【第54話 アルフィード編:かわいそうなマスゴミ君】《54-1神器の指輪と交換された、ゲス記者》
「……せっかく釈放してやったのに」
ドアを開けるとスリザスがこう呟き、スーツの男を室内に投げ入れた。
首にはカメラを提げ、手には手帳といかにも記者風というか……話の流れからして、まさか彼がそのフェデリコではないだろうか。
年の頃は二〇代前半くらい、ちょっとばかり女性にもてそうではあるが、品性のなさが滲み出ている。
「いってぇー……って、この腐ったリンゴでも見るような目で、俺を見てる坊やは何なの!?」
坊やって、俺のことか?
腐ったリンゴを見るような目なんてした覚えはないから、一瞬考え込んでしまった。
……リンゴにたかる虫を見るような目なら、していたかもしれないけど。
答える代わりにスリザスが、視線で俺を指す。
「ミスティ=ヴィリアンズとどういう関係か、そいつが訊きたいそうだ」
「へ? ミスティちゃん? まー……そうねえ、強いて言うなら、『可愛い妹』みたいなもんかなー?」
今鏡を見たら、俺は「虫」どころか、その虫の糞を見るような表情に、なっている気がしてならない。
「あのコ、『自称兄貴』が何人湧いてんのさ!?」
ゴーフルの「自称兄貴」には、確実に俺も含まれているだろう。
(俺って他人から見て、こんな風に見えてるのか!?)
かなりショックである。
セレフィナからの憐れむような視線が、辛い。
するとマクベスが、とんでもないことを言い出す。
「ひょっとしたら行く先々に『お兄さん』を作ってたりして。金品を受け取るかわりに『妹』になってあげるとかで」
「あのねえ、全世界の妹いるお兄ちゃんに、袋叩きにされるよ」
その通りだ、イルゼ。「妹」は、自分に都合のいい年下の女性、という意味ではない。
しかしマクベスは悪びれもせず、身も蓋もない返答をする。
「ぶっちゃけ呼び方なんて何でもいいんですよ、やることやれれば」
「ミスティを商売女みたいに、言わないでくれるかな!?」
と俺が言ったのと、フェデリコが「まだヤッてないっつーの」と身を起こしながら言ったのは同時だった。
……もう一度、地べたを這いつくばらせてやろうか。
「で、なんで窓の外にいた? せっかく逃がしてやったのに」
フェデリコを見下ろしつつ、スリザスが呆れ口調で煙草に火を点ける。
「いやー……ちょっと、彼らに話を聴きたくて」
「何を?」
わざとではなく、口調が勝手に冷たくなる。
俺の拒絶なんて歯牙にもかけていないかのように、記者は手帳とペンを構えている。
「さっきからなんで、こんな敵意剥き出しにされてるかは知らないけど……。さっき闘技場で『王様に殺されかけた』って話、してたでしょ。しかも『ユング=ロックハート』も被害者だったとか」
あの話、やっぱり聴かれていたのか。
「兄ちゃん、怒ってる? ゴメン、オイラがあんな話、始めちゃったばっかりに」
「いいや、俺はゴーフル『には』怒っちゃいないさ」
立ち話をする時に、通行人の中に、見ず知らずの他人の話を盗み聴きするような下衆がいるなんて、普通は思わない。
もしこいつが、本気でレオパルテ王周辺の闇について調べたとして。
魔王を宰相に据えて、その部下の魔族に「王廷騎士」の役職名をつけて飼っている……まで辿り着くかもしれない。
王族のこんな醜聞、ゴシップ記者には格好の題材には違いないが、暴露記事を出したり、下手したら王城の周りを嗅ぎまわったりしているのがバレた時点で、殺されてしまいかねない。
こんな奴でも、殺されてしまうのは忍びないので、黙っていた方がいいだろうと思う。
さてどうやって断ろうか。
考えていると、フェデリコの視線が俺を通り過ぎて、スリザスの方で止まる。
「それ、ミスティちゃんの指輪じゃないの?」
スリザスではなく、彼のすぐ傍のデスクに置かれた海神王の指輪が、目に入ったらしかった。
「ちょうど、お前なんぞの命と交換では釣り合いが取れない……という話をしてたんだ」
