《51-4猥談大好きマカブルじいさん》
宝石屋のブースから、少し歩いた所で。
「よお、坊主」
顔色の悪い、枯れ枝のような手足のおじいさんが、カウンターからひょいと顔を出す。
坊主とは、ベリオットのことみたい。
「マカブルじいさん」
「知り合い?」
煙草のパイプを持つ指の、黒曜石のような尖った爪で、人間ではないのは察せられる。
「実家によく来てた、骨董屋だ」
マカブルじいさん、と呼ばれた老人のブースに並べられた品々を眺める。
封印の鎖がぐるぐるに巻かれた本や箱は時々、がたがた音を立てて、恨みがましく動いている。
見るからに骨董というよりも、呪物といった方が正しい。
「んん!? 連れてる女が前と違うじゃねえか。この前のはどうした?」
私の存在に気付いたそのマカブルじいさんという人は、いきなりとんでもないことを言い出した。
「何の話だ?」
「またまたトボケるなって。いかにも男ずれしてないような、可愛いの連れてただろ」
ベリオットを見上げると、彼は顔をしかめて「しばらく会わない間に、じいさんボケたのか? それとも変な煙草の吸い過ぎで……」
と、ブツブツ言いながら考えているようだった。
「もしかして、メルティナちゃんじゃない? 買い物連れて来たんでしょ?」
私がこそっと言うと、ベリオットは「うーん」と頭を傾けた。
「俺はじいさんに会うのなんて、もう何年振りかすら覚えてない。というか、生きてるとすら思ってなかった」
「その言い方はないだろう。儂はまだぴちぴち二五三歳だぞ!? この小僧めが、口の利き方も学んでない」
「かなり長生きなのね。最近は人間と、魔族の寿命はそう変わらないって、いつだか言ってたけど」
「俺と同世代くらいの奴は、せいぜい二〇〇年生きないのが普通だが。世代の違いもあるのかもな」
それとも、女連れの前で別の女の話をするくらいに性格が悪いと、魔族でも長生きするものなのだろうか。
「見たことろ人間の女だったみたいだが。しかしよお、お前の腕に抱かれたがってる女は魔界にもいっぱいいるじゃねえか。あのシジルとかいう上玉の女は、袖にしちまったんか?」
また、別の女の話が出された。今度は知らない名前だ。
「『ジシ』ル? 上玉? 袖にするも何も、知らん」
それでもきっぱりと否定(名前も間違っている)した、ベリオットの言葉に嘘はなさそう。
しかしじいさんは嘘を暴くような悪意のある笑みで、畳みかける。
「またまたあ。マアモン=ウルフクロウ侯爵の娘だよ。あの女、積極的だったろ?」
トウモロコシのような、欠けたボロボロの歯をかたかた鳴らすゲスな笑みが、私の神経を逆なでした。
「本当に、誰だ? じいさんの愛人じゃないのか?」
ようやくじいさんは笑うのをやめ「へ?」という顔になる。
「あの女、『ベリオットを絶対、自分のものにする』って、公言してたそうじゃねえか」
記憶を捻り出そうとしてか、ベリオットは眉間に皺を寄せて腕組みをし「……うーん」と唸っている。
「じゃ……じゃあ、ベル夫人はどうだ?」
またもやじいさんは、新たな女の名前を出した。
「……んー……んんんんん…………?」
しばらくうんうん唸った後、「ダメだ、思い出せない」という小声の結論が聞こえた。
「あのフェゴール将軍の、いいケツした女房だよ。覚えてないのか?」
「じいさん、尻はみんな同じじゃないのか?」
ベリオットの天然な発言に、つい口を挟む。
「違うわよ。お尻に限らなくても、体の部分は全部。それが犯罪の捜査に使われたりするし、手相占いなんてのもあるじゃない」
その内、尻占いなんてのができたりして。
似非の占い師なんかも、いっぱい湧いてきそうなジャンルだけど。
「他にもかわるがわる、いい女連れてたじゃないか」
「んんん? …………はっ!!」
悩んだ末に、ベリオットが何かを思い出したようだ。
(まさか本当に、他に女がいるの?)
