《50-3魔法の指輪の値段》
「オッサン……スリザスさんだっけ? 随分詳しいね」
フェデリコの口調が、疑念を含んでいる。
要するに「本当の話? 作り話じゃないの?」とでも言いたげに。
スリザスさんが答える。
「怪物召喚の魔法を神殿に設置したのは、俺の先祖だ。『白宝玉の民』と呼ばれる集団で、歴史の語り部なんて通称までついてる。
その先祖が残した文献によれば、三大神の神殿には必ず、神器の間、もしくはそこに辿り着く前の場所に、番人となる怪物をつけているんだと。
俺の身分を疑うなら、レガリアの魔導研究機関に問い合わせてみろ」
魔導研究機関への所属という説得力に、フェデリコは突っかかるのをやめた。
「もっとも、お前のようなチンピラもどき、門前払いだろうけどな。怪しまれて射殺されなきゃ、いい方だ」
「んだと!?」
喰って掛かろうとするフェデリコを無視して、スリザスさんは次の話に移る。
「さてミスティ、今度は俺から話いいか?」
「ええ、何?」
「さっきも言った通り、おそらくこの指輪は海神王の指輪じゃない可能性が高い。ただ、魔法の品としてはかなり、いいもので間違いない。
だから譲ってもらうことはできないか? 一度持ち帰って、もっと詳しく鑑定したい」
「うーん」
海神王の指輪じゃないのなら、それはちょっと困る。
「正直ちょっと、惜しいかも。持っているのは確かに怖かったけど、困った時はこっそり使ってたし。取得したい魔法を練習する時とか、便利だったのよね」
「素養のない魔法が使えるのは、指輪持ってる間だけじゃないの?」
ベッドに腰かけていたフェデリコが、いつの間にか靴を脱いで寝そべっている。
「そうでもないのよ。繰り返し使ってる内に、指輪してなくてもできるようになるの。現に私、念写……モナ夫人が私に送りつけてきた写真のやつ。練習して使えるようになったのよ。念写なら、私も写真に写れることが分かって」
百聞は一見に如かずと、棚にしまっていた念写コレクションをテーブルに出した。
「見てこれ。念写で作ったの。着てみたい服とかやってみたい髪型とか、行ってみたい場所の写真とか絵を見て、自分の姿と合わせてしっかりイメージするの。
その状態で紙を持つと……こうやって合成された映像が出てくるよ」
比較対象として、もとにしたおしゃれな女優さんとか歌手の写真などの、記事の切り抜きや広告チラシを隣に並べてみせる。
「えっ、これ念写で!?」
ベッドから身を起こして、フェデリコは私の自作肖像写真コレクションを一、二枚手に取る。
「うん。猫ちゃん抱っこしてるやつは、指輪なし。繰り返して遊んでいる内に、習得できたわ」
スリザスさんからの解説が加わる。
「素養のない魔法でも、指輪のある状態で繰り返し使っていると、体が魔力回路の開き方、気の練り方を覚えていくんだ。魔法石を使った、典型的な訓練方法だな。
だいたいは自分の素養に近い順……あるいはできる奴は自分の素養の魔法を『反転』させて、あえて反対の素養から習得していくなんて、やり方もする」
「……怖がってる割には、楽しんでるね」
普通に写真にも写れるフェデリコには、とうてい理解できない気持ちだろう。
「だって、私だって写真に写りたいもん。裁判の時の記録写真だって、私だけ、ペルラさんのジェルボールで作った人形よ。人形のフェデリコに撮ってもらった写真なんて、まるで心霊写真だし」
王廷騎士のペルラさんが持っている「ジェルボール」は、そっくりな即席人形が作れる魔法アイテムだ。
更には髪の毛や爪、持ち物の一部を練り込むと記憶も移せるという、世にも恐ろしい道具である。
私の気持ちを少しでも理解してもらいたくて、力説と共に、偽のフェデリコが撮った、件の写真をテーブルに置いた。
