【第13話 アルフィード編:ティフェレット・エメト殿堂(後編)】
《13-1地底の大聖堂と番人》
もういいよと呼ぶと、地上部からセレフィナが降りてくる。
「傷を負ってるじゃない。腕、見せて」
「うー……」
ゴーフルの腕についたトロールのひっかき傷が、出血している。
セレフィナが魔法を治癒魔法をかけてやると、傷は跡形もなく消えた。
「治癒魔法……ですか。お嬢さんは神官か、巫女をされているんですか」
「はい。トリフィラートの神仕院や、僧院の方で」
マクベスが興味深げに言う。
「大したものですね。噂には聞いていますが、お目にかかるのは、初めてです」
「いえ、マクベスさんの魔法に比べたら、普通ですよ」
「そんなことはありません。誰にでも、使えるというものではないんですよ。僕は、訓練をしてこなかった上に、素質もないから使えないんです」
「素質と……訓練か」
懐かしさから、口からぽつりとこぼれる。
「アル? どうしたの?」
ひとり言のつもりだったが、聞こえていたらしい。セレフィナが小首を傾げていた。
「昔近所のおばさんに聞いた、魔法の話を思い出してたんだ」
魔力そのものは誰にでも備わっていて、個人差はあるものの、生活様式や環境に応じて育っていくのが通常だそうだ。
逆に、必要がなかったりなどで使わないでいると、どんどん退化していってしまうのだという。
分かりにくければ「体力」に置き換えて、「なぜ兵士が民間人より強いのか」で考えるといい、と教わったのが印象的だった。
魔法の話だけでなく、外国の民話や歴史の話など、俺はおばさんの話が大好きだった。
「そのおばちゃんも、魔法使いか何かなの?」
ゴーフルへの答えにちょっと困り、首をひねる。
「うーん、そうだって噂はあったよ。もう、死んじゃったから、確かめようはないけど」
綺麗で優しかった彼女は、どうして事故で死んでしまったんだろう。
可愛い一人娘を遺して。
長い廊下が続いた果てに、大きな金属の扉。
いったい何を通すために、こんなに大きいのか。
「後ろに、下がってて」
左の扉を盾にしつつ、中の様子を伺う。見た所、何の気配もなければ物音もしない。
「何も、いないみたいだな」
しかしさっきのように、入ったら魔物が召喚されるというトラップがあるかもしれないと、警戒心を緩めないように注意する。
何も出てこない状態が続き、ひとまず安心したところで、目の前の祭壇に焦点が合う。
ゆっくり扉を開けて足を踏み入れ、何も出現しないかと、辺りを見回した。
(とりあえず、安心かな?)
祭壇が近づくと、急に周囲が明るくなる。
「すごいわ、地下にこんな神殿があるなんて……」
見上げると、柱の上の燭台に光が点っている。
祭壇の裏からも、光が漏れているのが見えた。
説明はどうしていいか分からないけど、火をつけていない暖炉のような「窪み」が大きな柱とともに出現している。
おそるおそる覗き込むと
「頭入れたら『ズガシャーン!』」
ゴーフルが「なんてね」と笑っていたので、本当にびっくりした俺は彼を睨んだ。
「ジョーダンだって!」
安置されていたのは、花々に守られるように埋まった、真鍮の箱。
「これが、あなたの言ってた大地神王の神器?」
その場から立ち上がって、マクベスに確認するように促した。
「おそらく」
神器であろう箱を前にしても、彼は機械的な手つきでそれを開けた。
「わあ。きれい」
セレフィナが感嘆の息を漏らす。
そこには両手に収まるくらいの、三つの輪が眠っていた。
つながった二つの銀の銀の輪を、一か所だけがねじれた金の輪が通っている。
金の輪についた新芽色の丸い石と、銀の輪に咲いたバラと思しき花は、豊かな大地の上に芽生える生命を象徴しているのだろう。
財宝というよりは、アーティファクト然とした外見である。
神器に見とれていたその時、ゴーフルが言った。
「……なんだ、この臭い?」
言われるまで気が付かなかったが、どこからか、うっすら異臭がする。
あたりを見渡しても、匂いのもとになりそうなものは見当たらない。それなのに時間が経つにつれ、少しずつ強くなっていく。
何の臭いか判別できるようになると、吐しゃ物がのど元まで戻りかけた。
