【第56話 エンカウント/ミスティ編:宰相ギャラクス専用のアパルトマンでの話】《56-1城の人々からの認識》
王城の門が近づくと、両サイドに立っていた門番達が私に気付いたように視線を止める。
「お兄さんなら、まだ帰っていないよ」
どうやらルベオルスに会いに来たものだと思われたらしい。
王廷騎士の一人と双子なのと、「盗賊狩りのサフォー」の名前を知っている人がちょこちょこいる為、顔が身分証代わりに扱われることがある。
「いえ、そうではなく」
改めて用事を告げる前に、もう一人の門番が相方に確認するように言った。
「ベリオット様も、留守じゃなかったかな?」
私をサフォーと知っている人に限られるのだが、他にも時々現れるのが「サフォー=ベリオットの恋人」だと認識している人。
両方とも、武道大会で私がベリオットの入るVIP席から窓を破って、ルベオルスに銃を突き付けているのを見た人だ。
「いいえ、ギャラクス様に今日は呼ばれてるんです」
封筒から出した手紙を門番達に見せる。
「しかし用事は会ってから言うだなんて、何考えてるんだろうな、宰相様は」
こんなことを言いながら、彼らは門を開けて通してくれた。
同じ宮殿アパルトマンとはいっても、貴族や軍人の住んでいる棟と、空中歩廊で繋がれた、ギャラクスさん専用の棟が設けられている。
なんでも、既存のアパルトマンに彼の為だけの増築がされたんだとか。
部屋に行くにはその棟の一階部分にある出入口から、来客用のフロア直通の昇降機で上ることができると手紙にはある。
アパルトマンを囲う森の、木の陰から視線を感じてそちらを見ると、一瞬だけ人の影のようなものが見えて、サッと引っ込んだ。
(お城の人かしら?)
ちょっとだけ怪しいような気もしたが、住人でもない見慣れない輩と鉢合わせになれば、隠れもするだろうなと思い直し、昇降機用に入る。
ところで彼の傍らには、あのマリエラ王女がくっついているのかなと思うと、昇降機のボタンを押す手が重い。
(はぁーあ、すっごい憂鬱……この用事がなければ、イルゼのお部屋に遊びに行ったのになあ)
言うまでもなく、そっちの方がマリエラ王女の顔を見るなんかより、ずっと楽しかっただろう。
しかしお城からの手紙の方が先に来てしまったのと、要人からの呼び出しに無視はできないという世間の嫌な常識の為に、こっちを優先しなけらばならない。
三階のフロアに降りると、金で縁取られた大きな扉が一つ。奥には豪華な金の柱時計。
非常用であろう階段の傍にある出入口からは、他の要人が住んでいるアパルトマンへのブリッジの景色が見える。
金で縁取られた白地の扉をノックして開けた。
「ご無沙汰してまーす」
私の顔を見るとギャラクスさんは肘掛椅子から立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「よく来たな、ミスティ。いろいろあって大変だったようだが、元気そうで何よりだ。座りたまえ。飲み物を今、用意させている」
「いえ、お構いなく」
どう見ても、この部屋にいるのはギャラクスさん一人。
関係ないのだけど、壁にかかっている女の人の肖像画が、ものすごく気になる。
ビオナードが怨霊になる前の、画家だった時代(表の歴史上の没年数前)に発表したものだったと思うけど、何とかならないものだろうか。
酷い仕打ちを受けたから彼を思い出したくないとかじゃなくて、気味が悪い。
特に目がリアルで、見られているような気分になる。
「どうした?」
「マリエラ王女様、いないんですか? 絶対にいると思ってたのに」
ギャラクスさんの腕に絡みつきながら、挑発するような笑いを浮かべているか、「早く帰れ」という視線を始終送って来るかとばかり思って身構えていたのに。
拍子抜けしたような、やっぱりホッとしたような。
「マリエラなら、お父上から誕生日に贈られたプライベート用の御殿にいるよ。大切な用事だから終わったらすぐに向かうと、なんとかなだめてやっと離れてくれた」
「すごいですね、誕生日プレゼントが御殿だなんて。王族はやっぱりスケールが違うわ。だけど夜遅くに、年頃の娘さんの部屋を訪ねるとか、王様怒りません?」
言葉を選びながら、気になったことを言ってみた。
「その点なら心配はいらない」
何が心配いらないのだろうか。
結婚まで肉体関係禁止で、破ったら死刑とかでもいう約束でもしているとか、王様の弱みでも握っているとか。