私の頭と目頭が熱くなったと同時に、彼は深刻な顔で私を見下ろして宣言した。
「さっき俺の部屋に住むのが嫌だと言ってたが、強制的に連れて帰るからな!」
「え!?」
ビックリした拍子に、出かけた涙が引っ込んだ。
「……片時も、俺の傍を離れるな。そうだ、城の敷地がどうしても嫌なら、俺がアパルトマンを出て、そっちに住む!」
肩を抱き寄せられている最中も、私の頭は「?」マークでいっぱいだった。
それはじいさんも同じだったみたいで、目を丸くして「いきなりどうした?」とか言っている。
しかし次のベリオットの言葉で、意味を理解した。
「さっきから、心当たりのない話ばかり……まさか今度こそ本当に、偽物の俺がその辺で女を攫って殺しているんじゃ……!?」
「まさか。落ち着いて。デマ記事の時といい、過敏に反応し過ぎよ」
なだめてはみるものの、精巧な偽物を作る術が一つでないことは、ベリオットも私も知っているので、気休めにもならないだろう。
「当たり前だ。被害者の中にお前がいたんだから」
「おじいさん、最初の話に出てきた『人間の女』とベリオットを見かけたのはいつ? どこ?」
詳しく聴いた内容に心当たりがあれば、彼も安心するに違いない。
……私がムカつくのはさておき。
「ぁ……ああ。ついこの間だ。ここに買い物に来てて。儂に気付いてないみたいだし、邪魔しちゃ悪いから、声は掛けなかったんだ」
じいさんが見た時の状況を言うと、ベリオットの顔から深刻さが消えた。
「なんだ。そいつならたぶん、契約主の契約主の城で雇われてる使用人だ。買い物に行こうとしたら『荷物を持つのを手伝う』って言ったから連れてきた」
「城っていうと王城か。しかし使用人って言っても、一度くらいは手をつけてやらにゃあ、逆に無礼ってもんだぞ。具合でも悪くなったのか、抱きかかえたりして、いい雰囲気だったと思うんだがね」
予想以上にムカつく話だった。抱っこしたとか、聞いていない。
「荷物持ちの手伝いなら、他の二人の方が良かったんじゃない?」
あえて意地の悪い質問をした。
「マーはルベのとこに貸し出してたし、アルブはマリエラ王女に呼ばれてたから、頼めなかった。
で、メルを連れて行ったはいいが『まだ生きて動いてる』ハラワタと、目玉つきのしゃれこうべと毒虫の詰め合わせを持たせようとしたら、気絶したんだ。
……ていうか、使用人ってだけで手をつけてたら、収集つかなくないか? 国王なんか何人に手を着けることになる? ただでさえしなびかけてるのに、本当に枯れてしまうぞ」
ここから見える毒虫のブースには、口から触手を出した巨大芋虫に、大人の男性の手の平ほどある蜘蛛、それから無数の小さな脚をうごめかせるゴキブリのような黒い虫など。
虫嫌いが裸足で逃げ出すレベルのグロテスクな虫が並んでいる。
ああいうの、しかも「詰め合わせ」を渡されたメルちゃんの心情は、筆舌に尽くしがたい。
「シジルは一六の時に見合いした女で、ベル夫人はお前さんに、愛人契約の話を持ち出してきたじゃないか」
じいさんが他の女についても情報を付け加えると、ベリオットは彼女達に関する記憶を取り戻していった。
「『ジシル』は……親父の知り合いの娘か。で、ベル夫人は……あの若い男が好きな中年女か。
かわるがわる連れてた女とかいうのはたぶん……一時期いろんな女が寄って来ては、すぐに離れていったことがあったな。
そいつらはみんな『アンタといると馬鹿がうつる』って、キレ散らかしながら去っていくんだ」
「ジシルじゃなくて、シジルね」
思わず訂正してしまった。
今しがた聞いたばかりの名前を間違えるあたり、相手を略称で呼ぶことが多いのは、名前を覚えられないからではないかという疑いまで出てくる。
「……なんだ。この間の買い物と、ずいぶん前の話じゃないか」
ベリオットは胸を撫で下ろしているけれども、私はデートの最中に他の女の名前をベラベラ並べられ、不似合いだと言われたようで、かなり傷ついている。
それでも怒りの矛先を彼に向けられないのは、またしても自分の偽物出現を疑った時の、反応のせいだ。
「さっき俺の部屋に住むのを嫌だと言ってたが、強制的に連れて帰るからな!」
「……片時も、俺の傍を離れるな。そうだ、城の敷地がどうしても嫌なら俺がアパルトマンを出て、そっちに住む」
「デマ記事の時といい、過敏に反応し過ぎよ」
「当たり前だ。被害者の中にお前がいたんだから」
メルティナちゃんと行ったお店に行ってみたい、なんて言わないで、新しい部屋でゆっくり過ごすのを提案すればよかった。
「つまらんのお。お前さんは、女にはもてるがどこか抜けとる。脳まで筋肉になったんじゃねえだろうな?」
お嬢様や人妻との猥談を聴きそびれたじいさんは、その皺だらけの顔をさらに皺だらけにゆがめる。
「で、なんでそいつらの話を今してきたんだ? 色恋沙汰とか猥談が好きなのは相変わらずだが、こいつじゃダメなのか?」
「ん? てことはお前達もう……」
不快な発言がこれ以上出てくる前にと、じいさんの台詞を遮った。
「本当、変なの。ここまで猥談を期待するんなら、自分が愛人なり何なり作ればいいのに」
どうせ無理でしょうけど、と言わんばかりに言い放ってやった。
「怒らないでね。『どうせ無理』なんて、つゆほども思ってないわ。『お金払えば』きっと、一人くらいは見つかるわよ。『お金払えば』!」
「悪かったな、彼女の前で。可愛い娘じゃないか。ベリオットも相当、入れ込んでるようだし。
……ただ、こいつァ魔界でもててたから、人間連れてるのが意外だったんだよ。この前の娘も人間だったが、明らかにタイプが違うしな」
取り繕うように言うじいさんだが、私は人間じゃない。
そんな細かいことはどうでもいいし、この人は好きじゃないけど、聴きたい話が一つだけある。
「ところでおじいさん、ベリオットの実家に行ったのよね。どんなとこなの?」




