エンカウント/アルフィード《56-3隠し部屋の外での対面》
(大丈夫です……死んでません)
疲れた声でのマクベスの返事と共に、水晶に映像が戻る。
隅に見える昇降機から、現在位置がアパルトマンのそばであると判った。
「……よ、よかった」
セレフィナの目が、涙が今にもこぼれ落ちそうなほどに潤んでいる。
「ハ、ハハ……信じてたよ。殺して死ぬような兄ちゃんじゃ、ないってさ」
そう言うゴーフルも、肩が震えていた。
そんな二人の背中を、イルゼが撫でて落ち着かせる。
「ほらほら、二人とも泣くんじゃないよ。マクベス、さっき言ってた先手って何だったの?」
(瞬間移動で逃げようとしたんですが、こっちが魔法を使うのをアンジェは見越していたらしくて。先に魔法封じの結界を掛けていたみたいなんです)
「ん? 魔法封じをされたのに、逃げて来られたんだね」
魔法封じをされていたのであれば、どうやってあの空間全体を覆う炎を回避して、こんなに早く外に出られたんだろうか。
(指輪は、使えたことは使えたんです。神器による魔法ですから、潰されることはなかったみたいですが、アンジェの結界を破るのに手間がかかりまして。
しかし奴も、仮にも魔王の名を冠しているだけあって、強力な魔力を持っていたんです。僕自身の動揺と、結界を破る手間との間に、炎の攻撃魔法を仕掛けられまして……はぁ、本当に死ぬ所でした)
「指輪が使えるんだったら、こっちに帰ってくればよかったのに」
ミスティを確認できなくても、状況が状況なだけにやむを得ない。誰も彼を責めたりはしないだろう。
(咄嗟のことでしたからね。そこまで頭が回りませんでした。とりあえず『外に出る』ことだけに集中するしか、なかったんです)
「フェデリコは?」
彼を庇いながら逃げるのは、いくらなんでも無理だったのではないか。
(残念ながら、彼も無事です)
頭の中だけでなく口にも出したようで、フェデリコが反応している。
(おいおいおい、『残念ながら』って何よ!? ってか誰と話してんの!?)
(あなたと取引した時にいた、スリザスさん以外の方々です。許可証を持っているのは、僕だけですからね)
(……てことは、あの清楚系ロイヤルマフィアも)
清楚系ロイヤルマフィアというのは、セレフィナの新たな悪口だろうか。
彼は小声のひとり言のつもりだろうが、バッチリ聞こえてしまっている。
(その清楚系ロイヤルマフィアとやらが、あなたへの制裁を考えているとしたら、その際は是非とも協力したいですね)
マクベスの物騒な発言に震えているフェデリコの後ろで、昇降機が開くのが見えた。
そこにいたのはアンジェ。
(貴様ら、そこで何をしている?)
普段人前では隠しているであろう禍々しい殺気をまとい、アンジェはマクベス達を見据えている。
「やばいよこの状況」
ゴーフルが慌てふためく。
俺も気持ちは同じで、マクベスに言われていたこととは違うが、居ても立ってもいられない。
「マクベス、今からそっちに……」
俺が言いかけたところで、アンジェが彼らとは違う方を見始める。そこに現れたのは、ミスティだった。
よかった、無事だったんだと、とりあえず安堵した。
(早かったな。ベリオットには、会えなかったのか?)
第三者の登場で、「魔王アンジェ」は「人間の宰相ギャラクス」の顔に戻る。
(いいえ、明日も仕事あるので、今日はやっぱり帰ることにしました)
(そうか、よかれと思って勧めたのだが、それなら仕方あるまいな。なにせベリオットはまだ若い、今から行ったら寝かせてはもらえないだろうからな)
ギャラクスの下品な軽口に、思わず舌打ちが出る。映像の中のフェデリコも、顔面で「キモイ!」と主張している。
(ギャラクスさんでも、下ネタ言うんですね)
ミスティの返しも、なかなかに辛辣。
(……ところでミスティよ、お前の見た怪しい人影は、彼らだったのではないか? 二階に寄っていたので、今しがた私も降りてきたばかりなのだが)
(どーも、夜分恐れ入りまーす)
フェデリコが軽く手を挙げて、何事もなかったかのようにふるまうも、調子のいい声色には、どうしても不自然さが滲み出る。
(……あなたいつか本当に、牢屋にぶち込まれるわよ)
呆れたようにミスティは言うが、フェデリコがここにいることに驚いている様子はない。
「やっぱりフェデリコは間違いなく、アンジェに見られたってことか」
アンジェは「彼ら」と言っていた。
あの隙間は決して広いものではなかったから、見られたのは目などの一部だけで、相手が誰か分かるような全体像までは把握されていない可能性もあるんじゃないかと希望を抱いてもいたけど。
「ねえアル、それにしては変じゃない? ミスティさんの『いつか牢屋に』って言葉を、アンジェは否定してないわ」
セレフィナに指摘されるまで気付かなかったが、確かにおかしい。
「ほんとだ、今すぐにでも牢屋どころか、死刑にされてもおかしくないのに」
マクベスがそうなっては困るがと、水晶の中を見守った。
ふんぞり返って王様のサインが入った城門の通過許可証を見せつけるフェデリコに、ミスティは畳みかける。
(で、じゃあ何してたのよ? こんな夜遅くに)
(貴婦人の間で大人気の占い師と噂の彼、アムレート君を取材したくてね。追っかけて来たんだよ)
と、彼はマクベスもとい、「占い師アムレート」を紹介した。記者ならではの機転というか、言い訳だろう。
(お初にお目にかかります、宰相様。わたくし占いを生業としております、アムレートと申します。あ、私も不法侵入じゃありませんよ。私は王廷騎士のベリオット=シュットガイスト様より許可を頂いております)
深く頭を下げると、マクベスはミスティ、そして宰相ギャラクスに通行許可証を見せた。
(ベリオットから?)
