【第14話 ミスティ編:天国に一番近い山で行う、邪法の儀式】《14-1山陰の神殿》
トリフィラートを出てから三日後。
「そろそろ着く」
ベリオットが言うのでベッドから身を起こし、船の窓から覗く。
すごく高い山の向こうには、岩肌が露出した山々に、雪がかかった山脈が並んでいた。
「……すてき」
写真集で見るのとは違う神秘的な風景に、ため息とともに言葉がこぼれ落ちた。
「緊張感のない奴だな」
自分のベッドに寝そべりながら、ベリオットは呆れたように言った。
ちなみに私とベリオットの泊まっている部屋は、いわゆるコネクティングドアで仕切られていて、自由に行き来できるようになっている。
「緊張? ものすっごく、してるわよ。儀式を果たせば、無辜の地上人としての人生は、終わっちゃうんだから」
起き上がり、「何を言っているのか解らない」とでも言いたげに、彼は小さく首を傾けた。
「お前女じゃなかったのか?」
「いやいやいや、私女だし……なんでいきなり!?」
「今『婿』って言ったじゃあないか」
「ああ、『無辜』……ね、『罪もない地上人』って、言った方がよかったみたいね。だからでこそ、貴重な残り時間の一瞬一瞬が輝いて見えたりするものなの。今回の外国行きも、本来なら図書館の本とか、美術館の絵でしか見るしかない、単なる憧れでしかなかったわけだしね。あの山だっけ? 専用の神殿でやるのよね」
一番高く、岩肌の露出した雪のない山を指す。
「そうだ、あの山の中腹あたりに、悪魔崇拝の信徒やネクロマンサーなどが、人目を忍んで儀式をしていた神殿がある」
「なんでわざわざ、そこへ行く必要があるの? 専用の道具か呪文でも、保管されてるわけ?」
「俺が言うのもなんだが、長い歴史の中で禍々しい実験や儀式専用として使われてきたあの場所には、これでもかというほど邪念が充満している。よって、得られる力も大きい」
そんなものをよく天国に一番近い、それも最高神である天空王の神殿がある山に、設けたものである。
「さて、そろそろ降りるぞ」
ベリオットがベッドから腰を上げる。窓をもう一度見ると、港がすぐそこまで近付いていた。
「ええ。……ところで私、男に見える?」
一瞬でも男だと思われた事を、実はちょっぴり引きずっていた。
「知り合いに、お前みたいな顔の男ならいる」
「……ウソでしょ!?」
心のしこりが解けたと思いきや、またもや気になる事実が発覚する。
そんな私のショックなど知る由もないベリオットは、スタスタ船を降りていく。
「あ、待って」
慌てて追いかけると、目の前には港街ではなく、洞穴がぽっかり口を開けていた。
「……え、ここって」
今の今までタラップの上を歩いていたはずなのに。
「着いたぞ」
ベリオットの言葉に理解が追い付かず、困惑してしていると、背後から風が「吹き上げてきた」。
振り向くと、さっき降りた港街が、はるか下に移動していた。
いや、移動したのは街ではなく、私達だ。
「まさか……瞬間移動!?」
生まれて初めての、外国の山の壮大な景色に、息を呑んだ。
しばらくの間何をしに来たのか忘れて、海を、街を、山脈を、森を眺めた。
「すご……」
「ふう」
ベリオットは少し汗をかいて、疲れたように息を切らしている。
「疲れるの? 瞬間移動って」
「移動したことには、変わりないからな。この術は時間を短縮するかわりに、術者の体力をいくらか消耗する」
「……なんか、ゴメン。ありがと」
連れて来られた神殿は、思ったよりも簡素だ。
神殿と言うよりも、ちょっと整備された洞穴に、近い。血の匂いでもするのかと思いきや、長い年月のせいか、それも消え失せている。
それでも、床に描かれている五芒星の、魔法陣の所々にこびりついた赤黒い汚れは、過去にこの場でろくでもないことが行われていたと、証拠づけている。
「もしかして、これ使うの?」
「そうだ。お前には生贄を用意してもらおう」
「い……生贄!?」
私に殺人の経験は、ない。
覚悟はしてきたはずなのに、心臓が早鐘を打った。
「これが邪法と言われるのは、『血と魂』を必要とするからだ」
私自身は移動に労力を使っていないはずなのに、額から汗が噴く。
「私がやるのって……魔族化の儀式じゃ、ないはずよね?」
狼狽する私に、ベリオットはとどめを刺すように言い放った。
「そうだ。だが復讐とは、きれいごとじゃない。契約者のやる気がどれほどか、試す権利は俺にもある。できないならいい」




