【第51話 ミスティ編:人間界の魔境】] 《51-1疑惑の香りと強制尋問》
母さんと私の無実を証明した時は、村長の口を操って、本当の事を村人全員の前で白状させた。
それを今ベリオットは、私にしようとしている。
「入れたのは男か?」
「ええ」
何故かは分からないが、この質問からしてベリオットは、私の浮気を疑っているようだ。
返答を聴いたベリオットは、私の両肩に置いた手を、今にも首に掛けそうなほど怒った顔になった。
「フェデリコか?」
「ええ」
なんで彼の名前を言い当てたかもそうだが、ここに二人でいたわけでもないし、浮気自体していない。
それを言いたいのに、私自身の口が、ベリオットに尋ねられたこと以外を喋るのを許さない。
「ここで何をした? 答えろ……!」
「指輪『と』交換した」
自分の口から出る言葉を聞きながら、疑われた理由を考える。
フェデリコを部屋に入れるところを偶然見た、とか?
しかしそれなら一緒にいたスリザスさんのことにも、言及されていなければおかしい。
「指輪『を』交換?」
ベリオットが顔をしかめて訊き返してくる。
単なる聞き間違いか、まさか人間が取引の対象だとは、彼の倫理観でも思わないのだろうか。
ベリオット達魔族なら、奴隷や何かしらの材料として、人間を品物のように扱うことも普通にありそうだが。
「違う。指輪とフェデリコを交換する取引をしたの」
私の口は再び言い直したが、ベリオットはまだ首を傾げていた。
ベリオットの頭の中に、スリザスさんの存在がない状態で話が進んでいるから、ややこしい状態になっているのだが、操られている状態では、それを説明する術はない。
もう一人の人の存在を示すことができれば、少なくとも浮気疑惑を晴らすことだけは、できるのだけど(そういう変態趣味がある、と更に疑われれば詰みだが)。
「意味が分からん。詳しく話せ」
彼に命じられると、私の唇は再び動いて、状況の説明が始まる。
「海底の遺跡で、魔法の指輪を手に入れたの」
これでもう一人の存在を言えるとホッとしたものの、別の危惧が頭に浮かんだ。
(スリザスさんの名前を出して、大丈夫かしら?)
スリザスさんはアル達との何らかの関わり、彼らに私の荷物を託していることから、少なくとも面識はある。
そのスリザスさんを部屋に招いて、海神王の指輪について相談したなんて知られるのは、なんとなくあまり良くない状況になりそう。
あの時の状況が頭に浮かべながら「スリザスさん」の部分を、「研究者の人」という呼び方で強く意識した。
「もしかしたら海神王の指輪じゃないかと思って、知り合いの『研究者の人』をここに呼んで、鑑定してもらった」
試みは成功し、口はその通りに動いてくれた。
嘘さえついていなければ、ベリオットの欲しい情報を話す妨げにならなければ、操られている側も言葉を選ぶことができるみたいと、今ので判明する。
「フェデリコは、その研究者が連れてた。彼をすごく恨んでる人と会うから、その人に引き渡す予定で捕まえたって」
「指輪の、鑑定の結果は?」
「違った。でも『魔法の品としてはいいものだから、譲ってくれ』って。私が承諾すれば、フェデリコを引き渡すのは、やめるって言われた」
「そんな価値のありそうなものと交換するほど、あの男が大切か? 思ってみれば、何かにつけてお前はあいつを庇う」
「せっかく無実が証明されて、死刑じゃなくなったんだから、助かっては欲しい」
たぶんベリオットは、お見合いパーティーについてのデマ記事についても言っている。
あれを書いたのが内容含めて王様に書かされたものだとはいえ、私は何も知らないベリオットを騙すのに近い形で、フェデリコに彼の怒りが向くのを避けようとした。
「お見合いパーティの記事を書いた記者について、ベリオットを騙そうとしたのは、悪かったとは思う。
