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《14-3儀式と契約完了》

 魔法陣の線という線から、光が放たれる。


 筆記帳の紙面から解放された霊は、運命を悟っているらしく逃げようと暴れ回るが、外周から出る光の壁にぶつかって、出られないようだ。


 地縛霊は体当たりを繰り返し、癇癪(かんしゃく)を起して金切り声を上げた。


 頭の後ろを叩く軽く感触がすると、頭の中というより瞼(まぶた)の裏に、言葉が浮かんだ。


 私は文脈通りに、その言葉を詠む。


 いつの時代のどこの言葉かは、まったく見当がつかない。


 意味が解ったのは、ベリオットの名だけ。発音は、現代の発音文字に変換されているのか、私でも読むことができたのだ。


 詠唱が終わると同時に、魔法陣の光は消えたが、悪霊の姿は見当たらない。


「あれ? 地縛霊は」


「魔法陣を通して、魔界に送った。大量殺人犯の魂とは、なかなか気のきいたものを用意したな」


「えっ、そうなの!?」


 ヤバそうな塚だから壊したけど、それがどんなものかまでは、実は全く分かっていなかった。


 もう一度あの地図を開くと、下の余白に小さな文字で解説があった。


 私の壊した塚は当時、史上最悪の斬り裂き魔と呼ばれていた殺人鬼のものだった。 


「えーと『肉を切る感触と悲鳴が何より好きで、民家に押し入っては住人の腹を裂き、内臓や骨を引きずり出すのを好んだ』……って。うわ最悪!」


「犠牲者がすぐに息絶えない程度に、ゆっくりとな」


 後ろから地図を覗き込んでいたベリオットが、イヤな補足をしてくれる。


「こいつは魔界でも有名だから、俺も知ってるが、先に殺した家族の肉や便を口に詰める事もあったそうだ。被害者の遺族達に追われてこの山に落ちのびた所、崖から落ちて死んだ。末路はあっけないな」


 拷問されながら、家族の肉と排泄物を口に詰められる……吐いてしまう前に、私の頭は想像をやめた。


「ところで、これで何か変わったの?」


 少なくとも、外見に変化は見られない。


「変わったさ。戦闘能力は、格段に上がっているはずだ。試しに何か殺してみたらどうだ? 証拠の処分なら手を貸すぞ?」


「さらっと凄いこと、言うのね」


 彼の外見が人間そのものであるせいで、違和感しかない。


「思ったこと訊いていい? 遠路はるばるトリフィラートからクリシュナまで来て、殺人鬼の魂ひとつって。あなたには、割に合わないんじゃない? 普通に契約遂行した方が、いいような気がするんだけど」


 悪魔なんて上位存在からしたら、人間の魂なんて、そこまで高くなさそうだし。


「砂金や金貨を空気中から出して、富を与える悪魔の話を聞いた事はないか?」


「うん? まあ……」


「あれらの出所は、どこだと思う?」


 思わぬ話が出て面食らうものの、そういえば分かんないと、考え込む。


 そういえばあれは、どこからのお金なんだろう。


「別の所で損してる人が出てるか。まさか悪魔のポケットマネー? なワケないわよね」


「そうとも言える」


「そうなの!?」


「恐怖や怒り、煩悩など、いわゆる邪といわれる考えは、魔界では金銀といったものに換算できる。金が欲しいという奴にはそれを渡すこともある。しかし分不相応な、大金を持つのはかなり危険だ。そいつの破滅なり、その金を使って悪事を働き、世に悪徳を広めるなりすれば、俺はその分儲かる」