不審人物を見るようなミスティの表情が、この名前だけで柔らかくなる。
(はい。実はシュットガイスト様も、お客の一人なんです)
(じゃあ彼を訪ねにここへ?)
(いいえ、今回私がここに来たのは、ベリオット様にお会いする為ではありません。お嬢さん、あなたを追いかけてきたんです。どうしてもお伝えしたいことがあって)
マクベスはミスティに、何を言うつもりなのだろうか。アンジェの見ている前で。
(私に?)
(はい、あなたに危険が迫っていると忠告したくて、追いかけてきました。死相が出ています)
(は?)
いきなり縁起でもないことを言われて、ミスティは怒ってしまったみたいだ。
(お気を悪くなさったら申し訳ありません。あくまで占いですので、信じられなければ聞き流して下さい。
ただ、権力を持った者の中に、あなたを良く思っていない人がいると、私の占いでは出ています。
この敷地内には、なるべく立ち入らない方が身のためでしょう)
ストレートに、マクベスは釘を刺した。ミスティに。そしてアンジェに。
今まで黙っていたアンジェが口を開いた。
(ほぅ……占い師、ねえ)
(ギャラクスさんは、そういうの信じる方?)
とミスティ。
(そこまで信じる方ではないが、興味はあるよ。亡くなった母が占い師や天文学者を呼んで、よくサロンを開いているのを見ていたからね。もしよかったら、今からでも詳しく話をしたいものだが)
表面的には微笑んではいるが、アンジェはマクベスに対して確実に敵意を持っている。
「いたぶる気マンマンって面だね」
ゴーフルの悪趣味センサーは、俺も結構信頼を置いているので、アンジェの笑っていない目が見間違いでないという確信が深まる。
「マクベス、行っちゃダメだ!」
(解ってます)
どうやって断るのか固唾を吞んでいると、ミスティが間に入る。
(ギャラクスさん、大事な約束あるんでしょ? 待たせたら怒られるんじゃないですか?)
(そうだな、早く行ってやらなければ)
物分かりのいい態度でアンジェは引き下がる。約束を取り付けた人物が誰かは知らないが、感謝である。
(ねえねえ、占い師さん。これから時間ある? 私もそういう話興味あって、ゆっくり聴きたいんだけど)
ミスティの提案に「やった」とガッツポーズした。これで彼女もマクベスも、不自然ではない形でここから出られる。
(ところで、占いで火を使うことってあるの?)
「(え?)」
彼女の思わぬ言葉に俺も、マクベスと同じ反応をした。
(さっきあなたから、焦げたような匂いがしたから)
この言葉は、覗き部屋が火に包まれたあの時、焦げ臭い匂いが体に残るほどに、炎がマクベス達に迫っていたと意味した。
(占いというか、邪気を祓うまじないに、火と塩を使ったものならありまして。さっきフェデリコさんにも、して差し上げたばかりなんですよ)
彼の目配せを受けて、フェデリコが頷く。
(……あ、ああ。してもらったよ。『あなた、恨まれてるから邪気いっぱい背負ってます』って勧められてさ。余計なお世話だって思ったけど、ネタになりそうだし)
ちゃんと話を合わせてくれたことに、とりあえず安心した。
そんな理解力があったのなら、マクベスに「閉めろ」と言われる前に、覗き窓を閉めて欲しかったが。
ミスティがマクベスと、ついでにフェデリコを連れ出してくれ、無事にアパルトマンから遠ざかることができた。




