【第12話 アルフィード編:ティフェレット・エメト殿堂(前編)】
《12-1深淵からの呻き》
赤黒い炎の中から黒く焦げた人々が異臭のする煙を上げながら、ゆっくり、しかし確実に迫ってくる。
残った髪の毛や黒くなった中から見える皮膚の色、半分焼けずにいた顔など、生前の慣れ親しんだ面影が見える。彼らは言葉を発さない。
だけど、同じ悲劇に遭ったにもかかわらず、まんまと逃げ遂せた「こちら」の人間への非難が読み取れた。
こちらとあちらとを隔てる「赤い川」はさほど深くなさそうだけれども、彼らはこちらの岸……生者の岸には来られない。
向こう岸から、恨めしそうな目がずっとこちらを見ている。
「お前も、もうすぐ『行く』んだよ」
背後から 、よく知っている声がした。
半生の指輪をした細い手が、肩と頬を掴んだところで、目が醒めた。
「うわあっ!!」
ここがサラバールの宿屋の、ベッドの上だと気が付いて、慌てて口をつぐむ。
向かいのベッドのゴーフルは、よく眠っている。お近付きのしるしにとマクベスにもらった、安眠の薬草が効いているらしかった。
俺は正直、まだそれを口には入れられずに、だが捨てることもできずにいた。
ゴーフルを起こしてしまわなかったことに、胸をなで下ろした。
後ろから、肩と頬を触ったのは、おそらく両親だ。
細い手のしていた指輪には、確かに見覚えがあった。
(……あの声は、父さんだ 手はたぶん……母さん)
でも、向こう岸を「あの世」だとしたら、なぜ死んだはずの父さんと母さんが「こっちの岸」に?
表面が焦げて、生の肉の部分から滲んだ液がついてるような錯覚で、頬を拭った。
やはり何もついていないが、鼻の奥には臭いが残っていて、吐きそうになった。
あの悲劇があったからでこそ、俺はここにいる。
夢は見なくなったとしても、あの現実が消えることはない。
……やっぱり、俺も飲もう。
備え付けのカップに水を汲んだ。
《12-2扉のない出入口》
サウスタウンの門から南西へ進み、川に沿っての方へ坂を下ると滝がある。
「あの奥ですね」
そう言ってマクベスは、滝の裏側に俺達を先導した。
大きくえぐれたような洞窟の奥には祭壇があり、その上には色とりどりの植物をあしらったステンドグラスが、外界からの光をこの暗い洞穴に入れている。
そこまでの道には像達が、控えるように立ち並んでいる。
しかし祭壇に神器らしきものが、置かれている気配はないし、別の部屋に続いているような通路や階段も、残念ながら見当たらない。
「神器が安置されているのは、ここじゃないのか?」
落胆していると、マクベスが「待ってて下さいね」と言い、床の石タイルを一つ一つマクベスはつま先で叩く。
「そうか。隠し扉か」
俺も彼に倣って床を叩き、しばらくの間、俺達全員で隠し扉探しに没頭した。
どれくらい時間が経っただろうか、音の違うタイルに当たった。
「あれ?」
心なしか、音が高い気がした。
念の為に、もう一度足でノックすると、下の空洞の存在が足を伝ってはっきり聞こえた。
しかし、ゴーフルの次の一言で「やった」という気持ちがしぼんだ。
「ちなみに、どうやって開けるの?」
そこを開ける為の取っ手どころか、隙間すらない。
他のタイルと同じくきれいに並んでいる。セレフィナがぐるりと部屋の中を見回す。
「やっぱり神殿中、例えばそうね。並んでいる像なんかを調べれば」
どうやら「隠しスイッチ」があるんじゃないか、というのが彼女の考えらしい。
みんな異論は挟まなかった。
確かにここにはたくさんの石像が並んでいて、何かを隠すにはうってつけだ。
「よし、探すか」
気分が高揚しているせいか、不思議と面倒は感じなかった。
「通路が見つかったと思ったら、こんどはスイッチかー」
ゴーフルがぶつくさ言ったその時、点滅する光が洞窟内を青白く覆った。
少し遅れて叩き割るような大きな音が洞窟中に響き、思考や言葉を打ち切らせた。
みんなただただ、ぽっかり開いた穴、音の違うタイルのあった場所を呆然と眺めた。
「さあ、開きました。行きましょう」
マクベスがにっこり笑って、その穴を指した。
「「「ええええ!?」」」
重なった声が、三人同時に思考が戻ったことを教えていた。
「雷、落としました」
「い、いいの?」
目的が達せられたという喜びも忘れて、つい口から漏らしてしまう。
「何がです?」
マクベスは不思議そうにキョトン、とした。
「だ、だって! 今隠し扉の存在が分かって、その仕掛けを探そうって場面だよ!? どこの世界にいきなり隠し扉を叩き割ってしまう奴がいるのさ!? しかも神殿で! 罰当たりな!!」
《12-3祭壇下の隠し通路》
マクベスの開けた穴を覗き込む。
中た単なる空洞ではなく、明らかに整備された廊下が続いている。
「本当に……隠し通路だ」
鞄に手を突っ込み。カンテラを取り出す。
「あとオイルは……と」
「待って。オイルなんて使ってはもったいない」
マクベスが待ったをかけた。
「もしかして、ライティンググラス持ってるの?」
