エンカウント/ミスティ《56-3アパルトマンの外》
昇降機を待つ間に、柱時計が重い音を立てて二一時刻を報せると、ギャラクスさんが言った。
「ベリオットはもう帰っている頃かな」
今言ったら会えるかなと、向こうのアパルトマンへのブリッジを見る。
「会っていくかね? ここから橋を渡った先のフロアに、彼の部屋はある」
そういうわけでギャラクスさんとはここで別れ、空中歩廊でアパルトマンに渡る。
もう夜だからなのか、廊下に人通りはあまりない。
反対側から歩いてきた、質素な服に肩までの髪の男の人が部屋に入ると、誰もいなくなった。
「あの!」
結構強めに後ろから呼ばれる。
誰もいないとばかり思っていたので、かなりびっくりして振り向くと、あの感じの悪いフットマン、アルブレヒトがいた。
もう一人隣にいるのも、服装から同じフットマンだろう。
……そうだった。ベリオットの部屋を訪ねるということは、彼にも会うことにもなるのだ。
「ちょっといいですか? お時間は取らせませんので」
アルブレヒトじゃない方が、切り出した。こちらも彼と同じく、敵意の込もった目で私を睨んでいる。
「なんですか?」
「単刀直入に言います。ベリオット様と別れて下さい、盗賊狩りのサフォー。ハッキリ言って、あなたは不釣り合いなんです」
初対面の相手に対して、この口の利き方。
アルブレヒトの連れだけあって、こいつもなかなかに感じが悪い。
「その前にあなた誰? どうして名前も知らない人に、そんなこと言われなきゃなんないのよ?」
「俺はマークス、こっちはアルブレヒト」
名前を聴いて、もう一人のベリオットの使用人だと分かった。マークスだから「マー」。
「アルブレヒトさんは知ってる。ギャラクスさんから聞いたわ。で、不釣り合いって何? 身分?」
「決まってるだろ。どこの馬の骨とも知れない下賤な女が相手だなんて、祝福できるわけない。ルベオルスの妹とかいう話だって、疑ってる」
このマークスという男、人の身分をどうこう言うくらいなのだから、さぞかし立派な身分なのだろう。
家が高貴だからって、その本人が家名に相応しいほど高貴とは限らないのは、置いておいて。
マークスと交代で、今度がアルブレヒトが勢いよく罵倒する。
「片やベリオット様は王廷騎士、片やあんたは、普段はゴロツキのたまり場での女給。それだけでも不似合いなのに、ランジェロのモデルと称してあんないかがわしい……」
言いかけたところで、彼はハッとして黙り込んだ。
「『あんな』……って、ああ、あのスケッチ見たの。なあに? そんなにやらしかった?」
顔を真っ赤にして怒るほどに。
肝心のベリオットからの誤解は解けているので、もうあの首から下が別人とか、あれこれ弁解する必要はない。
「……こんな体だけの女に、メルが劣るだなんて。ベリオット様」
たぶんひとり言なのだろうけど、マークスがこぼしたのが耳に入る。
彼が女の体に釣られる馬鹿だと、言っているようなものなのに。
怒りで頭が回らなくなっているせいか、自分達の主人であり、そして二人の大好きなメルティナちゃんの意中の人でもあるベリオットのことも、けなしていると気付いていない。
「なんかもう白けちゃった。今日はもう帰る。文句だったらベリオットに言ってよね。それでフラれたら私も諦めるわ」
踵を返し下へ降りようとしたところで、素朴な疑問が湧いた。
「あと、どうでもいいけど『身分』とか『下賤』とか、メルティナちゃんの前でも言ってるの? だとしたらドン引きだわ」
貧しさから自分と家族を救う為、ベリオットと契約をした彼女の境遇を、彼らは知らないのだろうか。
みなしごで根無し草の私からしたら、彼女を下賤だとは思わない。
けど、悪魔と契約してまで貧しさから抜け出そうとした彼女からしたら、嫌な言葉だろう。
もしマークスやアルブレヒトが実は本当に、貴族の息子だとか立派な身分であれば、なおさらである。
困ったように顔を見合わせている彼らからの返事は、当然なかったので、さっさと階段を下りる。
(あーあ、気分悪い)
本当はというと、ベリオットの部屋に行きたい気持ちは変わっていなかった。
しかしこんな不愉快な出来事の後では、せっかくの初めてのお部屋訪問なのに、彼のフットマンの悪口を炸裂させてしまいそうだから。
「だけど男二人がかりで女一人にネチネチ文句言うって。卑怯だし陰湿よね」
メルティナちゃんが好きになったのが、ベリオットだということにますます納得がいく。
仲のいい同僚の誰かとかもありそうなのに、その同僚があれでは、どちらも好きにはならないだろう。
建物から出て門の方に向かって歩いていたら、棟の前には王女のもとへ行ったはずのギャラクスさんがいた。
「早かったな。ベリオットには、会えなかったのか?」
「いいえ、明日も仕事あるので、今日はやっぱり帰ることにしました」
「そうか、よかれと思って勧めたのだが、それなら仕方あるまいな。なにせベリオットはまだ若い、今から行ったら寝かせてはもらえないだろうからな」