「『盗賊狩りのサフォーは写真に写らない』を検証したのがこれ。まったくの透明とかじゃなくても、これじゃああんまりでしょ。でも、モナ夫人の嫌がらせ写真では、バッチリ写ってるの思い出して『これなら!』と思ってね」
それが見事に成功したのが、この写真達である。
「あ、そうそう。月末にフォリーとマルガリータと私の三人で集まる予定だから、その時に二人にも見せるんだ」
単に裁判記録で思い出したから言ったのだが、フェデリコが明らかに気まずそうに硬直した。
「なるほど。確かに惜しい気持ちは解る。もちろんタダでよこせ、なんて言わないさ」
スリザスさんの言葉で、話は指輪を譲る譲らないの話に戻る。
「お前の言い値で……あるいは」
彼の視線が、フェデリコに泳ぐ。
「そいつの命でどうだ?」
「「なんで!?」」
私とフェデリコが、同時に突っ込んだ。
「身内とか、友達や恋人ならともかく……この人、赤の他人よ?」
「えーっ、ミスティちゃん、俺のこと赤の他人だと思ってたの!?」
「むしろそれ以外の何?」
友達にもなった覚えはないし、ましてや実は血が繋がっているなんて言われたら、私はその場で卒倒するだろう。
しかしスリザスさんは、私が指輪よりもフェデリコの命を取るという、確信がありそう。
「俺がこれから会う奴は、さっきも言った通り、こいつをかなり恨んでる。地位も権力も金もあるから、そいつを殺してもみ消すなんて、造作もない。
せっかく助けた命だろう? ここで死なせたら、一緒にこいつの無実を訴えた、他の二人も悲しむんじゃないか?」
それを言われると、弱い。
私の一存で、彼女達の時間も労力も、無駄になってしまうかもしれないのは、さすがに心が痛む。
……ちょっと気になるのは、当のフェデリコの様子がおかしい。
権力者に殺されるレベルで恨まれているなら、焦るのも当たり前のはずなのに、そういう理由だけじゃない気がしてならない。
そしてひょっとしたら、この話を聴いた彼女達が「いいですよ、そんな男」とか言いかねないような。そんな予感もする。
「繰り返すが、かなりいいものなのは間違いない。海神王の指輪と疑われる、あるいはイチャモンの材料にされた挙句、殺されて没収……ってこともありうる。本当に違ったとしても、事実は握りつぶされて……」
スリザスさんの不吉な予言の途中で、突然フェデリコが、勢いよく立ち上がった。
「そうなったら、今度は俺が証言する!」
力強く彼は宣言してくれたが、スリザスさんにはあえなく一蹴されてしまう。
「殺されてからじゃ遅い。王族相手に、たかがチンピラ記者の証言ごときが役に立つとでも思うか? その頃には、レオパルテにいるどころか、生きてるかすら怪しいのに」
フェデリコにボロカス言った後、彼はもう一度、交渉の内容を繰り返す。
「もし指輪を譲ってくれたら、この記者を売り飛ばすのは中止してやる。どうする?」
「わかった、指輪はスリザスさんに渡す」
本当は惜しい。惜しいけど、肩の荷が降りるのも感じた。
「ちょっと待ってよ、いいの!? 明らかにそのオッサン、吹っ掛けてるじゃん!!」
自分の命が掛かっているのを忘れているのか、私の両肩をフェデリコが掴んで乱暴に揺する。
頭が揺れたのと、彼の香水の匂いで酔ってしまい、頭がクラクラする。
「あなた言ってたじゃない、王様はベリオットと私を別れさせたがってるって。それなら私を適当な罪人にでも仕立て上げて、消しちゃうのが一番だと思う。それに」
なんだかんだ言いながら一番の決定打はやっぱり、私はあの王様が怖い。これに尽きる。
しかしだからでこそ、フェデリコに感謝していることがある。
「それに?」
「訂正記事、本当に書いてくれたでしょ。あの王様の意向に逆らうの、すごく勇気要ると思う。ありがと」




