《49-4クズ記者の、真実の伝え方》
「あんたら、これを書いた記者を知らないか?」
ベリオットの質問に答えず、記者二人は目線で会話している。
フェデリコが答える代わりに質問で返す。
「……ちなみに、書いた奴には何するつもり?」
「こ……いや。行方ふめ……この言葉もまずいか。遠くへ行ってもらう。誰がいくら金を懸けて、どれだけ大規模な捜索をしても、絶対に見つからないように」
あ、いけない。
もともと低いベリオットの声だが、普段よりもっと低くなって、冷たさを帯びているし、立場上言ってはいけないような言葉が、断片的に出てしまっている。
ここで言っている「遠くへ」はたぶん「あの世」という意味だ。
そう悟った私は彼らの間に立つ形で、ベリオットの方を向いて言った。
「私も今思い出したんだけど、この記事を書いた記者は『王様からの依頼で書いた』らしいわよ」
後ろから「ちょっと!」と小声で言われたが「黙ってて」と返す。
「誰に聞いた? 書いたのが誰か、知ってるのか?」
「昼間、ストリートフェスティバルやったでしょ。お客さんの中に、この記事書いた記者がいたの」
私の背後にいるフェデリコさんです、と言えば一瞬で説明は済むが、そういうわけにはいかない。
「そいつの顔とか、名前は覚えてないのか?」
「名前は訊かなかった(そもそもフェデリコは知っているし、サンテッソは紙に書いてあるのが見えた)し、お客さんいっぱいで、忙しかったから」
本当ならお客さん一人一人の顔や特徴なんて、覚えていられないほど忙しかった。
ただ、覚えていない人が一人もいない、とは言っていない。
「だけどその記者、酔っぱらって『王様の命令で、全部が全部デタラメの、読むに値しないゴミ記事を書いてやった』って言いながら、国章付きの依頼書を見せてきたわ」
背後からヒソヒソ声で「そんなこと言ってた?」と、確認するフェデリコの声がした。
「『あなた流の、真実の伝え方』をしたの」
ちなみに私が引用したのは
「ミスティちゃん、俺が書いたからって全部が全部デタラメの、読むに値しないゴミ記事だと思ってるでしょ!?」
「なー……ミスティちゃんよお、王様からの依頼で書いたんだよー」
「……あー、疑ってるぅ。はい、証拠!」
以上の三つである。
その中の使えそうな言葉をピックアップして、「この記事を書いた記者は、決して自ら進んで書いたわけではない。
デタラメだって、自覚しているが、王様の命令なので断れなかった」という印象を与えるような言い方にした。
もちろん、まったく意味は違う。
だが、引用した台詞は間違いなく「執筆者本人」の口から出たものであり、彼自身や連れは酔っぱらっていたので、その場で正常だった私の言葉の方が信用されるだろう、という目論見もあった。
「だからその記者を見つけて制裁しても、意味ないわよ」
ベリオットが何も追及してこなくなってホッとしていると、肩に手がポンと置かれ、フェデリコが私の前に出る。
「いいよ、ミスティちゃん。アリガト。ごめん、ベリオット君。その記事を書いたのは俺だ」
「おいっ! さっきの聴いてなかったのかよ!? 書いた奴は……」
サンテッソが真っ青な顔になって、フェデリコに前言撤回を求める。
ベリオットが言い放った。
「あんた、自分の知らないところで自分の名前を使われるのが、どれだけ怖いか。知ってるはずじゃあなかったのか?」
自分の冤罪事件を引き合いに出され、フェデリコは視線を左下に泳がせる。
私は一言、切り取りも拡大解釈もない、本当のことを言う。
「王様に頼まれたのは、本当だったんでしょ? 依頼書だって見せてくれたじゃない」
「うん。王様の頼みだし、『報酬もはずむ。宮廷の出入りも自由にできるパスを発行してやる』って条件につられて承諾した」
フリーの記者からしたら、かなり魅力的な条件だろう。
「フェデリコさん、サンテッソさん(さすがに口に出す時は『さん』はつける)」
私も彼らに訊きたいことがあった。
「フェデリコでいいよ」
「俺も、サンテッソでいい」
ドアの前のヒソヒソ話について尋ねる。
「さっきドアの前で言ってた『嘘だろ?』とか『言ってたことと違う』って何なの? もしかして記事を書く前に、王様から何か事前に情報もらってたとか。それとも、書く内容に指定、あったんじゃない?」
質問はフェデリコとサンテッソに対してだが、目線はベリオットに向けている。
ベリオットの目には冷静さが戻って、話を聴く姿勢になっているのが分かった。
記事を書くことになった経緯を、フェデリコは話し始める。
「……じゃあ言うけど、ベリオット君に付き合ってる女がいるのは、王様から聴いた。だけどどうも、その彼女は素行が悪くて、ベリオット君には悪影響しかないから、別れてほしいって」
ここでベリオットが「待った」と、遮った。
「なんであのオッサンが、俺の交際やら結婚やらを気にするんだ? 俺はマリエラ王女じゃない。第一国王は、ギャラクスや俺達王廷騎士が嫌いなはずだ」
その疑問に対して、サンテッソが見解を示した。
「うーん、気に入らないにしても、帝国を落とした将軍、特に男の方を繋ぎとめておきたいからじゃない?
