《52-4ベッドルームでの要求》
髪を拭きながら脱衣所から出ると、ベリオットがテーブルにカップを置いて、急に言い出した。
「さっき『見る?』って訊いてきたよな?」
宿屋に送ってくれたお礼に、部屋に上がってもらって、お茶を出した時の事だ。
ついでに塩だらけになった体も洗ってもらい、その間に私は手を洗ってお茶を淹れて彼に出した後、自分もシャワーを浴びた。
そして今、ルームウェアの膝上ナイトドレスを着て、脱衣所から出てきたわけだが。
彼に言葉の意味を尋ねる。
「何を?」
「スケッチと同じ格好」
さっき思い付きでした意地悪兼、色仕掛けを蒸し返されて焦ってしまう。
あの時は腹が立っていたのと、気を引きたかったのが先行していたけど、思い返すとかなり恥ずかしい。
「あれ冗談だって! 忘れて」
「『見たい』って言ったらどうする?」
さっき自分の仕掛けた会話が、頭にフラッシュバックする。
熱くなった顔の熱で焼けてしまいそうな私に、ベリオットは容赦なく詰めてきた。
「首から下は他人のなんだろう? お前のが見たい」
彼に投げつけた「ベリオットったら、他人の裸で興奮してたの!? 信じらんない」の言葉が、自分にブーメランのように返ってきている。
今更湧いて来た羞恥心でたじろぐと、私のすぐ背後の壁にベリオットが手をついて、追い詰められる格好になる。
ベリオット、心なしか息が荒い。
二人きりの部屋で、胸まで開いた膝上ナイトドレス……俗にいうベビードールなんて着て、羞恥心がどうとか言っても、説得力がないのは分かってる。
ちなみにこのベビードールは、レオパルテ到着前に荷物を全部(それまで持っていたロング丈のナイトドレスや、彼に買ってもらった服など含む)失ってしまった私に同情して、ベリオットが都の百貨店で買って来てくれたものだ。
店に行った時に「若い女性の間での、最先端のオシャレだ」と聞いて、プレゼント用にラッピングされた箱を、そのままレジに持って行ったそう……。
ベリオットが私の口に指を当ててなぞる。
「それともまた口を操って、好奇心で買ったとかいうエロ本の内容を喋らせるのと、どっちがいい?」
それはちょっと……というか、かなり困る。
「……しっかり、覚えてたのね」
言い負かされて観念し、片方の腕で乳房を押さえながら、もう片手でワンピースの肩ひもを下げる。
「えっと、確か……」
最初に頭に浮かんだのは、座った状態で脚を開いて、手を当てて隠すやつ。
(……最初から、いきなりキッツ!)
ベッドに座りながらポーズの詳細を思い出し、再現していく。
顔はちょっと外を向いていて、目を閉じている。
前を隠してる手のポーズは真ん中の三本が折れていて、まるでなにかいかがわしいことしているみたいに見える。
両手を胸から外し、乳房が露わになる。スケッチと同じ格好だから、当然下も……ということになる。
「もういい? 次は……」
早速ギブアップしそうなほど恥ずかしい。
「じゃあ、両手を頭の後ろにやってたやつ」
指定されたポーズは、体をくねらせた状態で、片足を上げて膝を曲げる……
「……せめて下、穿いていい?」
スブリガークルムを取ろうと手を伸ばしたが、ベリオットは容赦ない。
「却下」
本当にモデルをした女の子達は、こんなポーズをしたのか。
モデルはみんな、ランジェロ=ミローティのファンで「彼の練習の為」と銘打たれた募集で集まって来たそうだけど……。
それはいいとして、三枚目は。
「両脚」
ベリオットの手が、伸ばしている方の脚を軽くペンペンして、もう片方と同じようにするように要求している。
「お願い……これは穿かせて!」
さすがに無理だ。
(本当、いくらファンだからって、イケメン画家だからって、何考えてんのよ!)
知らない女の子達に向かって、恨み節を心の中で叫ぶ。
あの絵は上の方だけ紙面に収まるようになっていて、下は描かれてなかったはずだけど。
「……あ、あと二枚分」
脚を下ろしていいだけでも、ハードルが下がったと思えるくらい、感覚が麻痺してきている。
「上だけのあったな」
二枚目のポーズと同じように体を若干斜めにして、両手は頭ではなく、今度は胸だ。
両サイドから寄せて、自分で揉んでいるように見えるやつ。
ベリオットへの嫌がらせが目的だっただけあって、ポーズのセレクトに大いなる悪意を感じる。
私に「ランジェロのモデルになるな」「裸になるな」と釘を刺したのに、そのランジェロから私のこんな絵が送られて来たら、確かに怒るよね。
私は何もしていなかったけど。
「やっと……最後の一枚」
これはうつ伏せになって、お尻だけ高く上げる。
先の四枚のドぎつさに比べれば、シンプルな方か。
実際のモデルさんは確か顔を描く側に向けていたが、私はベリオットを直視できない。
「これで、もういい?」
しかし返事がない。確認しようと顔を上げたその時、
「きゃっ!!?」
不意に後ろから組み付かれた。
「……もう、我慢できない」
ベリオットの息が荒い。
「芸術なんて分からん俺は、ダメなのかと思って勉強したんだが」
せめてもう少し話がしやすい姿勢になろうと、興奮している彼をなだめ、拘束が緩くなると仰向けになる。
「そ、そうなの?」
「ああ。『微生物でも理解できる芸術』を買って読んだ」
その思いっきり客を馬鹿にしたようなタイトルはさておき。
「解らなかったり興味がないのがダメなんじゃなくて、好きな人とか、それで生計立ててる人の前で貶すようなことを言うのがダメって話じゃないの?」
「解った、それも反省する。だがやっぱり俺は……こっちの方がいい」
ベリオットの唇が私の口を覆い、頭を抱きしめられる。
私は彼の首に腕を絡めて受け入れる体勢になり、無言の返事をした。