「……これ、死体の腐った匂いだ」
「なんでそんなもんのニオイがすんのさ!?」
ゴーフルの質問に、俺は答えられない。
だってこの場には死体なんて、影も形もないから。
「何ヲ……シテイル」
声のした方に向くと、誰もいなかったはずの場所に人影がうっすらと見えた。
影はみるみるうちに濃くなり、実体を表していく。
最終的には背の高い、ちょうどマクベスより少し高いくらいの、甲冑の姿に変わる。
頭のところどころから、うねりのある長い白髪がはみ出ている。
異臭のするのは間違いなく、あの喋る甲冑からだ。
セレフィナが、俺の後ろに隠れるようにして震えている。
「……あれって、ゾンビなの?」
俺が呟くとゴーフルが首を横に振り、鼻声で答えてくれる。
「違うよ。アイツ、死体じゃない。生きてる!」
《13-2大地神王の下す沙汰。そして死刑囚ゴーフルの暴言と暴露》
「我、大地神王ノ神器ノ番人ナリ。盗ム者、許サヌ。ココデ死ネ!」
対峙した甲冑は、語勢を強めて剣を抜く。
「やめぬか、シルバ」
しゃがれた男の声がしたかと思うと、目の前に幽霊のように大きな老人が出現した。
シルバと呼ばれた甲冑はその場に跪き、大きな老人はゆっくりした足取りで、こちらに近付いて来る。
「しかし、感心せんな。神殿を荒らした上に神器を盗むとは。大変赦し難い罪だ。まして天使が人間にそれを唆す。もはや悪戯では済まんぞ」
ゴーフルは震えるだけで、返事をしない。できないのかもしれない。
老人は続ける。
「お前達の聖域への不法侵入、窃盗の罪。本来ならば即、地獄行きだが。その天使の教唆がなければここには来なかっただろう。彼を引き渡せば、無罪放免にしてやる」
そういうことならと、おそらく大地神王と思しき老人に近付く。
「アル!」
セレフィナが呼び止めたが、彼女に「俺に話させて」と目配せして、老人に向き直った。
「あなたは、大地神王ですね?」
「いかにも」
彼が大地神王だと確認を取ると、こっちの言いたいことを言う。
「お察しの通り、俺はあなたの神器を盗みに来ました」
そこまで言うと、セレフィナとマクベスに俺は言った。
「君達はもともと俺とは関係ない。面倒事になりたくなければ、帰っていてくれ」
そして再び大地神王に向き直り、言った。
「そして俺の言い分はこうです。こっちはあんたら神々の卑劣でクソッタレなやり口に、我々人間も倣ってるだけだ。文句を言われる筋合いはない! おっと、言葉が汚くなってしまって申し訳ありません」
大変無礼な言い方だが、偽らざる本音である。
それでも、反省はせずとも詫びの言葉だけは出しておく。
「あなたの部下である神々は人類の罪を清算する為に、世界の四大事件以上の虐殺事件を、再び起こそうとしてるんですよね!? それと、その中で生き残れたら、その者の罪は許して生存権を与えることも、知っています。ゴーフルは、ただ何も知らされずにただただ殺されるはずだった俺達に、危機を知らせてくれた。彼を引き渡したら俺はもう、人間でいる資格はない。そう思っています」
「……申し訳ありません。でも私も、そう思います」
セレフィナがゴーフルの前に立ちふさがって「彼の言う通りです」と、彼を渡すまいと抱き寄せた。
下を向いていたゴーフルはセレフィナの腕をほどく。
「ありがとな。でも、もういいよ」
そして前に出ると、大地神王の顔を仰いだ。
「オイラは逃げもかくれもしないさ。ただなあ、大地神王のジイサンよ。『遺言』だけはキッチリ言わせてもらうぜ。いいだろ?」
「最期の言葉だ。いいだろう」
彼らの口から出る「遺言」「最期」の単語が、胸を締め付けた。
きっとセレフィナも、同じ気持ちだろう。
「なあ、まさかたぁ思うけど、大虐殺の時いったいいくら人間が死んだか。天界のボスのひとりであるアンタが、知らねえワケねえよなあ?」
彼の顔は見えないが、体の震えはもう止まっている。
「もう一回、ソレ起すってんだから、正気の沙汰じゃねえ。そこの兄ちゃんも言ってたけど、神の連中はさあ『生き残れたヤツを許し、復興させる』そう言ったんだぜ。
それで生き残る手段を取ったら今度はナニ? 『お前ら死刑』だと? 神ってのは権力だけ持ったチンピラか?
