エンカウント/アルフィード《56-2狭い隠し階段の上》
(あなた、どうしてここに? ミスティさんの件は、断ったはずでしょう?)
当然だが俺達にマクベスの顔は見えない。
それでも声と、そして視界の中心でフェデリコのムカツク表情から、彼の感情は推し量れる。
俺が直感で思ったことを、ゴーフルが先に口に出した。
「マクベス兄ちゃん、怒ってるねー」
(だってよー、やっぱ心配じゃん。あの宰相、お世辞にもいい人そうには見えないしよぉ)
ミスティの身を案じる台詞を吐いてはいるが、フェデリコの手にはしっかりメモ帳とペンが握られていた。
口では善意を掲げながら本当は、腹の底では少女を夜遅くに自室に呼びつける宰相の、スキャンダルを狙っていると見て間違いないだろう。
俺がその場にいたら、手が出ていたかもしれない。
下衆記者のことなんて考えていてもストレスが溜まるだけなので、気を取り直してさっきの怪しい影について、マクベスにも尋ねてみる。
「さっき棟の裏から、何か出てこなかった?」
(ええ、僕も気になってたので、ちょっと調べようかと思ってます。……アパルトマンに火でもつけようなんて輩だったら、困りますしね)
改めて背筋が凍る。
ここは要人の、いわば存在しているだけで命を狙われる可能性のある人間の巣窟だ。
棟との距離が近づいて来るが、マクベスのとは別に聞こえてくる足音が気になる。
(あのー……僕に用はないはずですよね?)
(まーまー、俺のことは気にせず)
マクベスの視界は前を向いたままだったが、どうやらフェデリコがついてきているらしい。
(あなたはどうせ、宰相様の取材がしたいんでしょう? 昇降機もあるし、宮廷人用のアパルトマンからも行けるじゃないですか。許可のある記者なら、怪しまれずに堂々と入れるんですし)
(宰相のスキャンダルはついで……ゲフンゲフン。俺はミスティちゃんが心配でここに来たって、言ったでしょ。目的はあんたらと同じ。
だからあんたについてこうと思って。で、一日で貴夫人達の寵愛を得た人気占い師のネタもゲット……いや、何でもありません。で、こっちに何があるの?)
この本音ダダ漏れの言葉に、イルゼが苦い顔をする。
「こいつ、よく記者務まるよね。タテマエと本音くらい、使い分けろっての」
棟の裏は目隠しの為の木々があるだけかと思ったが、モダンな井戸ポンプが印象的な、可愛らしい裏庭があった。
一見何の変哲もない壁についた、ツタの形の壁飾りをマクベスの手が押す。
すると壁が開いて、通路が出現した。
マクベスが中に入ると自動で燭台が点き、大人一人が通れるくらいの階段の存在を教える。
表にある大きな扉の昇降機や、それを待つ一階のスペースの広々とした空間と比べると、かなり狭い。
それはそうと、どこからともなく苦しそうな呻き声がする。
「ぎゃッ!!?」
マクベスが振り向くと、その光景に全員が驚いて叫ぶ。
閉まる扉にフェデリコが、挟まっていたのだ。唯一の取柄であろう顔面が、崩壊している。
さすがにマクベスも慌てたのか、映像がかなりせわしなく動いている。さっきの壁飾りと同じものが扉の脇に見つかると、素早く押された。
(閉まる扉に無理矢理飛び込むからですよ。邪魔だから帰ってください)
肩で息をしていたフェデリコだったが、今ヒドイ目に遭ったのを忘れてしまったかのように、ケロッとしている。
(やだね。隠し扉なんて面白いものが見つかった以上、帰れますかってーの!)
(どうせ非常階段か何かでしょう?)
(じゃあ何で、非常事態でもないのに、人が出て来るのさ)
フェデリコにも、裏から出て来る影は見えていたらしかった。
(さあ?)
(しかも出てきたの、王様だよ)
暗かったのと、水晶越しの映像なのもあって、あの影が誰なのかは判らなかったが、フェデリコが言うには王様……つまりルートヴィグ王だという。
「見間違いじゃないの? 王様なら堂々入るなり、呼びつければいいじゃん」
イルゼが疑うのに対して、ゴーフルは割と肯定的な感想を述べる。
「そう? オイラは充分あり得ると思うけど。アンジェの部屋にも隠し扉とかあったら、そこから覗いて弱味握ったり、いない時に勝手に入って嫌がらせとかできるじゃん」
「私も。案外ゴーフルちゃんの考えは、当たってると思う。彼の為だけにわざわざ専用のスペースを増築したのも、そういう意図があるんじゃないかしら。嫌がらせはともかく、監視は絶対に必要だと思うし」
「セレフィナの言うことはもっともだけど、それなら自分じゃなくて、監視役の使者を出すと思うな、俺は」
信用できる部下がいなければ、お金でも握らせればいい。
(……まあいいでしょう。嫌だって言っても無駄だと解りましたし)
階段を上る前だというのに、マクベスの声には早くも疲労が滲んでいる。
水晶の映像を通しても、階段は非常に長く感じた。
階段が終点を迎えると、短い廊下に出た。映像の隅に何か四角いものがあるのが目に付いた。
「奥に何かあるみたいだね。調べてくれる?」
奥にあるのは小さなチェストだ。上には俺でも高級だと一目で判る煙草の箱があった。
マクベスの手が一段目を開けると、入っていたのはアンジェの写真だった。
しかもこれでもかというほど、彼の顔や体を傷つけたものが束になっている。
二段目は錐やナイフ、ライターといった、おそらく写真を傷つける用途で使われた道具が。
(……うわー、ロクな奴じゃないと思ってたけど、陰湿ぅ)
パシャパシャという軽快な音がしたかと思うと、マクベスもそれに反応して振り向く。フェデリコがカメラを構えていた。
(シャッターの音とか、気を付けて下さいよ)
(分かってるって。ところでさ、こっちの壁に開くとこあるみたいよ)
壁に敷き詰められた細い石をフェデリコが一つ押して見せると、扉のように開く。
(ほら、見て見て)
彼はマクベスの方を見ながら、数回パカパカ開いたり閉じたりを繰り返す。
(分かったので、中の様子は見えないか教え……)
フェデリコの開けたパネルから、さっきまではなかった二筋の光が差し、マクベスは今言おうとした言葉を中断して、別の指示に変える。
(閉めて!)
彼の言葉の意味が解っていないのか、フェデリコはきょとん、としている。
「早く閉めろ! このトンチキわかめ頭」
ゴーフルが水晶に向かって怒鳴りつけた。
(へ?)
今の今まで光の「差していた」方を見たフェデリコは、やっと理解したらしく硬直したようだが、間に合わなかった。
思考に体が追い付いていないのか、この期に及んで彼はパネルを閉めていない。
(見つかりました、すぐに退避します!)
海神王の指輪があれば、すぐにでもこちらに帰ってこられる。誰もがそう思っていた。
(反応しない……!? アンジェに先手を打たれたようです)
次の瞬間、水晶の中が燃えるように赤く染まったかと思うと、映像が消えてしまった。
俺は水晶を揺さぶりながら、マクベスの名前を呼ぶ。
「……ま、マクベス!? 嘘だろ!? 返事してくれよ、マクベス!!」




