《54-5後味の悪い、買い物デートの後》
ベリオットの実家についての私の質問に、本人からは、極めてシンプルな回答が帰って来た。
「でかくて古い」
要するに歴史がある大きな家の、お坊ちゃんだったということみたい。
「デーモンロードってのは、お嬢ちゃん解るかえ?」
じいさんの言葉に、私は頷く。
「なんとなく。でも魔族の中でも強い、くらいしか知らない」
「魔族の中でも上位中の上位種だ。そいつの生家であるシュットガイストっちゅう家の一族は、そのデーモンロード属の頂点に君臨していてな、魔界の半分は支配下に置いとる」
「えーっ、すっごい! そのシュットガイスト家って、ベリオットだけじゃなくて、他の家族も契約とか取ってるの?」
ベリオットが王様(レオパルテの王様ではなく、アンジェ王のこと)とも契約しているくらいだし、他の人も、私の想像もつなかいような、規模の大きなことをしているのではないだろうか。
「いや、別に。契約してたりしてなかったりだな。あとデーモンロード属とは言うが、魔族どころか死神だろうが堕天使だろうがエルフだろうが、異種族とも交配しまくってるから、純粋なデーモンロードと言えないし。
性格も能力も外見も個体によってバラバラだから、好き勝手やってる。俺も家から放逐されてるから、こうやって地上界で好きにやってる」
「放逐って……なんで?」
家族とうまくいっていなかったのか。なんだか悪いことを訊いてしまったかも。
「親父が言うには『お前は馬鹿だから家督を継ぐのにふさわしくない』だと。分家がいっぱいあるから、俺一人いなくなったところで、血が絶える事はないだろうからな」
「人の親のこと悪く言いたくないけど、ベリオットのパパこそ、馬鹿じゃないの!? シュットガイスト家の損失じゃない。見る目ないのねー」
いきなり分家に話が及ぶあたり、兄弟とか姉妹はいないみたい。
「あとじいさん、こいつは人間じゃない。人魚だ、普段は俺と同じ、人間と変わらない姿で生活してる」
「人魚だって!? 絶滅したんじゃなかったのか?」
じいさんは驚いたような、しかしながら何故か憚るような口調で訊き返してきた。
「いいや。現に、ここにいる」
とベリオット。
「あの闘技場の選手に似てるな。あのルベオルスとかいう。カカカ、あいつもマーメイドだったりしてな。背も高くなけりゃあ、女みたいな顔しとる」
「そうよ。実の兄だもの」
「……本当に、男だったんだなあ」
じいさんの言い草は実に失礼だが、声を聞かなければ、私にもそう見える。
「まあいい、ちょいと」
また手を口元に当てた内緒話のような動作をしつつ、じいさんは特に、私に反対の手で手招きする。
「悪いこたぁ言わねえ。早くここを出た方がええ。こんなとこいたら、切り身にされて売られちまうぞ。人魚の存在自体も、今じゃあかなり貴重なモンじゃて」
「人魚の肉を食べると不老不死になる、なんて話をちょくちょく聞くわね。誰が作ったのかは、知らないけど」
海賊に捕まった時も、そんなことを言われた。
不老不死に憧れた人間が、架空の生き物に変な設定をつけて物語作ることがある。けど、その生き物が架空じゃなかったら、迷惑千万でしかない。
「でもそんなの、ヨタ話でしょ?」
「本当にヨタ話だったとして、言われた方は信じるかい? 興味本位で試したい輩は大勢いる。人魚の肉は大変な美味、とも言うからな。お前さんは、ヨタ話で殺されたいかえ?」
確かにそうなったら無駄死にでしかない。最悪だ。
「ご親切にどうも。だけどおじいさんは不老不死や、大変美味だっていう人魚の肉には、興味ないの?」
「ひゃっひゃっひゃ、ワシはそれより、こっちの肉に興味があるわい。ベリオットには、もう食わせてやったのか? え?」
私の胸を指差して、じいさんが笑う。
「は? 干し肉みたいな見た目して、何言ってんの?」
「るっせいやい」
小さな声で言ったつもりだったが、聞こえていたみたいだ。
市街地に出て、街灯に混じるポール型の時計を見る。
「もう二二時刻なのね」
深夜になるまでの帰宅、というとあっという間だ。
「そうだな。やっぱり帰るのか?」
とベリオット。
メルティナちゃんはやっぱり、彼の帰りを待っているのだろうか。
タイミング悪くそんな考えが浮かんでしまい、マカブルじいさんの不愉快な言葉を思い出した。
「邪魔しちゃ悪いと思って声かけなかったんだよ」
「いかにも男ずれしてないような、可愛いの連れてただろ」
つまり私だったら邪魔してもいい、汚れきった尻軽とでも言いたいのか。
文句はちゃんと言い返したはずなのに、また怒りがこみ上げる。
「しかし使用人って言っても、一度くらいは手を着けてやらにゃあ、逆に無礼ってもんだぞ。具合でも悪くなったのか、抱きかかえたりして、いい雰囲気だったと思うんだがね」
追加でこの言葉を思い出し、更にムカムカする。
持たせるもののラインナップに問題があるとはいえ、自ら荷物持ちを買って出ておきながら気絶してしまうような、役に立たない使用人をよく雇い続けているものだ。
やっぱり特別な感情の一つや二つ、あるんじゃないのか。
ベリオットが私を連れて帰って来たら、彼女はどんな顔をするんだろうと、意地悪なことを思いつく。
(同棲の話、やっぱりオッケーしちゃおうかな)
「まーね、帰って寝るわ」
宿屋の方に続く道に足を向けながら、ちょっと素っ気なく返事した。
「そうか」
彼の声の調子が、なんだか暗い。
「もしかして淋しいの?」
「ぅん」
私が頭の中で、自分への不満や専属メイドの悪口を言っているとは知らずに。
心の毒が削がれていくのが、自分でも分かる。
「あっという間だったしな。それにいつどうなるか、分らない身だ」
本当に帰るつもりだった。なのに、別れがたくなってしまった。
「明日休みだし、もうちょっとくらいなら、大丈夫よ」