眼鏡を掛けたフットマンが入って来て、温かいショコラを出してくれる。
「失礼します」
「どうもありが……」
礼を言おうとして顔を見ると、品定めでもするかのように意地の悪い視線とぶつかる。
「どうかしました?」
腹が立つのを抑えて視線の意味を問いただすと、彼はフイと視線を逸らす。
「いいえ、なんでも」
「アルブレヒト、私の客だ。無礼は許さぬ」
やや強めの口調で、ギャラクスさんが注意した。
フットマンの顔は私の方を向いていて、彼には見えないはずだが、それでも違和感があるみたいだ。
「……申し訳、ありません」
やや不服気味の声で謝罪し、彼は退場した。
「……私が王様に嫌われてるの、知れ渡ってるんですか?」
それで仮にも来客に、あんな態度をしているのか。それともトップである王様の真似しているのだろうか。
「すまない、後で私からも言っておく。実は彼は、ベリオットの所のフットマンなのだが」
「ベリオットの? 私何か、嫌われるようなことしました?」
それともベリオットが、私の愚痴を彼に聴かせているとか。
それと「アルブレヒト」と呼ばれていたので、彼の言っていた「アルブ」は、さっきのフットマンのことだと悟る。
ではもう一人の「マー」も、略して呼ばれているのだろうか。メルティナちゃんも「メル」と呼ばれているし。
「ベリオットのもとには、三人の召使がいたんだが。最近あいつがその内の一人、お前と同年代くらいの若いメイドを外したのだ。残った二人は、ベリオットのその判断をお前のせいだと思っているような節がある」
「なにそれ。お門違いもいいところよ。私がベリオットに『メルティナちゃんをクビにして』って、頼んだワケじゃあるまいし。言っちゃ悪いけど、クビになるのは自分のせいでしょ?」
これは私は、怒ってもいいだろう。
「彼女の為にわざわざ怒るって、相当仲良しなんですね」
自分の主人の、そのまた主人の客だと知っていても、嫌悪を態度に出すほどに。
となると、メルティナちゃんがベリオットを好きだと、知っている可能性はかなり高い。
だから私に対して勝手に邪推して、恨みを募らせているのだろう。
「ところでその、メルティナちゃん……彼女は」
どうなったのだろう。郷里にでも帰ったとか。
私は確かに彼女がベリオットに仕えているのは嫌ではあったが、仕事をクビになってしまえばいいとまでは思っていない。
せいぜい主人が変わるとか、別の仕事に就いてくれればいいなと思っていたくらいだ。
「心配するな。クビではなく、移動になっただけだ。今は国王の下で働いているよ。というよりルートヴィグ王から異動の打診があってね、ベリオットが承諾したのだ」
「栄転じゃないですか」
しかしあの王様の下で働くとなると、心臓がいくらあっても足りなさそう。
だけど普通に考えて、王様から直々の、いわばヘッドハンティングだなんて。私が知っている失敗はたまたま状況が悪かっただけで、実は彼女は優秀だったのかしら。
「ところで。ルベオルス……兄とはうまくやってるかね?」
「うーん、まあ。離れてる時間が長かったから、まだぎこちない部分はなくはないですけど」
お墓参りと神殿への訪問の約束については、まだ黙っていることにした。
父親の親友であれば本当なら是非とも、彼がまだ「生きている」と知らせてあげたいところだ。
しかし元気な姿や、いっそ幽霊ならまだよかったけど、原形をとどめていないゾンビ状態で再会させたら、ショックを受けるんじゃないか。
そう思うと、まだ話をする決心が固まらない。
「それで、今日はどうして私を呼んだんですか?」
「お前からしたら同じ、しかも一度断った話だからうんざりするかもしれないが。もう一度提案させてくれ、私の……娘にならないか?」
※文明元ネタ「押しボタン式エレベーター 歴史」
日本最古:Merkmal→https://merkmal-biz.jp/post/76941/2
ウィキペディア→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
世界最古:新書プラス ボタンとエレベーターの時代→https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/techno_phobia/30162




