《51-3廃城の中で開かれる、ブラックマーケット》
今度の宿屋はメインストリートに面していて、前よりも少しだけ高いけど、勤め先とかなり近い。
長い滞在になることを宿屋の主人に伝え、中の状態を見せてもらう。
「ここに決めたわ」
ここへ宿泊する意思を告げて前払いで料金を支払い、部屋に入って荷物を下ろす。
「ところで、そのメルティナちゃんと行ったのって、なんていうお店? 私も行ってみたい」
「店っていうと変だが、アラディレーナ城郭」
この名前を聞いて、すぐに違和感を覚える。
「アラディレーナ城郭っていうと、山の中にあるっていう、廃城でしょ? 私この間行ったけど、盗賊しかいないわよ。まさか彼女も盗賊狩りするとか、言わないわよね」
さっきベリオットは「買い物」と言った。とてもそんな目的で、行く場所じゃない。
「普段なら何もない、ただの廃城だ。しかし月に何回か『エル・ドラード』って商人ギルドが、市を開く」
「あんまり公にはできない市? アラディレーナ城郭っていうのでも気になったんだけど」
アラディレーナ城郭が何なのかというと、魔法という言葉が使われるようになる前。
生まれながらに不思議な力を持ったが為に、肩身の狭い思いをしていた人達が、かつて身を寄せ合っていた建物だ。
もともとその城が誰が何の用途で建てられたのかは知らないけど、山奥の城にそういう人達と、そしてその力に肯定的な意味で興味を持っていた学者達が集まって研究をしたのが、魔法学の始まりだったとされている。
研究が進み、魔法という言葉が人々の間で定着して、彼ら……いわゆる魔力の強い者の存在が世間に認知されると、城郭は役割を失い、荒れ果てていった……らしい。
現代では大きな廃墟ということで、盗賊に根城として利用されている。
「いるのは人間だけじゃない。魔界の商人も天界人くずれの商人も、そこに来る。山奥だから、瞬間移動使うぞ」
次の瞬間、石造りの建物が目の前に現れる。
中に入ると、吊るされた骨のランプの青白い光が、建物内を煌々と照らしている。
なんで月に数度だけ、しかもこんな隠れるように市を開かなければならないのか、合点がいった。
「これは公にはできないわね」
煙草屋と銘打たれたブースには、見た事のない変わった銘柄の他に、私でも知っているオピニウムの類が堂々並んでいる。
本来美術館などにあるはずの美術品は、たぶん贋作や盗品(時効が過ぎているやつとか)が大半だろう。
「非合法かというと、そうでもないがね。魔族と人間の合同商人ギルドが、レオパルテの領土を数か所借りる見返りとして、国王に金を献上してる。だから、ある程度目こぼしされている」
「目こぼししちゃダメそうなものがいっぱい、見えるんだけど」
禍々しいオーラを放っている大きな虫の入った、透明なケースの前には「この虫は蟲毒によって作られました」と書かれたプレートが置いてある。
他にはできそこないのキメラの瓶詰や、魔物の卵。
レオパルテ王(ルートヴィグ王の浪費と、マリエラ王女のファザコンネタは鉄板だとか)や、その他の国家元首を揶揄した本や風刺画、流出したら大スキャンダルは免れない写真もある。
そして明らかに危険そうな商品には「こちらの商品は魔族の体質に合わせて製造しております。目的に沿わない使用による結果は、自己責任でお願い致します」と注意書きがされていた。
「たとえ告発したとしても、魔族と人間、両方が利用する店だということと、この注意書きの存在を出されて、無罪で終わるだろうな」
「法律で問題なかったとしても、元首連盟にこの事ばれたら、レオパルテの王様、世界から大バッシング喰らうでしょうに」
照明だって、動物だけでなく人の頭蓋骨のもあるし、その中身はおそらくだが中途半端な罪人の人魂、いわゆる「ウィル・オ・ウィスプ」じゃないだろうか。
これだけでも、特に「先進的」を目指している国々の元首からは「非人道的だ!」と罵声を浴びせられるだろう。
「だろうな。特にオピニウムみたいな薬や、死体を使った品物なんかは……」
「きゃっ、何アレ!?」
私はその薄気味悪い物を、震える指で差した。ミイラが、死体が切り売りされているではないか。
「ミイラのパーツ売りだろ」
「……誰が、何のために買うのよ、あんなもん」
「呪具にするか、薬だろう。俺も時々買うし、お前も飲んだじゃないか」
「……そうだったわね」
初めて賞金首を殺して貧血を起こしてしまった私に、吸血鬼のミイラを使った薬を、ベリオットが作ってくれたっけ。
あまりに強烈なトラウマだったから、脳が記憶を隅に追いやっていた。
「いらっしゃい。珍しいものそろってるよ」
がっしりした体型の、髭の濃いアクセサリー屋が声をかけてくる。
「お嬢さん、見てやってくれ。王妃や貴婦人を虜にした、宝石の数々。中にはちょっと危険なものもあるけどね」
彼の広げるシートの上には、大ぶりな宝石や、豪奢なデザインのアクセサリーが並んでいる。
その中でも、ある大ぶりなネックレスについたピンク色の石が、ウィンクするように瞬いた。
私の興味を見抜いたらしい商人の目が、ブラックダイヤのように輝いた。
「お嬢さんお目が高い。それはポートレッタイトという、それはそれは貴重な宝石さ。ダイヤモンド以上に希少、といえば解りやすい。
だがそのネックレスは持ち主に死をもたらしながら、所有者を変えていく。しかし、これを欲しがるものは、後を絶たない。まさに魔性の宝石なのさ」
歴代の所有者……今はなき帝国の、建国当時の皇妃をはじめとする、そうそうたる名前が商人の口から流れ出る。
それからその、断末魔が聞こえてきそうな悲惨な最期の遂げ方も。
怪しく笑む商人の歯が光り、魔性の宝石のエピソードがしめくくられる。
ベリオットが宝石を指して言う。
「買ってやろうか?」
買うのか。今のエピソードで。
「お客さん……今の話、聴いてた?」
薦めていたはずの商人も、呆れ顔になる。
「いやに熱心に聴いてたろ。欲しいんじゃないのか? それに今の話でも、歴史に残る貴婦人とやらは、いつも変なものを欲しがる。貴婦人の欲しがるものは、だいたいの女も欲しがる」
「話に聴き入ってただけ。私、幽霊とかは苦手だけど、不思議なお話は好きなの」
加えて、私の一年分の稼ぎでも届かないほどの値札がついている。
それをいくら恋人とはいえ、「買ってくれ」だなんて言うわけはない。
「『いわくのある宝石をモデルにした』アクセサリーをつけても『本物でもない限り』祟りはないさ」
しれっと、ベリオットは呪いのポードレッタイトを、偽物認定してしまった。
店主は当然ムッと口角を上げて言い返す。
「『偽物だ』と言いたいのかね?」
「本物は、この値段では済まん。いわくつきの宝石にあえて手を出すような奴は、この値札の一〇〇倍は出すぞ」
なるほど、多くの人の願いを叶えるという商売をする以上、金品や宝石はどこかで必ず絡んでくる。
「じゃあ今じゃなくて、一年取り置きして、この商人さんが生きてたら考えるわ」
私の冗談を真に受けたのか、店主が「エッ!?」と小さく叫んだ。
「だけど、すごくきれいね。そんなのがモデルのアクセサリーなんて、それはそれでなにかありそう」
私が言うと、ベリオットは偽の宝石を手に取った。
「石のついた装飾品は力を持ちやすいからな」
「ここから、新しい呪いの物語が始まったりしてね」




