを飲まされる経験だなんて、一生に一度で充分だ。
……というか、二度とゴメンである。味以上に、精神的なダメージの方が大きい。
今は本当に眠いだけだけど、もう二度と彼の前で体調不良は訴えるまいと、心に誓っている。
しかし思うように体が、と懸命に体を起こそうとしていると、ベッドの傍らまで来ていたベリオットが、こっくりこっくりと船をこいでいる。
「ベリオットも疲れてんじゃない、寝なよ」
「そうだな」
そう言いつつも、自分の方の寝室まで我慢ができないのか、もう目を閉じて立ったまま寝ようとしている。
このままではこっちに倒れて来そうなので、私は横に動き、ベッドのスペースを空けた。
「イヤじゃなかったら、隣いいよ」
「ん……そうする」
私の隣に寝そべると、すぐにベリオットは寝息を立て始めた。
寝顔だけ見ると、人間の男性と全く変わらない。
(一九歳、だったっけ)
彼に年齢を尋ねた時、そのあまりに平凡な数字に、驚いてしまった。
なんでも、悪魔がものすごく長生きだったのは、大昔の話だそうだ。
人間の欲望を糧にするのが通常になった結果、人間の文明との距離が縮まり、生活習慣が近づいたのと、交配する個体が増えたこと。
特にヒト型のものは、もともとの体の構造が似ているのも手伝って、寿命の「人間化」は、ここ数百年は加速の一方を辿っているという。
魔法で若い外見を保ったり、邪法を使ってアンデッドになる場合もある……とも言っていたが。
(人間やエルフと結婚したりも、するかもしれないのよね。ベリオットはどうなんだろう?)
思ってみれば私は、彼のことをなんにも知らない。
服の上からでも分かるくらい、バッキバキに割れた彼の腹筋が目に入る。
(女はほっとかないだろうな)
胸がきゅっと締め付けられる感覚があるのは、別れが近づいて名残惜しくなっているせいだろう。
考えている間に、私も眠りについてしまった。
すっきりと目が覚めたところで荷物の整理をし、クリシュナを出る支度を終えた。
「お待たせ」
ベリオットを振り返ると、彼は目を閉じて、こめかみのあたりに指を当てている。
「……ベリオット?」
私が話しかけると、彼は「すぐに済ませる。先に港へ行っててくれ」と言い残し、瞬間移動でどこかに行ってしまった。




