《52-2仕返しの意地悪と、挑発》
「分かった」
私が頼むとベリオットはくるりと背中を向けて、その場に座る。
膝丈ワンピースを脱いでいる最中、ちょっと思いついたことを口に出してみた。
「ねえベリオット、そういえばさあ」
「なんだ?」
呼ばれて反射的にこちらを向こうとしたベリオットだったが、途中で私が脱いでいるのを思い出したらしく、首の向きを素早く戻した。
「他の人の体と私の頭がくっついたスケッチを見て、私がベリオットの忠告を無視したって思って怒ってたのよね?」
「……そんな事もあったな。あんまり蒸し返されたくないが」
ばつが悪そうに、彼は歯切れ悪く答える。だがあえて追及した。この間にタイツを脱ぎ終わる。
「あれ五枚とも、違う人の体だって、本当に気付いてなかったの?」
「いや全く」
「つまり他の人の体と私の区別、ついてなかったのよね?」
「見た事ないんだ。区別のしようがなくないか?」
本当は解っている。最後に、腰に穿いているスブリガークルムの紐に手を掛けた。
「それもそうね。……じゃあ、見る?」
ベリオットが黙り込んだ。ここから顔は見えなくとも、硬直しているのが手に取るように分かった。
「私今、スケッチとほとんど同じカッコよ」
脱ぎ終わったところで、彼のすぐ背後までにじり寄る。
「あんなに怒ってたのに、なんで捨ててなかったの?」
私が例のスケッチを見た日は、彼が私のことを「顔も見たくない」と言ったであろう日から、けっこう経っている。
その間、彼を不快にさせる原因になったものを、何故すぐ処分しなかったのか。
「実は何回も見てた?」
更に距離を詰めて彼の両肩に手を掛け、耳元で囁く。
「ベリオットったら、他人の裸で興奮してたの!? 信じらんない」
これ以上困らせたらさすがに可哀想かと、ネタばらしをしながら尻尾を水に浸す。
「冗談よ。ちょっと意地悪しただけ」
「な、なんでだ!?」
肩まで水に浸かったところで、やっとベリオットはこっちを向いた。
「アラディレーナ城郭での仕返し」
「……俺、何かしたか?」
「何も。だから怒ってるのよ」
さっきとは別の意味で、ベリオットは困惑の表情を見せた。
「マカブルじいさんのとこでの話よ。私が馬鹿にされてるのに、全然庇ってくれないんだもん」
「されてたのか? だって『可愛い』って言ってたじゃないか」
あれだけ嫌な話を延々聴かされた私の心の傷が、そんな一言のお世辞でチャラになるわけがない。
「まるで私がベリオットに不似合いだとか、もっといい女は他にもいるのに、みたいな話をされてるのに。何も言ってくれなかったじゃない。デート中に他の女の名前ベラベラ並べられて、気分いいと思う?」
「悪い」
「本当にそう思うなら、あなたも来てよ。一緒に泳いで」
「……俺は魚の尻尾なんてついてないが」
自分の着ている袖なし外套やズボンに、彼は目を落とす。
「いいじゃない。ここは今、あなたと私しかいないんだし。生まれたままの姿で……ね」
「じゃあ、待ってろ」
ベリオットは両手で顔を押さえる。
何だろうと思っていると、彼のもともと赤みを帯びていた肌の色が濃く、暗く変化していった。
両のこめかみあたりから、尖った何かが出て来て見る見るうちに大きくなっていき、雄のヤギを思わせるように鋭く、大きくなる。
角がこれ以上大きくならなくなった頃には、彼の肌は赤紫に近い色になり、髪も、黒みを帯びた銀鼠色になっていた。
思わず口を間抜けに開いたまま、固まってしまった。
「自分で『生まれたままの姿』に戻るように言っておいて、何を驚いてる?」
「…………そういう、意味じゃなくて……………………」
「違うのか? お前だって人魚の姿に戻ってるから、てっきり。まあ、生まれた時には角は生えてないが」
私が「生まれたままの姿で」なんて言ったのが、いけなかったようだ。
挑発目的で言ったのに、彼は本当に、本当にストレートな意味で捉えてしまい、本来の魔族の姿に戻ってしまった。
直球過ぎると色っぽくないと思って、こんな言い方にしたけれど、遠回しな言い方では彼には通用しない。
「あ……そう。私が悪かったわ、ストレートに言うの恥ずかしいけど…………脱いで」
私の要求を聴くと、ベリオットはゆっくり、小さく頷いた。外套に掛ける手がきごちないので、今度は私が背中を向けた。
「見られてると、脱ぎ辛いでしょ?」
後ろで、重みのある布の落ちる音や、金属の音がするのを聞きつつ、ベリオットを待つ。
どうしてこんな挑発をするんだって。
やっぱり彼のことが好きな、可愛い専属メイドが自宅で待っているのを、どうしても意識してしまうからだ。
主人とメイド以上も以下もない関係に、何かしらの変化が訪れてしまう前に、少しでも私の方に気を引きたかった。
元の造形に問題があるのか、残念ながら、私は人から「清楚」「清純」「清らか」などと言われた事が、ただの一度もない。
なので、生まれ持った女の部分しか、頼るものがない。
清楚な子がいきなり色気で勝負に出たら、ギャップも手伝って破壊力は抜群だろうなという考えは、徹底的に頭の隅に押しやるのが最大のポイントだと思う。
ブツブツネチネチ考えていると、突然大波が押し寄せた。
今日は月が出ている。洞窟の外に出されないように、流れに逆らった。
水流が落ち着いたかと思うと、今度は下からの強い波が来て、水面から現れたベリオットがイルカみたいに跳ねた。
「ビックリしたぁ」
こちらに振り向いたベリオットが、指を下に向ける。
「下にまだ洞窟がある」