「すごい仕組みね」


「それで、俺が損をしているんじゃないかっていうお前の話だが。お前は今、生贄を出して、本来なら分不相応な力を得ようとした。これは他人を踏み台にするという……ん?」


 ベリオットの言葉が急に詰まる。


「……いや待て、お前は誰も殺していないし…………踏み台にされた奴は自業自得だ。そもそも生きてないから生贄とは…………」


 しどろもどろな説明だが、なんとなく察した。


「この儀式は楽して得する為に、他人を殺す。その罪の重さ分が、ベリオットの利益になるわけね」


 その利益の具体的な価値を視覚化したものとして、価値に応じた金属が悪魔には与えられるのかも。


「そういう事になる。さらに力を得たお前が何かしでかして、悪徳を振りまけば、俺はいくらかまた儲かる。さっきの魂の話だが、人間の魂は、平均だとだいたい〇.五KG(キーリ・グラン)の重さの金くらい価値がある。ちなみに今の悪霊は、二キーリ・グラン分か。この価値は行いの良し悪しは別にして、そいつが周囲に与えた影響の大きさが基準になる」


「ふ、ふーん……私のために時間を割く価値は、一応あったわけね」


 ものすごい仕組みだが、理解できた。


 自分の分の交通費を出そうと、いくらだったのか尋ねても断られてしまったが。


 二人分の船賃が、痛くもかゆくもないわけだ。


「な、なんかそれだけで、魔族のしもべになれそうね」


 魔族化ではないという約束、という前提があるものの、「実は騙されていて、魔族化の儀式でした」と種明かしをされたとしても、驚かないだろう。


「本来は、魔族化の儀式だ。今のは」

「は!?」


 ……想像と、実際に明かされるのとでは違う。


「やっぱり、騙してたの!?」


 願いを叶えるといって、知らない内に魔族化の儀式に引き込むという罠だったのか。


 約束は「地上人として、目的を果たさせてくれる」ではなかったのか。


 昨日までの私なら、たとえ魔族化の儀式であったって、願ったり叶ったりだったが、今は違う。


「騙してなどいないさ。今のはあくまで儀式の真似事だ。本当の魔族化ほどじゃあないが、ちゃんと戦闘力は引き上げてやる。なら俺からも尋ねるが『地上人のままでいたい』はずのお前が、こんな物騒な要求されて、なぜ断らなかった?」

 なぜも何も。

 嫌だと言えば、契約がなくなってしまうような口ぶりで、私に告げたんじゃあないか。


「だってそれはそっちが、そうしろって言ったんじゃない」


「いくら契約と言ったって、多少の好き嫌いはある。契約は書面通り遂行するが、お前にとって母親の死や、受けた仕打ちの価値は、いかほどのものかを計りたかった」


 この言いぶりに違和感を覚えた。


 その正体を突き止める為に、さっきした会話をもう一度頭の中で、思い返してみる。


「……もしかして『できないなら、いい』を繰り返してたのって」


「殺人の経験がないお前に、できるとは思ってなかった。ただお前の覚悟が見たかった。それに応じて最大限のサポートはするつもりだったさ」


 やらなくても、「私の体と魂」という、最低限約束した分だけで、願いは叶えてくれた……と。


「トリフィラートの時点で、取引終了で、よかったんじゃない?」

 私がそう突っ込むと、彼は虚空を見つめてフリーズする。 


「……もしかして、俺取り過ぎか?」

 困ったように首を傾け、彼は私に尋ねる。


「さあ? 私に言われても……さっきの『好き嫌い』を『矜持(きょうじ)』って言うんだったら、そうでもないんじゃないの?」


「いや、殺人鬼の魂分とお前の血の分は、受け取り過ぎだ。魔族化の儀式と同じことやって、同じものを差し出して……それでお前の得られるものはそれ以下なんだから。で、肉体と魂をくれる約束をしてるわけだから。……お前何か、欲しいものないか?」


「だったら、取っておいて……私が地獄に落ちる時の為に」


 ここでちょっと気になったことを尋ねてみる。


「単なる好奇心で訊くんだけどさ。もし『生贄の魂の価値分、代償を安くしろ』って言ったらどうなるの? 私は一般人だから影響力ないんだし、体と魂両方の価値足しても、お釣りが来ると思うのよ」


 ベリオットは考える素振りを見せた後、こう答えた。


「原則は買い戻しなんて受けつけてはいないが、そうだな……一億払えるなら考えてやらなくもない」

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