【第15話 ミスティ編:海の悪魔は陸で育つ】《15-1心と命が軽くなる時》
「ほらよ。賞金、二〇〇万シェル。受け取んな」
窓口のおじさんから報酬を受け取ると、さっそく検める。
手が思うように動かず、お札が指をすり抜けてバラバラとまくれてしまったので、数え直さなければならない。
後ろに並んでいるハンターが、聞こえるように舌打ちの音を立てる。
列からずれて呼吸を整えると、ゆっくり、丁寧に数えた。
(……確かに、二〇〇万)
お金を鞄にしまうと、私をかろうじて立たせていた糸のようなものが切れ、その場で腰が砕けた。喉奥まで戻りかける腹の内容物を、口を押さえて堪える。
先ほどギルド員によって運ばれていった、山賊の惨殺死体の映像が、私の頭の中でしきりにちらつく。
記憶を追い出そうとすればするほど、すがるような半端に上がった手や、瞬間の肉の切れ目の赤や、突き出る骨の白色は鮮明になっていく。
刑務所やハンターズ・ギルドに収容された囚人の武器は通常、没収の上で安く転売される。
だけど、折れた上に錆びきったその剣は、もう使い物にならないと処分されていた。
最期のおぞましい顔が、目を閉じても瞼の裏で蘇り、怨霊になって私を責め立てた。
「どうした?」
呑気な声が頭上からして上を見上げる。
ベリオットがいつもと変わらない読めない表情で、私を見下ろしていた。
「私……殺した」
「だから何だ?」
彼の言葉で、口をついて出た告白を後悔する。
復讐したいだの大きな口を叩いたのに、殺しても罪にならない賞金首を殺めてしまったのですら、死ぬほど狼狽しているこの状態が、あまりにも恥ずかしかった。
クリシュナに来てからの私は、賞金のかかった悪党を相手に、銃や魔法の練習をしていた。
ベリオットは私の精霊由来の能力を引き出す形で、戦う力を与えてくれたわけだが、それを使いこなす為だ。
銃や剣も、単なる護身用から、攻撃用に変わらなければならない。
そしてある目的から生け捕りの練習も兼ねて、肩を打ち抜くなどしてとどめは刺すのは避け、役所に突き出すやり方を取っていたのだが。
だけど今日、コントロールを誤って、殺してしまった。
使ったのは、氷の刃の魔法だった。
もともと使えた冷気や少量の氷を出す魔法を、攻撃用に強化し、人魚……海の精霊としての性質を強めた、海水の氷の魔法。
賞金首の持っている円月刀を壊して、無力化させるという手はずだった。
しかし攻撃用の氷の魔法は、触れたものをすぐさま凍らせてしまう。
氷の刃に当てられたそいつの武器は、一瞬で氷の塊に変貌し、粉々に砕けてしまった。
その持ち主の体ごと。
原因は、私が魔法を解除する以上の速さで、氷化が進んでしまったことだ。
鍛錬や実践の量にそぐわない大きさの魔力を、持て余した結果である。
「安心しろ。賞金首を殺すことは罪にはならん」
慰めているのか、ベリオットが言葉を掛けてくれる。
この国に来て最初の日に言った「私は『まだ』犯罪者になるわけにはいかない」を、覚えていたらしかった。
そして普通の会話と変わらない口調から、彼は私が、人殺しの重さに耐えられずに泣き言を言っていると、解っていないようだった。
単なる魔法のコントロールミスに落ち込んでいるとしか、思っていないのだろう。
その空気の読めなさが、今は救いだった。
「今のは、忘れて。……単なる貧血よ。ここんとこ、慣れないことばっかりだったから、疲れちゃったのかも」
この場にいてはいけない気がして、外に出ようと急いだ。早く逃げたいのに、外への扉が重い。
「あ、あの……」
どこかから、女の人の声がした。
「呼んでるぞ」
ベリオットに前を見るよう促されて、開けた扉の取っ手を握ったまま顔を上げる。私は今、知らない人と会話する元気などない。
声の主は、長いスカートにエプロンを巻いた、主婦といった風貌の中年女性。
泣きそうに口をわななかせ、彼女は弱々しい涙声でこう尋ねてきた。
「ジェフリー=デッドバンディを仕留めてくださったのは、あなたですか?」
すごくゲンナリした。女性が出した名前は、今さっき殺した山賊のだ。
「……そー、です」
私が返事をすると、彼女はポロポロ大粒の涙をこぼし、祈るように両手を胸の前で組んだ。
「ありがとうございます! これで、殺された息子も報われます!!」
「……は、はあ。それはお気の毒に」
女性の反応に、思わずたじろいでしまう。
賞金が懸けられているくらいなのだから、非道な行いの一つや二つは当たり前なのだろうけど。
「はい、奴はデッドは……通り道を横切った息子を、『通行の邪魔だ』と言って、斬り殺したんです。まだ……四歳だった。……ぅう、年取ってやっとできた、大切な息子だったのに」
奇妙な気持ちだった。
人を殺したことの恐ろしさを痛感していたのに、彼女の無念が少しでも晴れたと思うと、まんざらでもなかった。
「お、俺にも礼を言わせてくれ!」
次は若い男が、私と女性の間に割り込んだ。
「俺は、妻を連れ去られたんだ……彼女は川で、遺体になって発見された」
聴いている最中、ふとある気配を感じた。ドアの前では、輝く眼差しの嵐だった。
「丘陵の政兵も、監視員も、治安維持組織のくせに頼りにならなくて……みんな、悔しい思いをしていたんです!」
私の殺した山賊は、本当は「テッドバンディ」という。
だけど、殺人犯ゆえに「Dead」とかけて、「デッド」バンディという呼び名がついている。
彼ら彼女らは身内や友人、恋人をその名の由来にされてしまった人達なのだ。彼らの顔の上に、復讐を決意した私の顔が重なるという、幻が見えた。
なんだか、頭がクラクラしてきた。
本当に貧血になってしまったのだろうかと頭を押さえると、ベリオットが私を犬みたいに抱えて、その場から走り去った。
「寝ろ。今日はこれ以上は、無理だ」
「……う、うん」
ベリオットに返事をしながら見上げると、カラスを何十倍にも大きくしたような翼が、彼の背に生えていた。




