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《15-2ベリオットなりの善意》

 港街の隅にある宿場街に、私達は拠点を置いている。


 魔法の力を授かる儀式を終えた後も、彼はギャラクスさんのもとへは帰らず、私のそばにいた。


 いなくなったかと思うとどこか他の村や町、遠ければ陸続きの他国へ出ていることもあるそうだが、それが終われば戻って来る。


 逗留(とうりゅう)している宿屋が見えてくると、部屋の中に瞬間移動した。


「……ありがとう」

 ベッドに寝かされると、運んでくれたお礼を彼に述べた。


 同じ宿屋の部屋と言っても、寝室が別々になっている。


 乗ってきた客船と同じ構造だが、違うのは簡易キッチンなどの家事スペースや器具が、備え付けられている点だ。こういうアパートメントに近い木賃宿(きちんやど)を、週単位で借りている状態。


 最初は一人用の部屋に寝泊まりしていた。


 けど、彼も隣の部屋を借りてはそこに戻って来るので、寝室別の一緒の部屋にしないか提案したところ、成立したのだ。


 ベリオットは、またもや瞬間移動でどこかに行ってしまった。

 体力を消耗するはずの魔法を、そんなに使って大丈夫なのかと心配になったが、私も私で、他人の心配をしている場合ではなかった。


 本当はもう少し続けたかったけど、体は動いてはくれなかった。


 夜になると、ベリオットは戻ってきた。


「薬を買ってきた」


 そう言って彼は大きな、人一人入りそうなほど大きな箱……を開けた。


 棺桶みたいだと思っていると、出てきたのはなんと死体。


 ミイラだった。


「ギャッ! な、何コレ!?」


「隣国に野暮用で行ってたんだが、運よく吸血鬼のミイラが手に入った。貧血はたちどころに治る。代金は気にするな」


 どうやらベリオットは、昼間した言い訳「単なる貧血」を鵜呑みにしてしまったらしい。


 ドン引きしつつ見つめる私の視線など気にせず、ミイラの指の骨を折った。


 そして更に、紙袋の中から真っ赤な草の束を取り出す。


 よく見れば、人の顔のような模様が、葉っぱの一枚一枚に浮かんでいるではないか。


「この草は『ヴァンプ・キュア』。死体に寄生し、血を吸う薬草だ。これも疲労と貧血に効く」


 二つの不気味な材料を、ベリオットは乳鉢ですり潰し始めた。


 それを、私に飲めというのか。


 ミイラは確かに、薬として使われるなんて話もあった。


 本当に薬として調合される場面を見るばかりか、それが自分の為に作られる事になるだなんて……。


 ゴリゴリゴリと、音が静かな部屋に響く。


「ねえ、ベリオット」


「なんだ?」

 乳鉢に視線を落としたまま、彼は返事をする。


「人殺して感謝されるって、すごく変な気分ね」


「死んで喜ばれる奴は、確実にいるからな」


 だから高い金を払って雇う、殺し屋が存在するわけだ。


 ふと思ったのは、ベリオットも「〇〇を殺して」なんて依頼を受ける事は、あったのだろうか。


「できたぞ、飲め」 


 禍々(まがまが)しい色の粉が、お湯の入ったコップと一緒に出された。


(『キッショ! んなもん飲めるか!』……とは、言えないわよね)


