《53-2告げられる、トリフィラートとレガリア間の協力と、渡された手土産》
「レガリア王の命令?」
トリフィラートとの連絡の話で、どうしてレガリアが出てくるのか。
次の言葉を出そうとすると、直接彼の声が頭に伝わって来た。
(これから話す内容は、通行人にも聞かれるのはまずい。いったん俺が取った部屋に来い)
闘技場を出てメインストリートを歩き、駅のすぐそばの宿屋へ。
小さな階段のついたエントランスをくぐり、スリザスが受付に名前を告げると、昇降機に乗る。
「闘技場の有料席も、これに乗って行くんだっけ」
この箱状の部屋が上に昇っているのが、見えているわけでもないのに分かって、奇妙な気分だ。
列車が至近距離を走っているにも関わらず、建物の中は静かで、振動すら伝わってこない。
室内はちょっと変わった作りになっていて、出入り口の扉のそばが、小さな段差になっている。
「入れ。その段を上がる前に、靴を脱ぐんだと」
ドアノブを持つスリザスに通され、靴を脱いで揃える。揃えた靴を見ながらゴーフルが呟いた。
「やっぱり外でうんことか踏んで、そのまま上がる奴がいるんだろうな」
どうすればそんな下品な考えが、「靴を脱ぐ」という行為だけで想像できるのか。
「……発想が汚すぎる」
「そう? 外には魔物やら動物やらもいるし、下手すりゃ街中だって、何が落ちてるか分かったもんじゃないし、もっともじゃない?」
イルゼの「街中」への言及で、その辺で吐き散らす酔っ払いを思い出す。
靴を履いたまま部屋に入る、最もポピュラーなスタイルの弊害だろう。
あれを踏んだかもしれない靴で、部屋に上がったり、ベッドに倒れ込まれるのは確かに嫌だ。
「清掃員さんの負担軽減の為に、考えられたのね」
セレフィナの一言で、きれいにまとめられた。
「その辺にでも、適当に座ってくれ」
スリザスに言われて、カーペットの敷かれた床に座ると、さっき中断された話の続きがされた。
「で、俺がなんでここにいるか。結論を言うと、レオパルテの電信や郵送便といったインフラは、監視されてる可能性が高い。
だから古典的ではあるが、こうやって伝令役が派遣されることになったわけだ。俺の役割は、トリフィラートのボタニー王からの指示をお前らに届け、その返事を書いて受け取り、王の所へ持って行くこと」
インフラでなくとも……と、フィルムの事がアンジェに漏れていた件について思い出し、レオパルテの施設はもう信用できないと考えていいだろう。
「でも、どうしてレガリアが?」
俺のこの質問に答えたのは、セレフィナだった。
「トリフィラートに帰った直後、ミスティさんの言ってた情報を加盟国の信用できる数か国に、発信したの。その中にレガリアも、入ってるわ」
彼女の簡単な説明の後、スリザスが詳細を述べる。
「トリフィラートとレガリアは、対レオパルテについて協力関係を結んだ。『レオパルテが全世界へ戦争を仕掛ける』。
この情報がトリフィラートから発信された直後に、世界各地に散っていた帝国軍が、レオパルテ軍に吸収された。この事態を危険視したんだ」
トリフィラートの王とレガリアの王は、ゴーフルの水晶を通して天界の企みと、魔王アンジェが地上に降りた事、そしてアンジェはレオパルテの宰相ギャラクスだと知っている。
だから、話も通じやすかったのだろう。
「シルフィングも……そしてルルディも今は実質、レオパルテ領ですか」
マクベスの、一見冷静な表情に暗い影が差す。
帝国との「平和協定」という実質の侵略に遭ったルルディだが、今回の帝国陥落、そしてレオパルテへの吸収と共に、一緒に取られてしまった。
「あ、そうそう」
思い出したようにスリザスが、別の話を切り出す。
「お前達が元首連盟に提出するはずだったとかいう、フィルムの件も共有済みだ。撮影館の店主は今頃、『旅行』という名目で、今トリフィラートに向かっているよ。『友人』と銘打った、レガリア兵達と一緒にな。
『抵抗すれば、客からの預かり物を無断で第三者に売り渡した、と言いふらす』と脅したら、素直について来たそうだよ」
アンジェにフィルムを横流しした撮影屋のその後が、思わぬ形で知らされる。
これで、どういう経緯でフィルムがアンジェに渡ることになったのか、取り調べになるのだろう。
「金でも掴まされたか、圧力でもかけられたか。ま、あっちの言うことを聞いてしまいますかねえ、やっぱり」
そういう事態に備えて、撮影屋に脅しをかけていたマクベスだったが、そうなるとどこか予感していたかのような言い方である。
……しかし撮影屋の店主も、素直というか。
客と、そして自分の店の信用を売ったのだから、少しは頑張れよ、とも思う。
「で、お前らの役目はレオパルテ国内の調査だったな。一人増えてるようだが、まあ、人手は多い方が良いだろう」
今回初対面のイルゼを見て、スリザスが言った。
「あとは、ミスティ=ヴィリアンズ……『レオパルテは帝国を倒した後、全世界に戦争を仕掛ける』という情報を、私達に渡してきた彼女の保護です。こちらのイルゼヒルトさんは、彼女と面識があると言うことで、私が協力をお願いしました」
セレフィナが言い終わると、スリザスが不思議そうに返して来た。
「その保護対象のミスティ=ヴィリアンズってまさか、お前らに預けた荷物の持ち主の、あいつか? あいつだったら、昨日会ったぞ」
「どこにいたんだ!? 場所を教えてくれ!」
言い終わるより先に靴を履き終える。
「慌てるな。その関係で、お前らに渡すものがある」
スリザスは懐から、小さな袋を取り出す。その袋から手の平に出されたのは、青い宝石の指輪。
「昨日この指輪について、彼女から相談を受けた。その結果、俺が買い取る形になった」
指輪の石は、彼の手の平の上で転がるたびに、透明にも青緑にも色を変えた。人魚のミスティが持っていたというのもあるが、海を連想させる。
「ミスティはこの指輪のことで、スリザスに相談したの? そもそも、この指輪は何?」
スリザスに尋ねると、驚くべき答えが返ってくる。
「海神王の指輪だ」