「ギャラクスさんでも、下ネタ言うんですね」
「……ところでミスティよ、お前の見た怪しい人影は、彼らだったのではないか? 二階に寄っていたので今しがた私も、降りてきたばかりなのだが」
彼は視線で二人の男性を指す。
今日会うのは三回目になるがフェデリコと、もう一人別の、華やかな服装の男の人。
「……どーも、夜分恐れ入りまーす」
フェデリコは取り繕うような笑顔を作り、手を軽く上げる。
人影の正体が彼だとしたら、怪しい動きをしていることも、私を認識するや否や、サッといなくなってしまうことも説明が付く。
大方貴族達や、もしかしたらギャラクスさんのゴシップネタでも狙ってうろついていたのだろう。
「……あなたいつか本当に、牢屋にぶち込まれるわよ」
とんだ取り越し苦労だったわけだが、悪意のある侵入者という点だけは、間違っていなかった。
「やだなあ、ちゃんと許可あるよ。俺だって年がら年中、不法侵入してるわけじゃないんだぜ」
ふんぞり返りながらフェデリコは、王様のサインが入った城門の通過許可証を見せてきた。
「で、じゃあ何してたのよ? こんな夜遅くに」
「貴婦人の間で大人気の占い師と噂の彼、アムレート君を取材したくてね。追っかけて来たんだよ」
フェデリコに紹介された占い師は、ギャラクスさんに恭しく頭を下げた。
その時にフッと、一瞬だけ焦げ臭い匂いがした。
「お初にお目にかかります、宰相様。わたくし占いを生業としております、アムレートと申します。
あ、私も不法侵入じゃありませんよ。私は王廷騎士のベリオット=シュットガイスト様より許可を頂いております」
「ベリオットから?」
嘘ではない証拠に、彼の見せて来た許可証には、王様ではなくベリオットの名前があった。
「はい。実はシュットガイスト様も、お客の一人なんです」
「じゃあ彼を訪ねにここへ?」
「いいえ、今回私がここに来たのは、ベリオット様にお会いする為ではありません。お嬢さん、あなたを追いかけてきたんです。どうしてもお伝えしたいことがあって」
「私に?」
わざわざ城の敷地まで追いかけて来るとは、一体何なのだろう。
「はい、あなたに危険が迫っていると忠告したくて、追いかけてきました。死相が出ています」
「は?」
いきなり縁起でもないことを言われて、思わず訊き返す。
「お気を悪くなさったら申し訳ありません。あくまで占いですので、信じられなければ聞き流して下さい。
ただ、権力を持った者の中に、あなたを良く思っていない人がいると、私の占いでは出ています。
この敷地内には、なるべく立ち入らない方が身のためでしょう」
まだ何も話していないのに「大当たり」を言い当てられ、ドキッと動揺してしまう。
「ほぅ……占い師、ねえ」
今まで黙っていたギャラクスさんが口を開いた。
「ギャラクスさんは、そういうの信じる方?」
「そこまで信じる方ではないが、興味はあるよ。亡くなった母が占い師や天文学者を呼んで、よくサロンを開いていたからね。もしよかったら、今からでも詳しく話をしたいものだが」
全くの勘なのだが、ギャラクスさんの今の笑い方が、ゾッとするほど綺麗で怖かった。
「ギャラクスさん、大事な約束あるんでしょ? 待たせたら怒られるんじゃないですか?」
二人、特に占い師の方は、ギャラクスさんのもとへ行かせてはいけない気がする。
「そうだな、早く行ってやらなければ」
マリエラ王女の我儘が、意外な場所で役に立った。
「ねえねえ、占い師さん。これから時間ある? 私もそういう話興味あって、ゆっくり聴きたいんだけど」
やっぱりちょっと気になったので、忘れない内に尋ねてみる。
「ところで、占いで火を使うことってあるの?」
「え?」
「さっきあなたから、焦げたような匂いがしたから」
「占いというか、邪気を祓うまじないに、火と塩を使ったものならありまして。さっきフェデリコさんにもして差し上げたばかりなんですよ」
本当にしてもらったみたいで、彼の言葉にフェデリコが頷いた。
「……あ、ああ。してもらったよ。『あなた、恨まれてるから邪気いっぱい背負ってます』って勧められてさ。余計なお世話だって思ったけど、ネタになりそうだし」
疑問も解消したところで、半ば強引に占い師の背中を押して、アパルトマンを一緒に後にした。
※元ネタ
作中の台詞「亡くなった母が占い師や天文学者を呼んで、よくサロンを開いていたからね」
検索ワード「カトリーヌ・ド・メディシス 天文学者 占い」
ノストラダムスも招かれていたそうですね。
現代ビジネス→https://gendai.media/articles/-/163764?page=4
※占い師が行ったと言う邪気を祓うまじない
塩と火を使った「塩まじない」
マイナビウーマン→https://woman.mynavi.jp/article/230705-22/




