《50-4交渉の後》
二人が帰った後、ティーカップを洗って乾かしていると、ドアがノックされた。
「俺だ」
どうぞ、と呼ぶと、ベリオットの姿が私の横に現れる。
「会いに来てくれたの。お茶淹れるね」
クロスの上に逆さに置いた、ティーカップを拭こうして手に取った。
「いや、すぐに出るからいい」
近くに用事でもあって、ついでに顔を見せにでも来てくれたんだろう。
「あの後、大変だったみたいね」
「いや、特に咎めはなかった」
ベリオットとルベオルスの二人は結局、お見合いを断り、フェデリコは地面にめり込む勢いで王様に頭を下げて、訂正記事の発行の許しをもらったのだとか。
だけど怒られたり、処罰されたわけではないのは、さっきフェデリコから聴いた。
「なんか急いで訂正記事出すのに、四人で頑張ったんだって?」
王様への謝罪の後、一秒でも早く世間に広まったを誤報を取り消す為、ベリオットがフェデリコに宮殿アパルトマンにある部屋をフェデリコに貸し、そこで記事の原稿が書かれることになったらしい。
フェデリコが原稿を書き終えるまでの間、サンテッソが王廷騎士二人の写真を撮り、ルベオルスが新聞社に電信して紙面を確保。
ベリオットが瞬間移動で校閲と責任者を連れてきて、その場でできた原稿と写真のチェックと話し合いがなされ……と、かなり急ピッチで行程が進められた。
そしてめでたく「ベリオット、ルベオルスが貴族令嬢と見合いをするという話は誤報でした、世間の皆様ごめんなさい」という内容の記事が発行された……という。
「ドタキャンされた娘さん達は?」
窓から見えるお城では、花火や祝砲が上がっている。ということは、何かしらのパーティは行われているようだが。
「ペルの奴が、アパルトマンにいた貴族の息子達も集めて、貴族同士の見合いパーティーに変更してくれた」
王様の意図とは違ったかもしれないが、娘さん達の身支度や予定の調整に費やした時間や労力は、無駄にはならなかったようだ。
中には「ベリオットもしくはルベオルスと、絶対に結婚する!」と意気込んでいる人もいただろうから、彼女らは、ガッカリかもしれないけど。
「ペルって、ペルラさんのことね。機転利かせてくれたんだ、彼女がいて良かったわね。じゃあ今日は何してたの?」
もともとの予定では、本当は今日もお見合いパーティーだったはず。
「ルベの奴と手合わせしてた」
「そっか、パーティ不参加で、お兄ちゃんも暇になったもんね。だけど、勝負になるの? 二人とも戦い方全然、違うじゃない」
ルベオルスは剣。対してベリオットは素手と言うか、攻撃魔法が主だったはず。
「そうだな、正反対だ。だからか勝負がついたことは一度もない」
「ついた事ないの!?」
つまり得意分野が違うだけで、ベリオットとお兄ちゃんは互角、ということが推測できる。
アル、殺されなくてよかった。
武道大会でお兄ちゃんに腕を落とされて、瀕死になった彼の姿を思い出すと、嫌なドキドキで心臓が波打った。
レオパルテは世界各国を攻めると言っていた。
だからトリフィラートに帰っても、アルはまた、戦うのかもしれない。だから「逃げて」なんて言っても、無駄だったのかもしれない。
彼らがまた再会して戦うことになったらと思うと、血の気が引く。
「あいつは器用で素早いが、武器に掛けるタイプの魔法以外は使えない。だが、剣で攻撃魔法や霊体のような、実体を持たないものでも斬ることができる。
反対に俺は剣とかの武器が使えないかわりに、物理的な武器の攻撃……あいつみたいに、武器に魔法を付与した形でなければ効か……」
ベッドに腰を勢いよく落としたところで、ベリオットは急に話すのを止めた。
「誰か、来てたのか?」
「? まあ、ちょっとね」
この時は単純に、私がティーカップを洗って干していたことを、言っているんだと思っていた。
だから彼の声の重みや暗さに、気付けずにいたのだ。
無言で私を見詰めながら、彼はベッドから立ち上がった。いつもとほとんど変わらない無表情のはずなのに、纏っている空気が、肌がピリピリしそうなほどに冷たい。
なんだか目を合わせるのが怖い、と視線を逸らそうとして、異変に気付いた。
(え、な……何? 目どころか、体が動かないんだけど!?)
ベリオットが私の唇を指でなぞると、私の意思とは関係なく口が動いて、質問に答える。
「ええ」
(まさか『万物の王』!?)
対象を意のままに操る魔法を、彼が私の口にかけている。