それに対してフェデリコは、冷めた口調で返す。
「……で、さっきの『どういう関係だ!?』に繋がるわけね。ハイハイ。でも文句はミスティちゃんに言ってよね。俺だって『海底の遺跡で見つかった魔法の指輪』なんて代物と、自分が交換の対象になるなんて信じられないよ」
彼は確かに「海底の遺跡で見つかった魔法の指輪」と言った。
そうなるとミスティは騙されたのではなく、やっぱり釣り合いの取れない取引を、あえてしたということになる。
「待ってよスリザス、『海神王の指輪』って……ミスティには告げないで、交換したんじゃないの!?」
だからミスティは、赤の他人と指輪の交換に応じたんじゃないのか。
すると突然フェデリコが、今までの飄々とした態度を一変させて、スリザスに突っかかった。
「ちょっと待てよオッサン、ミスティちゃんには『違う』って言ってたよな!? 騙して巻き上げたってことか!?」
(しまった)
俺はここで、自分の失言に気付いた。
俺達は「海神王の指輪」が「海底の遺跡にある魔法の指輪」と知っているが、知らないミスティとフェデリコは「魔法の指輪」という認知しかしていなかったのだ。
問われたスリザスはというと、「人聞きの悪いことを言うな」と、フェデリコの「誤解」を解いていく。
「『たぶん違うが、かなりいいものには違いない。詳しく鑑定したいから譲ってくれ』と言ったんだ」
……彼も悪どい事には、変わりなかった。
「それって、わざと勘違いする言い方選んで、伝えたってことだよな!?」
フェデリコが熱くなっているのと対照的に、冷めた声でセレフィナがボソッと「あなたが言うの?」と、嫌悪感たっぷりに呟いたのを聞き逃さなかった。
スリザスはというと、やっぱり悪いことしたなんて、つゆほども思っていない。
「あと、忘れているようだが、あいつは『もしこれが海神王の指輪で、持っているのがレオパルテ王にでもバレたら、死刑にされるかもしれない』と怯えてたんだ。それで俺に、相談を持ち掛けてきた」
そういえばミスティも、武道大会を見ていたんだっけ。
つまりは神器を持っている俺への扱いを、知っているということ。
武道大会からいきりな神明裁判に変わってしまった、あの無茶苦茶な展開を見ていたら、確かに怯えるのも無理はない。
話というか、彼らの言い争いというか。
フェデリコが一方的に言い負かされていたのを一通り聴いた後、マクベスが言った。
「一刻も早く手放したかったのと、スリザスさんを信頼して、指輪を預けたってところでしょうね。
普通に暮らしている女の子が持つには、この指輪は重すぎる。交換する物はそこの記者さんでも、何でもよかったんでしょう」
「なーんだ、ちぇー……」
ちょっと残念そうにしているこの男は、一体それ以上の何を期待していたのか。
「ねえお兄さん、その交渉ってどこでしたの? それか、ミスティの住んでるとこか、勤め先とか知らない?」
イルゼが言うと、つっけんどんな言い方でフェデリコは返した。
「あァ? それ訊いてどうすんの?」
「わけあってあの娘に会いたいんだけどさ、手掛かりがなくて困ってたの。教えてくんない?」
「質問に答えて、アンタは俺に何を返してくれる? 言っとくが『俺より顔がいい野郎』の頼みはタダじゃあ聞かないぜ?」
どうやら彼は、ジャケットに同色のズボン、といういで立ちのイルゼを男だと思っているようだ。
しかも態度から察するに、彼の自己評価は『ここにいる男全員以上、イルゼ未満』という認識っぽい。
「よせ。こんなチンピラもどきに頼った所で、何要求してくるか分からないどころか、偽の情報掴まされるのがオチだ」
フェデリコをディスリつつ、彼の都合など無視してスリザスは答えた。
「交渉した場所は、あいつの住んでる宿屋だ。場所は俺が知ってる。そういうわけで『駄聞屋(『聞屋』は新聞記者の俗称)』、お前なんぞにもう用はない。
さっさと帰って、落とし紙にもならないデマ記事でも生産するんだな」




