《50-2恋人にも言えぬ秘め事》]
「じゃあ、今日はどうして一人でレオパルテに?」
「ちょっと野暮用でな」
その野暮用って何? と詳しく訊こうとしたところで、私はスリザスさんに「あのこと」を相談したかったのを思い出した。
「あのー……その野暮用が済んで、彼を売り飛ばし終わったら、少しだけ時間取ってもらうことって、できないですか?」
「今、言えないことか?」
スリザスさんの声と、フェデリコの「ちょっと! 俺は売り飛ばされる前提なの!?」と喚くのが被る。
「うん、他の人には絶対聞かれたくない」
通行人に立ち聞きされるのも、危ない。するとフェデリコが話に割り込む。
「……それって、ベリオット君にも言えない話?」
失敗したな、と思った。
今後スリザスさんに会える機会は、私が自らレガリアに行く時くらいだろう。
だから今を逃してはいけないと思って言った。
しかし内容は言わなくとも「私が秘密の話をしようとした」と、第三者に認識されてしまうのも、なかなかに困る。
(これ以上フェデリコに聞かれず、スリザスさんにだけ用件を伝えるには)
隠し持った海神王の指輪に念を送り、テレパシーを発動する。
通じてくれたらしく、スリザスさんは深刻そうに眉間に皺を寄せた。
「なるほど。こんな街中、しかもこんな口の軽そうなのの前では」
「今ので解ったの!?」
フェデリコの反応で、私の心の声が、スリザスさんにしか聞こえてないのを確認できた。
「近くで場所を取ろうか。俺の用事は後でいいから、近くの宿屋を取って」
「ちょっとオッサン、ダメっすよ! この娘彼氏いるんだから! 何考えてんですか!?」
宿屋と聞いてロクでもないことを想像したのであろう、フェデリコが私とスリザスさんの間に入る。
「彼氏ってことは、例の男には会えたのか」
「ええ。生き別れのお兄ちゃんにも会えたわ。それで場所についてだけど、少し歩いてもいいなら、都外れに私の拠点にしてる宿屋があるから、そこで話す。余分にお金かけなくてもいいし。だけど……」
フェデリコには、どう口止めしたものか。
私がスリザスさんと二人で会っていたことより、秘密があることそのものを、忘れてもらいたいのだけど。
「こいつはここであった事を、他人に喋ったら発動する呪いでもかけて……いや、一緒に連れて行こう」
「でも」
「いいから」
スリザスさんに押し切られる形で、フェデリコも部屋に招き入れることになる。
壁に備え付けられたコート掛けのフックに二人分の上着を預かり、お茶を準備していると、拘束を解かれたフェデリコが小声で耳打ちしてきた。
「いいの? ベリオット君いないのに、他の男、この部屋に入れちゃって」
下品な想像は、まだ続いているらしい。
淹れたお茶を彼にも渡し、スリザスさんの前に置く。
「オリヴィエくらいなら、何度か来てるわよ。じゃ、てきとうに座って」
「ローラちゃん一緒でしょ」
この男の下劣な思考回路は放っておいて、私はスリザスさんの対面に座る。
「スリザスさん、これどう思う?」
テーブルの上に指輪を置いて、私はスリザスさんに意見を求めた。
先ほどのテレパシーで私はスリザスさんに「海神王の指輪を拾ってしまったかもしれない」と送っていた。
フェデリコはやっぱり「どう思うって何が?」と、当然の反応をしている。
スリザスさんは一度指輪を手に取って、じーっと眺めてから言う。
「今の段階では何とも言えない。判断する前に、これをどこでどうやって手に入れたか、教えてくれ」
「え、と」
記憶からあの日のことを引っ張り出し、口に出していく。
海で泳いでいて、海底鉱脈の光を辿った先に神殿があったこと。その中で指輪を見つけて、きれいだと思ってつい手に取ってしまったこと。
その時に突然起こった激しい海流に呑まれ、宿屋の部屋で目を覚ましたこと。
ベッドに腰かけたフェデリコが言った。
「夢じゃないの?」
「そこでいいの? 椅子使いなよ」
「いーや、お構いなく」
「じゃあ構わず続ける。起きた時はずぶ濡れで、手には指輪を握ってた。それで、もしかしたら帰ってこれたのは、指輪のおかげじゃないかって思った。私、瞬間移動なんか、できないはずだし」
もしかしたら魔石の類ではないかと思い、魔法事典で適当な素養のない魔法を調べて試してみると、できてしまったこと。
「手の中で、小さいとはいえ火が起こせたから、ビックリした。私の素養は水だから」
素養については、小さい頃に調べた事がある。
母さんが生きていた頃言っていたのだが、まだ赤ちゃんだった頃の私は、手の平から水が出て来る事があったらしい。
汗にしては量が多すぎるのと、手の平に限定されていたことから、最初は特殊な病気だと思って、街の大きな施療院の医者に見せたのだそうだ。
そしてその水は、私の魔法の素養によるものだと判明した。
大きくなるにつれ、量やタイミング、そして温度をコントロールできるようになり、一一~一二歳ごろには、氷が作れるようになった。
「さっきのテレパシーも、指輪でやったのか」
スリザスさんがテレパシーについて言及すると、フェデリコが「会話が所々ヘンだったのは、そういうことか」と、独り言を言った。
「その後、神器の事を聴く機会があって、それが海神王の指輪なんじゃないかって、疑いが出て。詳しく聴けば聴くほど、疑いは深まっていくばかりで。……でも、もしこれが本当に海神王の指輪だったら」
「処刑されるだろうな」
私の想像と同じ答えが、スリザスさんの口からも出る。
「……やっぱりそう思う?」
「天空王と大地神王の神器を持ってた、アルフィードの奴も、死刑にされかけただろ?」
彼の言う通り、闘技場での武術大会のつもりで進行していたはずが、決勝になったら急に、神器を盗んだ罪を裁くための神明裁判に変わってしまった。
「一応無罪にはなったけど、かなりイチャモンに近かったし。もしこれが本当に神器で、持ってるのがバレたら私も処刑されるんじゃないかって、怖くて誰にも言えなかった」
「たぶんレオパルテ側も、神器が欲しいだろうしな。三つ揃えて複製品をいくらか作ることができれば、世界征服も夢じゃない」
アル達の扱いと、そして明らかに私を良く思っていないレオパルテの王様が、死刑判決を下さない保証はあるだろうか。
「あー、そういうこと。そりゃベリオット君には言えないわな。信頼関係云々じゃなくて」
何だかフェデリコは、やたらとベリオットを気にかけている。
「ただ、お前の言う話だけだと、本物かどうかは判断しがたい。手に入れた時の状況を、もっと詳しく話せるか? 例えば、何か怪物に襲われた……とか」
スリザスさんに言われて、もっと記憶を引っ張り出すべく、頭をひねる。
「怪物はない……けど。大勢の、人魚の幽霊には遭った。『ここはあなた様の、いるべき場所でございます』って言われて、そのすぐ後に溺れたの」
「指輪を手に取った、『後』だな?」
念を押すように「後」を強調するスリザスさん。
「うん。何? 指輪を見つけるとか、取る前とかに、何かあるの?」
「結論を言うと、この指輪はたぶん、海神王の指輪じゃない」
ちょっと信じられない。
ベリオットから聴いている、海神王の神殿の話と私の入った神殿の特徴は、ほぼ完全に一致しているのに。
「『海神王の神殿は、海底にある』ここまでは一致してる。しかし文献が本当なら、神器が安置されている部屋に着く前に、リヴァイアサンに襲われるはずだ。そこから判断するに、たぶん違う」