でも正直に話して、あなたが彼を殺してしまったり、今回の件でも、もしその恨んでる人に引き渡されて、過激な復讐をされて死なれちゃったりしたら、一緒に法廷に立った女の子達に申し訳ない。
彼女達ともせっかく仲良くなれそうなのに、顔向けできないことはしたくない」
ここまでの説明で、浮気疑惑も、持っていた指輪が海神王の指輪ではないかという疑いも晴れた、はず。
ずっと緊張しっぱなしで疲れてきたのもあり、もう終わりかなと期待した。
しかしまだ、彼の詰問は続く。
「指輪のこと、何故黙っていた?」
(やっぱりそれ……言われるか)
彼からしたら、神器かもしれない指輪の存在を隠していた時点で、裏切り決定なのだろう。
「エースペードが関係あるのか?」
アルは他の神器を持っているし、私と幼馴染だと、彼に知られてしまっている。
まさか今度は、持っていた指輪が神器だったら彼に渡すつもりだったんじゃないかとか、疑われてでもいるんだろうか。
「あるといえば、ある。武道大会の時の彼への扱いを見たから。言えなかった。もし指輪が本当に海神王の指輪で、持っているのがばれたら、死刑にされると思ったから」
「俺にだけ、言えばよかったんじゃないのか?」
それはできない。
「あなたも、レオパルテと契約してるようなものでしょ。私から指輪のことを聴いて、ギャラクスさんや王様にそれを言わないのはダメ。あなたが契約違反になるかもしれない」
海神王の神器かもしれない指輪を隠す行為に、彼が加担する形になってしまう。
これは契約違反、つまり魔族に課せられるペナルティの対象になるかもしれない。
彼らの欲しがっている神器でなかったらセーフなのか、それとも可能性があるのに報告しなかった時点でダメなのか。
その罪の重さがどのくらいで、どんなペナルティがあるのかも分からないのだ。
「もしなったとして、あなたに課されるペナルティが、どんなものかも分からない。運よく違反にならなかったとしても、王様の不興は絶対に買う。
死刑判決なんてことにはならなくても、遠くへの長期任務なんて名目で、遠くへ行かされることになっちゃったら……私、きっと死んじゃう。もう引き裂かれるようなこと、されたくない。離れたくないよ」
恥ずかしい言葉が次々あふれ出てきて、口を閉じようと慌てた。
だけどまだ魔法は解除されていないので、いうことをきいてくれない。顔が熱くなって頭はパニックになるのに、舌は嫌になるほど滑らかに動いた。
「エースペードとは、友人関係を続けるつもりはあるか?」
「ない。大会の後私はアルに、トリフィラートに帰るように言った。彼とは一生会うつもりはない」
「……これで最後にする。他に隠し事はないか?」
「好奇心に負けて、Hな本買った」
今までの流れとは関係なかったので失念していた、重大な秘密が暴かれてしまった。
マリオネットの糸が切れたように、急に膝が崩れた。万物の王が解かれ、解放されたのだ。
体が自由になって最初にしたのは、両手で顔を覆うことだった。
「お墓の下までもってくはずだったのに……お願い、もう殺して」
自分の意思で体を動かせるようになったのに、口は偽らざる本音を垂れ流し続ける。
美術の本の中に、そういう表現があるのではない。正真正銘のポルノ雑誌だ。
美術の本でアルに怒られた時に「私だっていつか彼氏できるかもだし、免疫つけとこうと思って」と言い訳して、もっと怒られた事あったなあ……なんて、懐かしい黒歴史が思い出された。
アルだからあんな言い訳ができたが、ベリオットに「いつかあなたとそういうことするかもだし、免疫つけとこうと思って」だなんて、死んでも言えない。
体がフワッと浮いたかと思うと、ベリオットが私を抱き起こしていた。
「どうして浮気なんて、疑ったの?」
ここに来た時、ベリオットは特に怒っていなかったようだし、普通に話していた。
それが急に喋るのを止めて、強引な尋問をしてきた。