ライティンググラスとは、電気を使った照明器具である。
ロウソクや油よりも明るく効率的に周囲を照らせるらしいが、現在まだ普及しておらず、技術が進んだ都会の、それも金持ちの持ち物である。
「まさか、あんな高価なもの」
彼は自分の荷物から出したカンテラを開けて、中に何かの星座の絵の描かれた、中心の開いた丸い金属板を入れた。
「ルークス・ステッラエ」
彼の詠唱で、金属部分の所々から、小さな光が生まれる。天界にもこんな代物は存在しないのか、ゴーフルは物珍しそうにはしゃぐ。
「マクベス兄ちゃん、これ何!? 石みたいのが光ってるよ!」
「銅板に埋めてある、星の欠片が光ってるんですよ。それらに光の魔法を宿らせてあげると、星のカンテラができるんです」
ゴーフルがちょうど、俺も思っていたことを突っ込んだ。
「そっち手に入れる方が大変なんじゃない?」
「そうでもないよ。星の欠片は小さいものだったら、ブラックマーケットにいくらでも売ってるからね。それに大半は、ただの石にまじないをかけた、安物だし」
出来上がった星のカンテラを預かり、俺とゴーフルは下へ降りた。
ガラスの中の星明りは、通路のかなり先まで照らしてくれる。
「どう?」
上から覗き込むセレフィナに、「シッ」と口の前に指を翳して「静かに」のサインを送る。すると通路の奥から、さっきは聞こえなかった低い音がした。
「奥に何かいる。まだ、降りてこないで」[
まだ見えない何かに警戒して、剣を構える。
地響きまでする重たすぎる足音が、人間のものではないという事が判る。
巨体だが、かなりの身軽。
向こうも侵入者に気が付いたらしく、足音は加速し、明らかにこちらへ向かって来る。
「くるか!」
光の届く範囲に、醜悪なヒト型の怪物の姿が見えた。
大人の一、五倍はあろうという巨躯。上腕はスリムな女性のウエストくらいはゆうにあるであろう太さ。
あんな腕による打撃を喰らった日には、命はないだろう。
まっすぐ向かって来るトロールを、胴体部分への薙ぎ払いで迎え撃つ。
そいつはその場に倒れるが、腹に少々の傷がついただけで、大したダメージにはなっていない。
奥から、まだ音がする。
「姉ちゃん達は、まだ来るなよ!」
ゴーフルが闇に向かって、天使の輪のチャクラムを投げた。
闇の中からは、ちょっと驚いただけのような軽い悲鳴のような声が、二、三体分聞こえ、血を流したトロールが目の前に姿を現した。
しかもその傍らでは、さっき斬ったトロールの手が動いている。
そいつはむっくりと起きた。腹の傷はもう、跡形もなかった。
「防御力も回復力も、強すぎるんだ」
つい舌打ちが出たその時、
「イグナイテッド・ウィスプ!」
マクベスの炎の詠唱により、トロールは火だるまになって、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか? 二人とも」
後ろで、マクベスが着地したであろう、軽快な音がした。
ボディガードのくせに逆に助けられるなんて、情けなくなり、返事ができない。
「ぁ」
燃えたはずのトロールは、またも起き上がる。
みるみるうちに肌の色は元に戻り、目の前で完全に回復されてしまった。
「げっ、ウッソぉ……今ので死なないの!?」
ゴーフルの声は驚きと絶望とが混じり、マクベスは悔しそうに呟く。
「ちょっと火傷した、程度なんですね」
傷はすぐに塞がってしまう……が。数秒なら、ダメージも受けてくれる。
「ゴーフル、もう一回トロールにチャクラムを投げてくれ!」
「え!? ムダだって、今の見てたろ!?」
「いいから! 説明は後でする!」
「ぉう、わかったよ!」
ゴーフルのチャクラムは、攻撃対象以外には当たらない。
光の輪は俺をすり抜けて、両サイドの二匹を傷つけた。
俺も、中央の奴に傷をつける。
「マクベス! 傷にさっきの、火の魔法を頼む!」
「それならこっちの方で『エクスプロージョン』」
爆発音が鳴り響き、トロールの傷口が炎とともに爆ぜた。
自分の提案とはいえ、あまり気分は良くないなと、浴びてしまった血と、肉片を拭う。
「エグイなあ」
カンテラの星明りに照らされる肉片に、ゴーフルが近付く。
「ゴーフルちゃん、まだ近付いちゃダメ!」
セレフィナに注意される瞬間に、手だけになったトロールが、彼に襲い掛かった。
「危ない!」
咄嗟に剣を振り上げ、トロールの腕を落とす。
「トロールの回復力の高さは、尋常じゃないの!」
セレフィナが話している間にも、その辺に散った肉片はうごめき、至近距離のものとくっつき合っている。
ナメクジの交尾のようにうねり艶めくそれらは、次第に一つになっていく。
「イグナイテッド・ウィスプ」
マクベスがまた火球を放ち、肉片を燃やしていく。
火が消えると彼は、炭の欠片を丹念に踏み砕いていく。
「なるべく、粉々にして下さい」
気が進まないけど、復活されてはかなわない。炭という炭を、踏みにじって散らす。
「すぐそばにあれば、くっついちゃうんですね。自分で来といてなんですが、かなり厄介です」




