【第56話 エンカウント/アルフィード編:魔王アンジェ専用のアパルトマンでの話】《56-1占い水晶と魔法の指輪で繋がれる視界》
——宿屋にて。
部屋の中心に移動させたデスクの上に置いた、占い用の水晶玉。
その中の映像では、二人の門番が映っている。提示された許可証を確認し、門が開かれた。
実はこの水晶、マクベスの視界と繋がっていて、その場にいなくても状況を見ることができる。
本来なら占い用の小道具の一つでしかなく、そんな使い方はできない。
だが、彼の持つ海神王の指輪の力によってそれが可能になっているのだ。
——時は遡り。
「城には僕が、一人で行こうと思います」
マクベスのこの提案に、最初はみんな反対だった。
もちろん俺も。
「無謀すぎるって。敵地、しかもアンジェの部屋に一人でだなんて!」
いくらマクベスだって、万が一アンジェに正体がバレて戦いにでもなったりしたら、一人ではひとたまりもないだろう。
「素直に聞屋の兄ちゃんに行ってもらった方が、よかったんじゃない? 行ってくれるって、言ってたんでしょ?」
ゴーフルの意見に、今なら賛成できた。
現に、昼間フェデリコの申し出を断ったことを、後悔している。
あの時は、部外者をこれ以上巻き込んではいけないのと、彼を好きになれないので断った。でもそれは、マクベスを一人で行かせる前提がないからだった。
フェデリコはもっと広範囲に入り込める許可証があるし、神器をめぐる問題も、殺されかけたとかいう因縁もない(冤罪事件については、国から謝罪も受けているのでノーカウント)。
あと、話を全て鵜呑みにするならば、王廷騎士の内、少なくともシュットガイストとルベオルスの二人は、彼の味方っぽい。
この中の誰かが行くよりも圧倒的に、安全じゃないか。……口には出せないが、万が一危険があっても、この中の誰かが死ぬよりは悲しくないし。
「そうね。『絶壁オッパイ』? 『悪魔』? に強制されたんじゃなくて、自ら彼女を守りたいと申し出てくれたんだし。もったいないことしたわね」
蜂蜜色の暗めの照明のせいか、セレフィナの顔に差す影が、彼女の静かな怒りを引き立てているよう。
「……うわー、アイツそんな悪口言ってたの。自分が悪い癖に。それはさておき、あたし一緒に行くよ。人気の占い師だったら、一人くらい、弟子入り志願の追っかけとかいてもおかしくないでしょ」
イルゼの申し出にも、マクベスは「いいえ、大丈夫ですよ」と断った。
「戦いに行くんでしたら、僕だって一人で行くなんて嫌です。ですが、今回の目的は、ミスティさんの無事を確認すること。目立たない為に、人数を絞った方がいいでしょう」
マクベスがテーブルに水晶玉を置く。
「この水晶を見てください」
白く濁っていた水晶の中が変化し、俺達の姿が現れる。真ん中に映っているのはセレフィナ。
その隣にゴーフルと、逆隣りにイルゼの姿もある。
ちょうど今の並びと同じ。ちなみにセレフィナは、マクベスの対面にいる。
「あれ? 映ってるのオイラたちじゃない?」
ゴーフルが言うのに答えるように、マクベスが首を動かすとそれに合わせて、天井や床など、映像が変わっていく。
そして彼は、チェーンで首に掛けた海神王の指輪を、手に持って俺達に見せ、服の中に隠した。
「見ての通り、僕の見ているものがこの水晶に映ります。皆さんはこれで、僕を見守っていて下さい。もし映像が途切れて、僕も帰ってこなかったら。トリフィラートには、そう報告をお願いします」
「なおさら一人か二人くらい、一緒に行った方が良くない?」
俺がもう一度念を押すも、それでもマクベスは首を縦には振ろうとしない。
「うーん、僕としては同行してくれるよりも、僕に何かあった時に、レオパルテ側を告発してくれる人が一人でも多い方がいいですね。
嫌な言い方をしますと、バレた時には戦わずにさっさと逃げるので、自分以外の身を案じる余裕はないですし」
つまり足手まといになるくらいなら、一人でも多く生き残って証人になってくれ、と。
そこまで言われると、彼を止める言葉が見つからない。
「マクベスさん、身の危険を感じたら、すぐ帰ってきてね」
無茶はしないようにとセレフィナが釘を刺すと、彼は「ええ」と頷く。
「解ってますって。それでは行ってきます」
……という経緯で、マクベスを送り出したのがついさっきのこと。
水晶の中では、見覚えのある建物が映っていた。確か、謁見の時に本館へ向かう途中で見かけた覚えがある。
(宮廷人が住んでる、アパルトマンだそうです)
頭の中に直接流れ込んでくるように、マクベスの声がした。
「マクベス? こっちに話しかけてるのか?」
こっちも水晶に向かって俺も話しかけてみると、思った通り返事が来る。
(ええ。皆さんの声も、ちゃんとこっちに聞こえてますよ。海神王の指輪のおかげです)
水晶の中の映像は、その大きな建物と空中歩廊で繋がっている、縦長の細長い棟になる。
(シュットガイストが言うには、この棟はアンジェの為に特別に設けられたものらしいです)
「……バカって恐ろしいな」
許可証を自ら発行したシュットガイストに対して、呆れるゴーフル。
占いに騙されて、敵に入城許可を与えてしまったり、魔王の居場所を教えてしまったり。
味方からしたら、これほど頭の痛い事態はない。
「罠かもしれないわよ。油断してやって来た敵を後ろからグサリ……だなんて」
とセレフィナが、シュットガイストの馬鹿さ加減に、こちらが騙されている可能性を指摘した。
イルゼが苦笑いした。
「本人が馬鹿を演じているとか、アンジェとやらが彼の頭の悪さすら利用してたりしてね。しっかし棟まるまる一つが、一人の為だけに設けられているなんて、ぜーたく」
彼女の言葉の不吉な前半はともかくとして、王様がアンジェを重宝しているのが伺えた。
(部屋まで行く手段は下の昇降機が一番早そうですが。鉢合わせの可能性を考えて、他の宮廷人も使う方のアパルトマンから……ん?)
急にマクベスの言葉が途切れたので、心配になる。
「どうしたの?」
(小さいですが足音が……)
アパルトマンを囲む木々の影に混じって、何かが一瞬だけ見えたその時だ。
(わっ!)
叫び声と一緒に、水晶の映像が大きく揺れた。
「待って、今の『わっ』って声、マクベスの声じゃなくない?」
変だとは思っていたが、その違和感の正体が、イルゼの指摘で明らかになった。
その場には彼以外いないように見えていたので、映像の外から他の人の声がする可能性を失念していた。
(ゴメンって、そんなビックリされるだなんて思わなくてさ)
ヘラヘラした品のない物言いの謝罪が聞こえる。
普通の話し声と、他の人もいる前提を思い出せば明らかだが、この声はマクベスのものではない。
水晶の映像、つまりマクベスの視界がぐるりと動いたかと思うと、そこにいたのはフェデリコだった。




