【第11話 アルフィード編:豊穣の街サラバールへ】
《11-1水道橋の上の、屍喰い鳥の群れ》
「レガリアでは聖都と並んで、とても有名みたい。ただ、列車を使う距離ね。聖都の駅はもうダメだから、遠回りになるけど、隣のビブロス市から乗ることになるわ。大きな水道橋を渡って、すぐの街よ」
だいじょうぶ? と、セレフィナが俺とゴーフルを交互に見ながら尋ねる。
「いいさ、行こう!」
それしか道はないのだから、文句を言っても仕方がない。
それはゴーフルも悟っているようだ。
「めんどくせえけど、しゃーねーな」
整備された林道を少し歩いたところに、「この先水道橋」と示す看板は立っていた。
「なんだ『遠回り』なんて言っておきながら、案外すぐそこじゃないか」
セレフィナの話では、もっと歩くような印象を受けていたが、思ったより早い到着に思えた。
考えてみれば「ひと駅」だったら、たいした区間ではないのかも。
「すぐそこ……だァ!?」
不服そうな声に後ろを振り返ると、ゴーフルが肩で息をしながら、汗を拭いていた。
「兄ちゃんさあ、マルアークの時から思ってたんだけど、頭か足……おかしいんじゃないの?」
「そんな大げさな。セレフィナ、地図を見せ……」
地図を差し出すセレフィナも、息を切らしている。
「オルカントリード地方出身だから、歩くことに慣れてるのね」
地図を受け取って確認すると、聖都マルアーク駅の隣には、ビブロス市の駅名が並んでいる。
「……あれ?」
しかしその間の区間には、米粒より小さな文字で書かれた「ミュトス」「レーレ」「ダビデ」の、三つの地名が存在していた。
単にゴーフルが、駄々をこねているのではなさそうだ。
「ごめん……少し休もうか?」
建造物の跡であろう、路肩にある人造石の段に座れそうだ。
提案すると、二人はほっとしたように腰を下ろした。
そこでセレフィナが前を向いたまま硬直し、
「あ!」
と、大きな声を上げて再び立ち上がった。
セレフィナが真っ青になって見る先、橋の方には長い嘴に、ゴーフルの背丈ほどの白い鳥の群れが、人影を取り囲んでいた。
「大変だ! 屍喰い鳥に誰か、襲われてる!」
屍喰い鳥とはいっても、肉食で凶暴性が強く、生きている人間も容赦なく襲って捕食する。
れっきとした魔物である。
セレフィナとゴーフルにはそこで待っているようにと荷物を預け、群れに向かって走った。
「あの人は……!」
特徴的な青の長い髪で、人影が誰なのかを確信した。
カテドラで一緒に、施療院に入った男だ。
彼が前に手の平を構えると、刃のようなものが次々出て、屍喰い鳥の首を刎ねていった。
呆気に取られていると、こちらに気付いたのか、彼は振り向いた。
「またお会いしましたね」
「は……はあ」
返り血に似合わぬ爽やかな笑顔で、彼は会釈した。首のない鳥の、死骸を拾いながら。
穏やかな笑みに、さっきのような惨い攻撃はいささか不似合すぎた。
どう応対していいものか、分かりかねる。
すぐそこまでゴーフルと、そしてセレフィナが追い付いていた。
どちらが誘うでもなく、彼と俺達は一緒の歩調で、水道橋の上を歩き出した。
「俺はアルフィード=エースペード。彼女はセレフィナと、そっちの子がゴーフル」
「僕はマクベス。マクベス=フィンドラと申します」
「あの、マクベス……さんはこれからどちらへ?」
すると、思いもよらぬ答えが彼から返ってくる。
「あてのない旅なのでなんとも。……うーん、そうですねえ、豊穣の街サラバールにでも行ってみようかと。その近くには大地神王の『ティフェレット・エメト殿』があるそうなので」
「奇遇だね。俺達も、そこへ行く予定なんだ。……ところで」
川のせせらぎの中、今俺が思っていること。
後ろからついてくるセレフィナやゴーフルも同じらしく、振り返ると必ず、マクベスの手元のそれへと目を向けていた。
「あ……あの。それは?」
両手に握られた、首なし鳥の死体を彼はどうするのか。
どうしても視界の隅にチラチラ入ってくるので、思い切って尋ねた。