その総大将のお前ら三大神王は、奴らの決定にウンウン頷くだけのお飾り人形か? ま、モーロクじじい共どもの人形なんて、かわいくも何ともねえから救いがねえけどな」
「ゴ、ゴーフル……!?」
最高神の一人相手では、死刑から彼を救うことはほぼ不可能に近い。
ならせめて苦しまないようにといった、手心を期待するものだが。
セレフィナも、ゴーフルを止めようとする体勢のまま、硬直してしまっている。
これでは普通の死刑どころか、こんな罵詈雑言を浴びせてしまっては、拷問までついてしまいかねない……。
「それ以上はやめろゴーフル!」
立てられた彼の両手の中指を引っ込めさせるべく、組み付かずにはいられない。
「ドやかましい! どーせ死刑になんならもうヤケクソだ!」
「死刑の方法だって、色々あるんだぞ!? 牡蛎の殻で、肉を剥がされることになったらどうするんだ!?」
大地神王が何か言おうとしていたがゴーフルは「最期だから、いいんだよな!? まさかたった今自分で言った言葉すら、忘れるほどボケてねえよなあ?」と、譲らなかった。
「サラバールの生前に服とか下着盗んだり、雲でサラバールそっくりのダッ〇ワイフ作ってた恋愛の神は何のお咎めもないんだぜ! このリフジンが怒らずにいられるか!」
あろうことか彼は、自分の命が左右されるこの場面で、まったく違う次元の話を引っ張り出して喚き始めた。
「なんだそれ!? 今までの話とは関係ないだろ……てかなんで、そんな情報知ってるんだよ!?」
「二〇年前にぐーぜん奴の昔の日記……たぶん二、三千年くらい前の、見つけたんだよ。他の天使といっしょに、アイツの倉庫掃除命じられててさ。あ、大地神王さん、あんたのこともなんかボロクソ書いてあったぜ。『あんな陰気野郎はユニコーンのウ〇コでできた人形とでも交わってろ』だって」
二、三千年前の日記が残っているのも驚きだが、そんなヒドイ内容のものをよりによってゴーフルに発掘されてしまう恋愛の神が、なかなかに不憫だ。
帰っていなかったらしいマクベスが、大地神王に近寄りこう尋ねた。
「大地神王、神話では豊穣の女神、サラバールはあなたの……」
マクベスの言いかけた部分だけでも、女神サラバールが大地神王にとって、特別な存在だと推測できる。
ところで何故マクベスは、途中で言うのをやめたか。
大地神王の顔色が、みるみるうちに抑えきれないといった露骨な怒りに染まっているからだ。
(……恋愛の神、逃げてくれ。できるだけ長く)
しかしこれは、矛先がゴーフルから逸れているのでは。
みなまで聴かずとも、ある意味、神器を盗むよりも罪が重くなりそうな予感がした。
噴き出す怒りを押さえるような声音で、大地神王は寛大な答えを出した。
「……確かに、生き残った者にこれからもガドル・サピールで生きる権利を与えるといった決定をしたのは、あいつらだな。いいだろう、持っていくが良い」
「ありがとうございます!」
変な方向に話が曲がったが、ゴーフルが死刑にならなくてよかった。大地神王の考えが変わらない内に、勢いよく跪いた。
「せいぜい頑張って生き残ってみよ。祭壇の奥に扉がある。地上への近道だ、通るがいい」
《13-3神による救い》
大地神王が示す先。
けどそこにはさっき見た通り、神器を納めるためのスペースがあるだけだ。
「汝、冥界からの帰りを赦す」
大地神王が呪文を詠唱するように言うと、階段が現れた。
「しかし侵入者用の道のトロールどもを突破して、ここまで来るとはな。地上に祭壇があったろう? 像の向き全て祭壇の方に揃えれば、隠し扉が開くのだ。そこからなら、安全にここまで辿り着くことができる」
