【第53話 アルフィード編:伝令役のスリザス】《53-1普通で残酷な娯楽について》
レオパルテの首都港に降り、闘技場へ向かった。
マリエラ王女の誕生祭ほどではないが、都のシンボル的存在だけあって、相も変わらず人が多い。
「すみません、今日って『剣聖ルビー』は出場しますか?」
受付のでっぷり太った男は首を横に振る。
「いーえ、今日の出場予定は、残念ながらありませんねえ」
敬語こそ使っているものの、受付の男の顔には「ウザイ」と書かれている。そのくせ、明らかに言い仕立ての服を着た、裕福そうな中年の男女が通ると、頭を下げて愛想良く挨拶する。
腹は立つが、気を取り直して質問を変えた。
「それじゃあ、出場のスケジュールって、確認することできますか?」
スター選手であれば、客入りに大きく関わる。だからファン向けに、出場予定を公開している可能性に賭けた。
しかし受付の男はうんざりしたように言い放つ。
「すみませんが、賭け率が偏るんで、ルビーの出場予定は出してないんですよ」
「あれ? お祭りの日以外は、ギャンブルは禁止じゃなかったんですか?」
「少さい額だったり、対象が物だったら、そこまでうるさくは言われませんよ」
「『お目こぼし』ってわけか」
「どこのお坊ちゃんか知らないけど、こういうとこにはあんまり遊びに行ったりしないの? 今時の若い子にしては珍しいというか」
男の言う「お坊ちゃん」には、世間知らずと言いたげな、馬鹿にした含みがあった。
「……はあ、興味はあるんですが」
大声で喚いたりゴミをその辺に投げるような輩が出入りしなければ。
そして客によってあからさまに態度を変えるような受付(他人を見た目で判断するなら、まずその醜い出っ腹を何とかしろ!)がいなければ、たまには遊んでみようかなと思うかもしれない。
賭け事も観戦も、そういう嫌いなタイプの輩がこぞって集まるせいで下品な遊びに見えてしまい、結果セットで嫌いになってしまうのだ。
「ま、今日はいないですけど、また来てくださいね」
男はまた一応の接客言葉に戻り、話を終える。
「やっぱり都を捜し回るしかないか」
他の手段を考えようと、踵を返す。
出口に向かっている途中、イルゼが壁に貼り出されている表に目をやった。
「大会でもないのに混んでるって思ったら、他のイベントとかもあるんだね」
入って来た時は、ルベオルスに会うことしか頭になくて気付かなかったが、普段から日替わりイベントが開催されているみたいだ。併設されている大浴場が、安くなる日もある。
ただ囚人とはいえ、死刑執行が見世物のイベント扱いされている点に関して、トリフィラート出身の俺には吐き気がした。
「……大会の時も思ったんだケドよぉ、せめて年齢制限設けろよな」
ゴーフルのこの意見には、俺も大いに賛成だ。
できればこんな悪趣味な出し物自体廃止するべきだが、せめて子供には見せるなと言いたい。
「ルルディでは、受けそうですけどね」
そう言いながらマクベスは、あまり興味はなさそう。
イルゼの方は分かりやすく、予定表を見たことを後悔するかのように、嫌悪感をあらわにしている。
「……こんなの喜んで見てんだね。となると、猛獣ショーとかも、ロクなもんじゃなさそう」
「子供の頃からこんなもんばっか見てたら、ここの王様みたいになるぞ」
暴言を吐いたのはゴーフルなのに、俺が慌ててしまった。
「ルートヴィグ王の悪口は控えろよな」
こんな王様に密告でもされたら死刑待ったなしの悪口、通行人に聞かれていないかと、キョロキョロ周囲を伺って確認する。
そんな俺の心配など知ってか知らずか、マクベスまでが彼の悪口に同意している。
「とは言っても、彼だって僕達を騙して、殺そうとしたんですよ。僕らだけじゃなく、ユング=ロックハートまで」
「俺達を殺す為だけに、関係のないユングを巻き込んだのは、本当に許せない。……なんというか『死刑』っていうのは、口実に過ぎないんだろうな。
気に入らない奴を何らかの理由で殺すのが、楽しくて仕方ないっていう、感性なんだと思う。そうじゃなきゃ『公開処刑を娯楽に』なんて発想にはならないよ」
そしてそんな国王の治める国だ。国民まで死刑をイベントとして楽しんでいる。
もしかしてそれが冤罪かもとか、自分や身内がその立場になるなんて、想像もしないのだろう。「それがこの国では普通」「そういう文化だから」で片付いてしまうのだ。
こんな頭のおかしい価値観の国で、育たなくてよかったと心底思う。
セレフィナが、さっきからホール内を忙しそうに移動する、職人達を見ながら言った。
「それでも徐々に死刑を減らすように、法律を変えていく予定ではあるのよ。だからそれに替わる娯楽を提供する施設も、増やしてるんですって。ほら、闘技場内でも、今工事してるみたい」
さっきから大きな石や麻袋をなどを運んでいる職人達が、奥から出たり入ったりしているが、その関係だったのか。
この国の法律家や権力者にも、まともな人はいたのかと、ちょっぴりホッとした。
レオパルテの人々には処刑なんかよりも、もっと健全な楽しみに目を向けてもらいたい。
「ところで、何を作ってるのかな?」
職人達が入って行く通路の前には「水浴場建設中」とあった。
大浴場があるのに? と看板の前で思っていると、セレフィナが水浴場について説明してくれる。
「清潔な水で泳いだり、水遊びをする所ね。トリフィラートも、ゼーンズフトに小さめだけど施設を試作する予定よ。好評だったらイグドラシルや他の地区にも増やしていくわ」
ミスティが知ったら、喜びそうだ。そんな施設ができればきっと、特に夏は通い詰めるだろう。
「へえ、いいね。楽しそうだし、涼しそう」
だがふと思った。
不特定多数が水浴びするのに、服はどうするんだろう、と。
水の中で服を着る前提はない。森の奥で泳いでいたミスティは、なんにも身に着けていなかった。
そんな特殊な服があれば、新しいもの好きなミスティのことだから、ゼーンズフトあたりで入手していそうだ。
それとも大浴場みたいに、男女別れていて必要がないのか。これから専用の服が開発されるのか。それともすでに存在はしていてもすごい高価で、金持ちしか買えないとか……。
「『ブランテル=ジャックローバー』は、あんたか?」
帽子を目深に被った中年男に、急に声を掛けられる。
まだ慣れていないから反応が遅れたが、ブランテルとは、ボタニー王から指定された偽名だ。
宿屋などの施設利用の時に使い、その記録をもとにした請求が、トリフィラート王家に届くようになっている。
「はい、……あっ!」
声の主の顔を見て、思わず声が上がる。レガリアにいるはずの、スリザスだった。
「当たりか。この近くで張ってれば、会えると思ったよ」
「どうしてここに!? ……ていうか、なんでこの名前を知ってるんだ?」
人目を憚りながら小声で尋ねると、思いも寄らない答えがスリザスから返ってきた。
「お前らと、トリフィラートの王との連絡係として派遣されてきた。レガリアの王からの命令でな」