頭のない長い首はだらん、と垂れ下がり、せっかくの美しいブロック石造りの橋は点々どころか、ダラダラと垂れる血のラインが引かれてしまっている。
「ああ、これ。せっかくなので、ビブロスに着いたら肉屋にでも売ります」
彼の言葉にゴーフルが、あからさまに気持ち悪そうに、その胴体を見る目を細くした。
「うえぇ……だって屍喰い鳥ってさあ」
「でもこれから、お金も食糧も、もっと貴重になるから」
セレフィナがマクベスを弁護するも、俺もゴーフル寄りの意見を、覆せそうにない。
かといって、食糧も値上がりが進んでいるように、全体量が減っていっていくのだろう。
「そうなると、どんな鳥でも肉は肉です」
「顔に似合わず、したたかなんだね」
「よく言われます。なにせ子供の頃から貧乏でしたから」
照れたように微笑する彼からは、屍喰い鳥を食うような半生は想像もできない。
実はどこかの御曹司だと言われても疑わないだろう。
昼の空が、少しばかり黄色みを帯びてきた。
サラバールに着いたらすぐに、宿探しになるだろうなと予感する。
「ところで、あなた方」
水道橋を渡り終えると、マクベスが足を止める。
「僕に、雇われる気はありませんか?」
《11-2マクベスの研究と、創世神話》
アンティークな雰囲気の街に入るとすぐに、肉屋があった。
「では、僕はこれを売ってきます。駅で落ち合いましょう。その間に、考えておいてください」
マクベスは死骸を手に、骨つき肉の塊が吊るされた店に向かっていった。店先では太った中年男性の店主が、活気のある笑顔で客を呼んでいる。
「……お肉屋のおっちゃんの笑顔が、大崩れするのが予言できるよ」
ゴーフルがマクベスの後ろ姿を見送りながらつぶやいた。
あの爽やかな笑みで「鳥肉買ってください」なんて、「新鮮な」肉を手に売り込むんだろうか。
気になってしばらく見ていると、肉屋の店主は目をまん丸にして、その男らしいルックスに似合わない、高くて短い悲鳴を上げた。
「案内板があるわ」
セレフィナが指す四方に散った矢印の一つに「駅へ」と書かれたものがあった。
白いタイル張りの街路は、飾りなのか、等間隔で赤茶のもの混ざっている。
ついつい、それを踏むように、歩幅を合わせた。
クスッと笑う声が聞こえ、自分のことだと悟って声のした方に振り返る。
「ゴメンなさい、かわいいなって」
目が合うなりセレフィナが「悪気はないの」と言いたげな、でもまだ笑いの混じった声で弁解した。
「子供っぽいって、思ってたろ?」
悪いと言われたわけではないのに、足は勝手に、茶のタイルを踏むのをやめている。
「どんまい。兄ちゃんは子供っぽいんじゃないよ。単に田舎ッぺなんだよ」
憎らしく笑うゴーフルこそ、茶のタイルからタイルへ、飛び移って移動している。
「君だって、田舎ッペしてるじゃないか」
「子供だからね。何でも面白いのさ」
「ったく」
天界がどんな所かも、ゴーフルが本当に子供なのかも、俺は知らない。
そもそも天使と人間の寿命って、違いはないのだろうか。
例えば大昔のエルフや悪魔みたいに、一〇〇〇歳以上まで生きる、とか。
煉瓦のおもちゃみたいな駅の、敷地に差し掛かる所で、マクベスと合流した。
(もしかしてさっきの、見られてないかな?)
一緒のボックス席に腰を下ろしながら、くだらない心配が頭を支配した。
あの行動は無意識ではあったが、やっぱり、他人の視点で想像すると、ものすごく恥ずかしい。
「さっきの返事は、考えてくれましたか?」
各車両を廻る車掌に切符を見せ検札を済ませると、マクベスは話を切り出した。
「えーと……まだ考え中で。あの、魔導研究か、なにか?」
「そうですね。研究と称した道楽なんですが。暗い趣味でお恥ずかしい」
研究室や小屋に閉じこもって、誰にも理解されない研究に耽る。そんな不健全そうな構図から、出てきたイメージだろう。
確かに魔導研究のような小難しい話は、「意識高い風なオタク」「背伸びをした陰気者」「痛いやつ」などと言われるけども。
彼の外見のせいか、知能指数の高そうな高尚な学問の話に聞こえる。
「いいえ、そんなことはありませんわ。とても神秘的で、格調高いと思います」
