【第52話 ミスティ編:紺碧の洞窟】《52-1人魚が水浴びできる場所》
「連れて行きたい場所がある」
ベリオットについて行き、都の西門へ続く大路を進む。
「一人でも行けるように、行き方を教えておく」
西門から都を出て街道をしばらく歩き、途中の小さな脇道へ曲がる。
「お前だったら大丈夫だとは思うが、この時間は巨大コウモリが活発だから、気をつけろ」
「口が尖ってるやつとか特にね。……獲物の体に刺して、消化液注入してくるやつ」
巨大コウモリは何種類かいるが、私が特に怖いのは、針状に尖った口を持っているやつ。
その口で獲物に消化液を注入して肉を溶かし、それをまた吸うと聞いた時は、絶対捕まりたくないと思ったが、レオパルテの荒野とかには結構出るのだという。
無理な相談ではあるが、私の肉を吸うなら、せめて殺してからにしてほしい。
魔物退治をしてくれるハンター達や、街の境目に、定期的に結界護符を埋めてくれる神仕院には、日々感謝しかない。
「一人の時はなるべく、昼間に来た方がいいかもしれない。あそこは滅多に、人は寄り付かないから」
ベリオットはまだ、目的地を言わない。
「どこに連れて行こうっていうの?」
「今はまだ言わない。俺が思うに、お前なら気に入ると思う」
奥に進んで木々や草が増えていく内に、潮の香りと、波の遠音がしてきた。
道の果てあったのは、岩山の洞窟だった。
ここまで来ると、潮騒の音ははっきりしていて、この裏に海があるのが見えなくても分かる。
穴の入口に近寄ると、潮の香りは一層強くなる。入ろうとする私をベリオットは制し、手の平を上に向ける。
「ちょっと待ってろ」
彼の手の上に、赤紫色の禍々しい光の玉が発生する。妖しく光るそれは小さな波状の光を周囲に纏っていて、今にも爆発しそう。
「……それ、どうするの?」
私が尋ねると、彼は手の平を見て自分が何を召喚したか、初めて気付いたらしい。
「悪い、間違えた」
赤紫の光球が消え、白い光の玉が現れる。彼がその玉を穴の中に放ると、真っ暗で視界も確保できなかった洞窟の内部が、見えるようになる。
「危ない危ない……またやるところだった」
とんでもない独り言が聞こえる。
「またって何よ? また………って」
深く考えるのはやめようと、中に足を踏み入れる。
あまりの美しさに息を呑んだ。洞窟に入ったはずなのに、満天の星が瞬いているのだもの。
「……すご。こんな所に本当に、人来ないの?」
煌めいているのは、鉱物だろうか。
小型が中型の魔物くらいなら、襲われても戦えるくらいに戦闘ができるのであれば、そういう人やカップルなんかが訪れていそうなものだが。
「ああ。この光ってるのは、さっきの照明の魔法と洞窟の岩に入ってる鉱物が、反応し合ってこうなってるんだ。通常ではこういう見え方はしない」
「ベリオットが一緒の時だけなのね。こうなると分かってたんなら、指輪を手放す前に、照明の魔法も使えるようになっとけばよかったなあ」
照明の魔法が、自分で星空を作れる素敵な魔法に変身するなんて。大変惜しいことをした。
「その言い方だと、他の魔法は習得したみたいだな」
「うん。念写とか習得したよ」
素養は水だから、それをもっと強化とか、種類を増やすのを先に考えた。
だが、特定の属性攻撃しか通用しない魔物に襲われる事態にも備えて、一種類ずつは持っておくことにした。
水の素養はその後……とも思ったけれど、スリザスさんに指輪を引き取ってもらえる事になり、惜しいながらも手放した。
本当はもっと時間を割けばよかったのだろうけど、私はどうしても、自分の写真が残せる手段が欲しかったから、念写ばっかりに時間を割いてしまったのが、今更ながらに悔やまれた。
「足元、気をつけろ」
先に石の段を降りたベリオットが、手を差し出してくれ、私はその手を取った。
「うん」
整備されていない、いわば天然の階段というのだろう。注意を払いながら近くにある大きな石に足を掛けて、ゆっくり下がっていく。
何とか下まで着き、ほっと一息。足元以外の場所を見る余裕ができ、視線を目の前に戻す。
「わぁっ!」
目の前の光景はまさに「青の洞窟」という言葉が相応しいのではないだろうか。
紺碧の海が洞窟いっぱいに広がり、波は幻想的な輝きを放ちながら揺らめいていた。
「ここなら、『人魚達の亡霊』には見つかるまい」
ベリオットの言葉で、海底神殿に現れた人魚達の姿が脳裏によぎり、ドキッとする。
「え?」
「この近辺にセイレーンとか、人型をした海の魔物や精霊ががいない理由を知ってるか?」
「いいえ」
「レオパルテとノームランド領域の海底には、大昔に滅んだ海底の住人達の霊が、今も彷徨っている。もし人魚や、海の精霊を奴らが見つければ、仲間だと認識されて、連れて行かれてしまうだろう。特に月の出ている晩は、危険だ」
あの時私は、連れて行かれかけたのか。この話を聴いて、指輪を見つけた時の事を思い出し、肝が冷えた。
「どうして月の晩?」
「輝封石。この石の鉱脈が、レオパルテとノームランドの海底にある。理屈は分らんが、月の光と石の輝きが出会う時に、あの世の海底都市と、この世が繋がってしまうんだ。
しかし、海の精霊である以上、水を求める本能はどうすることもできない。だから、泳げる場所が必要じゃないかと思って、今回連れて来た」
「そうだったの、ありがとう。ところで、ネックレスを持った状態だとどうなるの? あと、お兄ちゃんもやっぱり、月夜の海には近付けないの?」
同じ石のついたネックレスを服の中から取り出し、なるべく海面の反射光が当たらないように手で覆いながら、ベリオットに見せる。
「その首飾りを持っているなら、どこの海も危ない。ルベの奴は、一度魔族に転生を果たしているようなものだから、人魚達からは仲間とみなされるどころか、避けられるんじゃないかとは、言ってた。
レオパルテに来る前は、そういうの詳しい魔女に育てられてたそうだが、その魔女からは『それを持って海には近付くな』と忠告されていたそうだがな」
「ふーん、彼の半生も、いろいろあったみたいね。お墓参りの時に訊いてみよっと」
「その時は、あいつにお前を返さないといけないのか」
母さんのお墓はトリフィラート、父さんがいるのはレガリアの地下神殿。行くだけでも結構日数がいる。その間会えないのは、淋しいかも。
「なんなら一緒に来る? お兄ちゃんだって、あなたと離れたら淋しいと思う。他に友達いないみたいだし」
吸い込まれそうな青い水に手を伸ばす。冷たくて気持ちいい。
「……海に、入ってみていい?」
「俺の土地じゃないし、好きにしろ」
「じゃあ尻尾に変身したいんだけど、服を、脱がなきゃならないの。恥ずかしいから、ちょっと向こう向いててくれる?」