マクベスが階段を指して言う。
「それよりこの階段、振り向いたらもう帰れない、という事はありませんよね?」
「安心するがいい。この地下神殿は、冥界と地上の交差地点にすぎんよ。死んだ囚人をここで、償うまで働かせることはあるがね」
そう言って大地神王は、跪いたままの甲冑を一瞥した
階段を上ると、地上の祭壇の裏に出た。
「中からしか、開かないのね」
セレフィナが、もとの飾り壁画に戻ってしまった扉の淵を撫でる。
押しても引いても、それはびくともしなかった。マクベスの壊した床の穴は、塞がっていた。
地上が目前になり、地上からの清浄な空気が階段まで流れ込む。洞窟の出口からの光がまぶしく暖かい。
「あーあ、死ぬかと思った!」
大地神王に暴言を吐きまくってこちらの肝をさんざん冷やしに冷やしたゴーフルは、こちらの気も知らず、気持ちよさそうに伸びをしている。
「でも良かった。ゴーフルちゃん、本当に連れて行かれちゃうと思ったから」
緊張から解放されたせいか、今になってセレフィナが目からにじみ出てくる涙を、何度も拭っている。
「ところで、あの話は本当なのか? さっきの、恋愛の神が……って話」
しようもないが、大地神王への告げ口の内容が、他人事なのにずっと気になっていた。
「マジだよ。あとから聞いたんだけど、恋愛の神はずっとサラバールを狙ってたんだって。だけど口説けないから、ずーっとネチネチ思い煩、よからぬ妄想をしながら過ごす……という不健全きわまりない日々を送ってたんだってさ」
いろんな形の恋を気の遠くなるような人生の中で見続けたせいで、自分も変な方向に走ってしまったんじゃないか。その神様。
今度はマクベスが、ゴーフルの話に補足するように言った。
「大地神王とサラバールは、恋人同士だったという説があるんです。他の神のに比べて、大地神王とサラバールについては現在まで残っている伝承や資料が少ないので、定かではありませんが。でも彼のあの反応からして、彼女が特別な存在である事は確かでしょうね」
「本気で恋愛の神が、心配になってきたよ」
今の俺の発言に対してか、セレフィナが嫌そうな顔をしている。
「下着を盗んだり、本人の知らないところでいかがわしい人形を作られてたり、恋人の悪口を言われたり……サラバール様からしたら、たまったものじゃあないと思うわ」
「人……というか、生きとし生けるものは、どこか歪みを抱えてるものだよ」
サラバールの街へ着くと、マクベスは宿屋のフロントに預けていた荷物を受け取り、自分の部屋に俺達を入れる。
「さて報酬を、お支払いしましょうか」
扉の掛金がかけられ、さっきの荷物の中から金銀財宝が床に広げられた。
「好きな値や、品物をおっしゃってください」
ますます、「神器が欲しい」とは言い辛い。
大地神王の神器を手に入れる為だったら、彼は極端な話、この目のくらむような財宝を全て懸けていい、と言っているようなものである。
もめるのを覚悟で、こちらの目的を口に出した。
「マクベスさん、俺たちは別にあなたの研究を横取りしようと考えてるわけじゃあない。でも今は、この神器が必要なんだ。用が済んだら返すから、暫く、貸していてもらえないかな?」
「いいですよ」
即答だった。
あまりにもあっけないので、拍子抜けするほどに。
連絡先を控える為に、備え付けのメモに伸ばした手が止まる。
「ただ、あなた方の旅に、僕も同行させてほしいんです」
「それは願ったり叶ったりだけど……いいの?」
「はい。大地神王との話を聴いていて、興味が湧きました。もっと詳しく話を聴かせてもらえますか?」