セレフィナはお世辞なのか、本当にそう思っているのか分からないようなリアクションをした。
「そう言ってくれたのは、お嬢さんが初めてですよ。なにせ魔導というと、暗いとか、オタクっぽいイメージがどうしても付き纏いますからね。それで今回は、三大神王の魔法を研究でもしようかなと思ってましてね。サラバールの近くには、大地神王を祀るティフェレット・エメト殿堂もありますし。そこには大地神王の力を宿した神器が眠っていると、僕は考えています」
マクベス自分の目的の話を終えようとしたところで、彼の隣に座っているゴーフルが、甘えるように彼の服の裾を掴んだ。
「ボク、お兄ちゃんの研究の話、もっと聞きたい。神さまのお話、大好きなんだ!」
ゴーフルの神様達に対する口汚い罵倒を、俺は常々聞いている。
それだけに、愛くるしい子供の顔とダブって、悪魔の幻が見えた。
大方彼から何らかの情報を聞き出そうとしているのは明らかだった。
「三大神王や神器に関しては、まだ何も始めていないよ。この近くに大地神王に関係のある建物があるから、興味が湧いたというだけで。とりあえずそうだな、今知っていることを話せばいいかな?」
少し間を開けて、マクベスは話し始めた。
「天空王は宇宙を漂う雲の中心に、生命の火種を植えた。火種を宿した星雲は世界の核となった。大地神王は土と岩で陸を作り、星核を覆った。ある箇所は隆起して天を衝く峰となり、またある場所は沈んで、果てなき谷となった。海神王は星の誕生を祝福する雨を降らせた。雨は窪みを満たし、海となり、川となった。これがまず、神々の頂点に立つ三大神王が、この『エレツ・コハブ』今は『ガドル・サピール』を作った時の話。これから行くサラバールは、三大神王が創った星に人類を誕生させた、女神の名前だと言われているよ」
「サラバールって『豊穣の女神』じゃないのか?」
マクベスの話だと、豊穣の女神というより、創造の女神のようだ。
「ええ、彼女は『豊穣の女神』としての話の方が有名ですが。創造にも一役買ってるんです。それも話しますか?」
「お願いするよ」
俺が言うと、彼は続ける。
「サラバールは山の頂にて、雨雲と土から神々に似た生き物……人類を作りました。
さらに彼女は浜辺にて砂と海水で、平原にて朝露と泥で、同じ生物を作ったと言われています。人類の誕生を祝う贈り物として、天空王は山の民に『力』を。海神王は浜の民に『知性』を。大地神王は平原の民に『優しさ』を。それぞれ天使を遣わし、与えた……という話が伝えられています。
そして『平原の民』は、大地神王への信仰と感謝のしるしとして、神殿を建てていたそうで。
もしかして三大神王の贈った『力』『知性』『優しさ』は、神器の事を言っていて、それぞれの神殿に置かれているのではないかと、僕は思っているんです」
ここまで聴いて、俺は保留にしていた返事をマクベスに返した。
「考えがまとまりました。あなたに、雇われます」
《11-3マクベスの依頼》
橙の陽光が差し込むサラバールの街の欄干から、その光景に息を呑んだ。
街を分断する大河の向こう岸には、こちらと同じような建物の群れが階段のように並んでいる。その河に落ちる滝の上にアーチを掲げた列柱の、立派な建造物。
そこから噴き出す大きな水柱には、虹が寄り添っている。
「もしかして兄ちゃん、あれを大地神王の神殿だと思ってるんじゃない?」
ゴーフルの言葉から、あれが目的の神殿とは違うのを悟る。
「い、いや……べつに。ただキレイだなあって思っただけさ!」
咄嗟に嘘が口から流れ出た。
しかしあんな壮大で美しい建築物が神殿でないのなら、あれは何なのだろう。
写真などで見た事のある建物の中でも、やっぱり神殿に近いものがあった。
セレフィナが風に弄ばれる髪を、顔の前からどける。
「でも本当に、美しい造りのダムね。あれも何らかの神殿だって言われたら、私は信じちゃうかも。街の人が話してたんだけど、大きな落雷が何度もダムを打ちつけたり、地割れが起こるような地震でも、ビクともしなかったんですって」
ダムって、ビーバーの作るあれか?