何がきっかけで、ここにフェデリコがいたことを察したか、なぜ彼に限定されて浮気を疑われたのか、私には皆目見当がつかない。
「ベッドに座った時に、香水の匂いがした。フェデリコがつけてるのと、同じやつ。そばに近付いてみたら、お前からも、その匂いがしたから」
思い返してみれば椅子をすすめたにも関わらず、フェデリコは始終ベッドに座っていて、時折寝転んだりもしていた。
あれで香水の匂いが染みついたみたい。ついでに言えば彼は、私の肩を掴んだりもしたし。
彼らが帰った後、カップの片付けに流し台に行って、ベッドに近付いていなかったから気が付かなかった。
フェデリコの忠告「いいの? ベリオット君いないのに、他の男、この部屋に入れちゃって」が、頭に蘇る。
まったくもってその通りだったけど、トラブルのきっかけが彼の香水だったことに、得も言われぬ腹立ちがこみ上げる。
「……今度会ったら、消臭剤ぶっかけてやる」
「会う前提があるような言い方だな」
「だって、常に都をうろついてて、どこにでも現れるじゃない。お店にお客として来ることも、あるかもだし」
記者とという職業柄、自宅兼事務所のある城下エリアだけにとどまることはないだろうし、もとは世界中を飛び回っていたくらい、フットワークは軽い。
彼の活動拠点について私は詳しく知らない。
けど、被害者の女の子二人両方に手を着けているっぽいから、少なくともマルゲリータの家のパン屋がある北西エリア、フォリーが住み込みで働いているミュージックホールがある北東エリアには現れているのではないだろうか。
「俺が嫌いになったか?」
「嫌いにはなってない……けど」
尋問のことを怒っているわけではないが、疑問が湧いたので尋ねてみた。
「ベリオットの方こそ、私でいいの? 別れようと思わなかったの?」
「何でそう思う?」
「だって、ベッドから他の男の香水の匂いがしたなんて、即別れを選ぶ方が普通じゃない?」
普通ならそこで寝た、という決定的な証拠だろう。……その普通じゃない状況が今回だったわけだけど。
「理由訊くとしても、強制的に口を操らなきゃ、ホントのことを話してくれないと思うような信用のない女、連れてたいと思う? まぁ……そういう意味だと、いきなり操られたのは結構ショックかもね」
理由が判明した今となっては、私にも非があったとは思える。
だからといって、せめて最初は普通に訊けばいいのに、最初から私が嘘をつく前提みたいで、腹は立つし傷つく。
「信用したかった。だからやった。特殊で、やむを得ない事情……例えばそうだな。フェデリコが国王の醜聞をネタに、本当のことばかりの記事を書いたとか。
あるいは国王の愛人を寝取ったり、マリエラ王女に手を出したりとかで国王と喧嘩になって、酒瓶で殴って逃走して……とかの理由で衛兵や暗殺者から逃げるハメになって、
その道すがら、ゴシップ記事を書かれた貴族やヤクザの親分や、恋人を寝取られた男達やら弄ばれて捨てられた女達が包丁や鎌を持って追いかけて来たとか。
で、そいつらからの逃走中に転んだ拍子に老人を突き飛ばしたが、そいつが実は宗教連盟のトップで、聖職者達にも追いかけられて……集団リンチの挙句に、瀕死の状態でこの部屋の前に捨てられたから、仕方なくベッドで寝かせて介抱を」
「……確かに特殊な事情だけど、そこまでいくと私も助けないわよ」
というか、本当にそんなことをしでかしていたら、集団リンチで済まないでしょうに。
「なんでもいいから、お前の口から心からの否定が聴きたかった。本当に……すまん」
謝罪すると、頭を垂れて分かりやすく落ち込むベリオット。
こんなでかい体でしゅーんとしている姿が、なんとも可愛い。帝国を落とした将軍の一人だなんて、信じられないくらいに。
手を伸ばして、彼の頬と髪に触れる。
「本当に悪いと思うなら、私のお願い、聞いてもらっていい?」