 相手に悪意があれば、拒否することもできただろう。しかし、彼の表情から悪意は伝わってこない。

 私がついた「貧血だ」という嘘を信じて、調達してくれたのだ(しかも『値段は気にするな』の言葉から察するに、高価なのだろう)。


 自分の愚かさを悔いながら、土と鉄っぽい匂いのそれを、覚悟を決めて飲み干す。


 お腹の中が熱くなり、体が軽くなっていくのが自覚できる。


「ありがとう……元気になったみたい」


 とはいえ、舌の上や鼻の中に残る匂いも味も、大変気色悪い。


「遅くなっちゃってゴメン、ご飯作るね。それとも、済ませて来ちゃった?」


 節約の為と、大きいお金を扱うようになった関係で、宿屋の掃除と料理のサービスを断って、自分でやっている。


 しかしお金の管理の仕方を変えて、具合の悪い時は、頼んでもいいかもしれない。


 ベリオットには「口に合わなかったら、自分で用意するなり外食して」と言っている。


 気に入ってはくれたのか、遠くに出張でもない限りは一緒に食べるのだが、こういう時は迷惑を掛けてしまう。


「いや、まだだ。今日は俺が作ろうか?」


「いいわよ、またトリカブト食べさせられたら、それでこそ死んじゃうわよ」


 他の人魚に会ったとこがないから何とも言えないが、魔族と人魚の体質の違いで起こった、トラブルの一つだ。


 私の毒耐性はおそらく人間と同じ。


 トリカブトはベリオットの好物だったらしく、悪意なく料理に入れてしまい、彼の手料理「白身魚の香草焼き」を食べた私は、死にかけた。


 幸いベリオットが抜けかけた私の魂をふん捕まえて、解毒薬を口に流し込んでくれたので一命を取り留めた。


 男性なのに(他の土地では必ずしもそうではないようだが、村では『男が料理なんて!』という風潮が強い)急に料理を教えて欲しいなんて言われたから、料理本を買って来て教えたのだが。


 レシピの「お好みのハーブ」という記載が良くなかった。


「お前といる間は、トリカブトは控えるさ」


「……そう言って、他の毒物入れたりしないよね?」 


「そんなに信用できないなら、買ってくるか。それとも体力が回復したんなら、気晴らしに外に食いに行くか?」


「賛成。あと、ついでに本屋さん行こうよ。……あなたに必要なのは料理本より、毒物図鑑だわ」


 ところで、クリシュナに来てから、変な夢を見るようになった。


 寝ていると部屋の中に、気配を感じるという内容の夢だ。


 最初の夜、「気配」は壁際に立っていた。


 私は目を開けていないけど、その位の距離の床から擦れる音がして、何かが動いたのは分かった。


 次は壁とベッドの中間あたりか。床の擦れる音が、前夜より少しだけ大きくなっている。


 そしてその次はと言うと、「気配」はベッドのすぐそばに立っていて、見下ろしていた。


 この時も、私は目を閉じている。


 しかし閉じた瞼の内側がさっと暗くなり、天井にある照明の光が何かに遮られたのは分かる。


 何日かはこのベッドの傍で「気配」は私の顔を覗き込んだり、時には人肌のような温かく滑らかなものが腕に触れることもあったし、はっきりと指で額を触る感触もあった。


 この頃には、あまりに生々しいので、夢とはいよいよ思えなくなっていた。


 そんなある日、ベッドのマットレス……自分の体の周りに重いものが沈む音と、布団の重みが増した。


 ここまで来ると、耳元で息遣いも聞こえるようになる。


 しかし起きるとそこには誰もいない。


 コネクティングドア付きの同室になってから、ベリオットのスペースを確認しても、彼は何事もなかったかのように眠っていた。


 夢を見ない日もあるのだが、それは決まって、ベリオットが不在の日だった。

 


「ねえねえベリオット、夜に部屋来てる?」



 と言ってみようと思ったけど、変な妄想をしていると思われたくないので、やっぱりやめた。


 たぶん悪魔と契約するなんて早々ある事じゃないので、心の奥底に意識として残っている。


 嫌な事や慣れない事が続いて、精神的に参っている。「異国の地」に「戦闘の練習」、そしてその目的。


 私は今、凄く孤独な立場だ。


 ベリオットの存在が、かなり大きい精神的な救いになっているのは間違いない。


 だから無意識に、彼に対して依存しているんだろう。


「ベリオット、もう一つ寄りたい場所あるんだけど、いい?」


「構わん。で、どこに行くんだ?」


「遅くまでやってる服屋、あるじゃない? 寝間着(パジャマ)ぼろくなってきたから、買いに行きたい」

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