川の流れを止めるやつ。
「知ってる? あのダムはビーバーの獣人が造ったもので知られていて」
マクベスの話に「本当か!?」と上げそうになった声を、押し殺した。
彼はゴーフルの反応を伺っているようだったが、当の本人は、不審そうに見上げている。
「マクベス兄ちゃん、それウソだよね?」
「失礼。ダムと聞いてなんとなくビーバーが頭に浮かんだので、子供騙しの嘘を言ってみました」
……子供は騙されなくても、田舎っぺは騙された。
獣人は確かにいる。
遠くの国にはリザードマンや、アステリオスという牛の怪物、ベヒーモスの伝説だってある。
この大陸にも、ウェアウルフや、ワータイガーの集落があると聞いた事がある。
……それに、少し違うかもしれないが、人魚だって知っている。
ビーバーの獣人がこの世に存在していたって、おかしくないじゃないか。
むなしくなったので、依頼の話に持っていく。
「ところで、ミスター・フィンドラ」
これから彼はただの同行人ではなく、雇い主になるので、言葉遣いを改める。
「いえ、マクベスで結構ですよ。僕のこの敬語混じりの言葉遣いは子供の頃からの癖なので、気にしないでください。神殿は、橋を渡った対岸にある、サウスタウンの門から南西へ歩きます。今日はもう暗いですし、宿屋を取りましょう。詳しい内容と報酬については、食事しながらでも話しませんか?」
サウスタウンの宿屋にある食堂に入って、ひととおり注文を終えると、マクベスは話に入る。
「大地神王の神殿は、遺跡荒らしが絶えないらしいんですよ。ただ彼らが、戻って来ることはない、とか。その話も、神器がそこにあるんじゃないかって、目を付けた理由の一つでもあるんです」
(そういうエライお宝のある場所には、それ相応のリスクもある、という事か)
「アルフィードさん、でしたっけ? 食前に一杯どうです?」
ウエイターが持ってきた葡萄酒を、マクベスに勧められる。
「いや、俺はいいよ」
「一五歳以上だったら、グノーム大陸のだいたいの国では大丈夫ですよ。煙草も吸えますし、結婚もできます」
「単に、好きじゃないんだ」
子供の頃、酒や煙草を嗜む村の大人達は、だいたい歯の色や肌が汚かった。
それに気付いて以来、俺は絶対成人しても、酒も煙草もやらないと心に誓ったのだ。
一五歳を迎えたミスティが街で煙草を買ってきて、没収して捨ててケンカになった事もあった。
断る俺のかわりに、ゴーフルがワインをねだってグラスを出す。
「じゃあ、オイラにちょーだい。これでも成人済みだぜ?」
「……ま、マジ!?」
「う、ウソでしょ?」
セレフィナも、ポークサラダを取り分ける手が止まっている。
「アニキって呼んでくれてもいいぜ!」
しかし数秒後、白状するように言った。
「っていっても……天使ってムダに寿命長いから、人間とかとちがって、体も精神もすっげえ成長遅いんだけどね。一〇〇年近くは生きてるけど、人間でいうとまだ一〇歳くらいだよ」
今日びヒト型の種族は、おおむね人間に寿命をはじめとした生態が、近くなってきていると言われているのに。
天上の存在ってやっぱり、特別なんだなあと改めて思う。
天敵がいないのも大きいだろう。
今俺の言おうとしたことを、マクベスが先に言う。
「うーん。それでも君はやめた方がいいと思うよ」
やっぱりゴーフルはぶうぶう文句を言う。
「え”ー、いーじゃん。アタマ固いでやんのー」
「人間年齢の方に、従った方がいいんじゃないかしら? 地上人の体質寄りに作られてるんだし。地上界側の決まりを破って思わぬ不具合があっても、提供したお店に責任は問えないわよ?」
セレフィナの「思わぬ不具合」が効いたらしく、彼は無言でグラスをすっと引っ込めた。
ただ俺は、彼が人間年齢でオッサンになろうがじいさんになろうが、酒をおすすめしたくはない。
……絶対、酒癖悪いだろうから。
「ところで、マクベスはどうして俺達に、この話を持ち掛けたのさ? 普通、女子供連れなんかに、ボディーガードなんて頼もうとは思わないんじゃない?」
「カテドラでの戦闘を見てますからね。僕は魔法は多少使えるとはいえ、ほとんど素人ですから」
戦闘に関して、彼を素人とは、こちらこそ思えないのだが。
繰り返すが屍喰い鳥は、怪鳥の一種で、れっきとした魔物である。
それをあんなに軽々とあしらうのだから、彼も戦闘の経験は少なからずともあるのだろう。謙遜しているのか、嘘をついているのか。
彼の瞳をさりげなく覗くものの、計る事はできない。
まあ、それを差し引いても、中にはトラップがあったり、魔物がいるのかもしれない。
後者の可能性を考えて、いくら戦闘慣れしていても、実力も数も判らない魔物の巣窟に一人で入るのは、危険すぎるのだけど。
「報酬は……だね。明日一日拘束するとして、噂に聞いているリスクと」
彼の言い値は、当分路銀には困らないほどの金額だった。
若い男がお金を持つには、国に直接雇われる仕事か危険な仕事、もしくは何か悪い事でもしているのがほとんどだ。
金持ちの息子でもない、どう見ても若い彼が提示する金額としては、やや不自然である。
「報酬は、ちょっと考えさせてくれ。そのかわり、成功報酬でいいよ。もし気に入らなければ、払わなくたっていい」




