エンカウント/ミスティ《56-2絵画のある部屋での、養子縁組の話》
「どうして、ですか?」
二度も養子縁組を打診してくるのは。
正直に「嫌です」と即答したいところだが、父親の親友ともなると、無下にするのも気が引ける。
「ルートヴィグ王が、お前達の交際を良く思っていないのは、知っているだろう?」
「……ええ」
「王はベリオットを、自分の直接的な支配下に彼を置きたいらしい。その為に自分に忠誠心のある貴族の娘と、彼を結婚させようとしている。
そうなると、すでにいる恋人の存在は好ましくない。だから身分を理由にお前を排除しようとしているのだ」
「それで私を養女に? 確かに、宰相の娘なら、身分を理由に反対はできないでしょうけど」
ギャラクスさん的には、ベリオットを王様側に取られてしまうのは好ましくない。
私も王様のケチの付け所である「身分」の問題を解決し、堂々と彼と付き合えるし、関係がうまくいき続ければ結婚もできる。
両者ともにいわゆるwin-winな、非常に魅力的な提案ではある。
しかし……
「やはり、嫌か?」
無意識のうちに、顔に出てしまっていたらしい。
断るのには変わりないのだが、なるべく角を立てないように、言葉を選ばなければ。
「いえ、嫌というより、なんというか……シュールだなと思いまして。
だってギャラクスさんの養女になるってことは、ゆくゆくはマリエラ王女様が私の母親になるんですよね? 年下のお母さんって、ちょっと想像がつかないなって」
本心では、年齢なんて些末どころかそれ以下の問題だ。
マリエラ王女の娘兼、王様の孫なんて嫌でしかない。
「その点は安心してくれ。ここだけの話ではあるのだが」
安心できる要素は、今の所一つたりともないのだけど。
「私はマリエラ王女と結婚するつもりはない」
「えっ!?」
思わず頓狂な声が上がる。
「慣習上、レディの仲間入りをしているとはいえ、マリエラはまだ子供みたいなもの。婚約は体裁でしかないよ。
他に年相応のいい男が現れるか、彼女が飽きるまで付き合うだけだ。考えてもみたまえ、私と彼女は親子ほど年が離れているだろう?」
「親子どころか、孫ほど離れている女の子に手を出す人もいる中、良識ある大人の言葉が聴けて安心しました。
ただ、やっぱり迷いますね。私が養女になった時点で、結婚する気がないのを王女様に話さなければならないだろうし、彼女が悲しむような気がしてなりません」
口ではこうは言っているけれど、「悲しむ」なんて可愛いものではないだろう、というのが私の見解である。
それどころか、私のせいで婚約が破談になったとか勘違いされかねない。
もしそうなれば私が彼に近付こうとする、泥棒猫だという被害妄想でも持つかもしれない。
真剣な話をしている時によそ見をするものなんだが、やっぱり壁の肖像画が気になって仕方がない。
ギャラクスさんは、何も思わないのだろうか。
「……!?」
やっとこのとで、出かけた悲鳴を押し殺した。肖像画の目が動いた気がしたからだ。
「どうした?」
ギャラクスさんが、私の動揺を見て取ったらしい。
「いえ、きれいな絵だなと思って。……なんというか、目力がスゴイですけど」
ごまかしながらもう一度さりげなく絵を見ると、目は元のままだった。気にしすぎだろうか。
「ミスティよ、ルベオルスもお前も、親友だったシルバの子。つまり私にとっても大切な存在なのだ」
隣に移動してきて座ると、彼は私の頬を撫でる。
「確かにお前はもう子供ではないが、法律上の親子関係を結んでおけば、お前が困った時に私にしてやれることは、各段に増える。お前達が私の目の届かぬ所で苦しむのは、想像もしたくない」
「私のことを気にかけてくれて、本当にありがとうございます。でも急なお話で、もうちょっと頭を整理したいので、いったんこの話は持ち帰らせてください」
「ああ、考えておいてくれ。色よい返事を期待しているよ」
絵の目はもう、動かない。しかし目の部分はまるで生きているようにしか、もう見えない。
「ギャラクスさん、これからマリエラ王女様のところに行くんですよね? 下まで、一緒に行きませんか?」
「いいだろう」
一緒に部屋を出ると、ギャラクスさんが扉の鍵を閉めた。
甘える振りをして部屋の、つまりあの絵の中の誰かの視界の外へ彼を連れ出すことに成功すると、今見たものについて打ち明けた。
「ギャラクスさん、この部屋怖い! 誰かいる」
「部屋には私以外の、誰もいないはずだが」
やっぱり彼は、あれの存在に気付いていないみたいで、不思議そうに扉を振り返る。
「あの飾ってあった絵、目が……動いたように見えたんですけど」
「そんな馬鹿な」
絵が動くだなんて馬鹿馬鹿しい話、誰が信じるだろう。
絵の件だったら「私の気のせい」で済ませていいものだが、この棟の下で見た人影はどうだろうか。
「あと来る時に外で、変な人影を見ました。
あの時はお城の人かと思って気にしなかったけど、今思えば木の影からこっちを伺ってるみたいだったし、私が気付いたらサッと引っ込んでどこかに行っちゃったり、かなり怪しかった。
侵入者でもいるんじゃないですか?」
もしこれが本当に、悪意を持って入り込んだ侵入者だったら一大事である。
もちろん普通の家や民間施設でも由々しき事態だろうけど、ここは国の中枢だ。
被害が起これば当人だけの問題ではなく、国全体を揺るがす大問題に発展してしまう可能性だって否定できない。
「念のため一度、確かめてみよう」
ギャラクスさんがもう一度扉を開け、照明を点ける。絵は何事もなかったかのように、ただそこに静かに鎮座している。
「ミスティはそこにいて」
私を入口で待つよう言うと、彼は絵をじっと見つめた後、額縁ごと外して壁を確かめる。
「何ともなかったよ」
そう言って彼は絵を戻し、私の肩に手を置いて優しくなだめるように言う。
「きっと疲れているのだろう。仕事の後に呼び出して、すまなかったな。しかし下をうろついていた人影の件については、念の為に調べさせよう」
怪しい人の話で、おかみさんに頼まれた伝言を思い出す。
「言うの忘れてた。ギャラクスさん『王都なのに治安が悪すぎる』って、『プチガーデン ~ラビットラバーズのアフタヌーンティー』から苦情です。今日も強盗来ました」




