《14-2タイムリミットは日没》
ベリオットが私の額に人差し指を当てと、頭の中に「瞬間移動」のスペルが浮かんだ。
「日没まで、瞬間移動を自由に使えるようにした。好きに使え。制限時間があるかわりに、体力を消耗することはない」
「逃げるとか、思わないの?」
「それならそれで、構わん」
淡々とした物言いだけど、私は殴られたのと同じくらい、打ちのめされた。
鳴り続ける左胸を両手で押さえて村人の罵声を思い起こし、頭を冷やす。
「降りればさっきの港街の他に、小さな村もある。遊牧民たちの集落もある。繰り返すが、できなければいい」
改めて彼の話に耳を傾ける。
これから何人殺すか分からないことを願ったのは、他ならぬ、私じゃあないか。
身も心も、私は悪魔に売ったではないか。
「分かった。逃げないから、しばらく待ってて。信用できないなら『逃げたらその場で死ぬ』って、一筆書いて、サインするけど」
「そこまでしなくていい。行けるなら行ってこい」
私は神殿を出て、まず近くの村へ早速瞬間移動をする。
言っちゃあなんだけど、エルバ村よりも質素な村に出た。
目に入るだけでも、畑仕事をする人や馬を引く旅の商人らしき人、おしゃべりに興ずる家庭婦人と、そこそこ人がいる。
薬草とアンプル瓶の看板を掲げた道具屋に入れば、小柄なおばあさんが、にこりを笑いかけ「いらっしゃい」なんて言ってくれる。
品揃えを最低限に抑えているのだろう。
カウンター側にある台には、傷薬のアンプルや聖水の小瓶に、ランプとナイフ、小さな笛(遭難した時に助けを呼ぶ)、ロープといったどこにでもある品が並んでいる。
私が用のあるのはこの周辺の地図。これも、道具屋であればどこにでもある。
地図を買う目的を端的に言えば、牢獄や刑務所を探すことにしたからだ。
カウンターの対面にある棚に新聞と並んで、置いてある「ノルブリンカ地方地図」を手に取ろうとした時、隣の「近寄ってはいけない場所」と銘打たれた地図帳が目に入る。
好奇心に駆られて開いたそれは、事故や殺人現場。
大きな事件のあった場所は、石碑などの存在まで書かれている。
(こんなものが堂々、売られてるなんてねえ)
オルカントリード地方で、そんなものを売っている店は、ほぼない。
あっても棚の隅に、俗悪誌みたいに追いやられている。
近寄ってはいけない場所の地図を閉じ、周辺の地図に再び手を伸ばした時、紙巻きの木炭ペンや筆記帳の区画が視界の隅に入った。
(これって、使えるんじゃない?)
太陽が真南に近づいた頃に私が戻ると、ベリオットはその辺の台座に座って待っていた。
「早かったな。何も持ってないじゃないか。諦めたのか?」
一見手ぶらで戻った私を見て、ベリオットは顔をしかめたりするわけでもなく、淡々と言う。
「魂と、血があればいいのよね?」
「ああ、その二つがあればいい」
彼の返事を確認し、紐を巻いた筆記帳を出す。
紐の結び目を解くと、中のものがここぞとばかりに「暴れるので」閉じた。
「一緒に、押さえて」
ベリオットが触ると、筆記帳の中のものは一瞬だけびくついて、観念したように大人しくなった。
「ベリオットが逆らっちゃマズイ相手だって、解るのね。私だけだと、舐め腐って大暴れするのに」
ページの真ん中あたりまでめくると、断末魔のように歪んだ顔がくっきりと載っていた。
「なんなんだ、これは?」
「その辺の自縛霊、かっぱらって来たの。それでこの、ページに呪文を書いた筆記帳に閉じ込めてきたってわけ。本当はこれ……精霊の加護を得る方法なんだけどね」
神仕院で受けた授業での、応用というか悪用である。
「呪文付きの護符に精霊や良い霊を宿らせ、加護を得るやつだな」
ベリオットの言う通り、原形はそれである。
これは村の神仕院で護符づくりを習う際に、シスターが話していた。
媒体にする護符の材料は、布でも紙でも、なんでもいい。
だが術者の中には悪い奴もいて、瓶などの「閉じられるもの」を使って、入った精霊を無理矢理閉じ込める、ということもある。
大きな違いは「精霊や良い霊」ではなく、「悪霊」だということ。
お店で買った「行ってはいけない場所の」地図で、事故、もしくは殺人現場(高い崖などが多数あるため、事故や事件はよく起こる)へ赴き、筆記帳に自縛霊を宿らせたのだ。
行ってみて、一目瞭然だった。
事故や殺人現場にあるのはだいたい、遺族や通りすがりの人が供えた花が、せいぜいあるくらい。
石積みの塚まであるのは、相当やばいのだろう。
地図が教える行ってはいけない場所は、だいたいは夕陽色の字で「Caution(注意)」の表記と、×の記号で示されている。
その中に少数紛れている、真っ赤な字での「Danger」表記。
極めつけは、記号が×ではなく髑髏。
その髑髏表記の塚を、壊して来たのだ。
筆記帳の霊を閉じ込めたページ以外全部には、封印の呪文を書いているし、閉じる紐にも、まじないを施してある。
「本当は牢獄とか処刑場にでも行って、責任者にお金渡して、瀕死の囚人をいただいてこようと思ったんだけどね。実験体が欲しいお医者さんみたいに。でも人の体なんて重いし、逃げらるリスクあるし」
それともう一つ、この方法を取った動機がある。
「なるほどな。しかし、血はどうする?」
「もちろん」
魔法陣の上に移動し、私はホルスターからナイフを取り、自分の左腕に思い切り振り下ろした。
「……くぅ、いたたたたた」
血がダラダラ滴る。怖さを振り払う為に思いっ切りやったのが、まずかったようだった。
「馬鹿な、せっかく状態のいい体を傷つけるだと?」
「心配しないで。あなたに渡す時までには、治ると思うから」
「そういうことを、言ってるんじゃない……!」
私の血で、魔法陣の上には鮮やかな赤色が落ちる。
「だって、関係無い人は極力巻き込みたくないし」
私の言っていることは、おかしいらしい。ベリオットは眉間に皺を寄せた。
「何を言ってる?」
だけどそれは声から読み取るに、軽蔑ではない。
単に矛盾する言葉に対して説明を求める、いわば首を傾げるかわりの仕草だと思う。
「勘違いしないで。私は『まだ』犯罪者になりたくないだけ。もし、人殺しの罪で追われたり捕まったら、あいつらを殺せなくなる」
「追われる身になっても、返り討ちにすればいいだろ」
ベリオットの理屈ではそれでいいのだろうが、私は違う。
「経験もない私があなたと同じ思考になるのが、一番危険じゃないの。それで、この血はどうしたらいい?」
「そのままでいい。魔法陣の外周に沿って俺が結界を発動し、中でこの霊を解放する」