宮廷アパルトマン住みを条件にしてるあたり、自分の息のかかった貴族の娘さんと結婚させて、自分の支配下に置こうとしてるんだと思う。そうなると、恋人の存在は邪魔になるわけで」
青い顔でベリオットが震えている。
小さい声で「貴族の娘に息を? 気持ち悪い」とか言っているから、たぶん「息のかかった」の意味をカン違いしているのだろう。
フェデリコが言う。
「『王廷騎士の者達は、宰相殿の紹介で雇っている。そのような者が身分も素行も卑しい女を妻に選んでしまっては、宮廷の大きなイメージダウンになり、国民からの信頼に関わる。
彼女に身を引いてもらう為にも、少しくらい大げさでもいいので、彼とは住む世界が違うことを理解させてやれるような記事を書いてほしい』って」
「……国王め」
ベリオットが怒っている。私はそれを不本意ながらなだめた。
「落ち着いてベリオット。私達からしたらたまったもんじゃないけど、王様の立場としては、間違っちゃいないのよ。
ついでに言うと、彼に書かせたのは、フリーの記者の立場を利用したんだと思う。恩を着せるのも切り捨てるのも、報道機関の公認記者よりは、やりやすいでしょ」
「『どっちも責めるな』って、言いたいのか?」
とベリオット。
「お前は平民ではあっても、ルベの妹だろ」
「妹を名乗るだけなら、誰にでもできるわ。残念ながら、顔が似てるだけなんて、何の証明にもならないのよ」
世の中顔が似ている人なんて、いくらでもいる。
私が妹だなんて、信じない人、信じたくない人もいるだろう。
「ミスティちゃんだって知ってたら、断ってた。泣いてたの知って、けっこーショック受けてたりするよ、これでも」
フェデリコのこの言葉に、棘を含んだ口調でベリオットが返した。
「知らない娘だったら男に捨てられて、泣こうが喚こうが首吊ろうが化けて出ようが、どうでも良さそうな言い方だな」
「そんなつもりじゃ……」
フェデリコが言いかけると、サンテッソが横から口を出す。
「よく言うよ。『彼女には悪いけど、消えてもらいますかね。可愛かったら、慰めてあげてもいいけど』って、ゲスなこと言いながら書いてたくせに」
「お前なァ、このタイミングでそれ言うか! ……でもまあ、知らない人よりも知ってる人の方が、罪悪感あるのは認める。でも俺、ミスティちゃんが素行の悪い卑しい女だとは、絶対に思わない」
「別に思ってくれていいわよ。実際に、そんなにいい方じゃないし。慰めはいらない」
繁華街で遊ぶのも、上流階級の人から見れば卑しい行いだろうし、盗賊狩りは悪事ではないが、決してクリーンではない。
悪いことしてなきゃいい、というものでもない。
ただ私の場合、トリフィラート国にあるエルバ村の、村長並びに村役人とその家族を皆殺しにしようとした過去もある。
なので、そういう理由で過去を洗われるのはちょっとマズイ。
悲しいかな。
自分で自分の素行を並べていて、王様が反対するのも解る。
思い沈黙が流れると、サンテッソがベリオットに語り掛ける。
「ベリオット君、まだ若いんでしょ? 確かまだ、二〇歳にもなってないんだって? 今回は『まだ結婚をしようとは思わない』が答えでいいんじゃない? 抜け出したことに関しては建前上、王様に謝罪して」
「王様にそのこと伝えた所見届けたら、訂正記事書くよ。本当にゴメン」
フェデリコから謝罪を受けたベリオットは、とりあえず許すことにしたようだ。
それから彼らは今から「三人で」王宮まで行くそう。
サンテッソは必要ないんじゃないかとも思ったが、「王宮の中をアポなしで見るチャンスだから」と言って、ついて行くらしい。
部屋を出る間際、サンテッソが賭けのことを蒸し返した。
「『ベリオットは私の恋人だ』って、あの時言ってくれればよかったのに」
「言ったら信じてくれた? 最後に私が『雨が降る』って言ったの信じてなくて、二人ともずぶ濡れになってたじゃない」
私がテーブルから離れようとした時、彼らは「なーに言ってんだか」と笑っていた。
しかし一〇分しない内に、バケツをひっくり返したような雨が、ストリート全体を襲ったのだった。
雨は数分で止んだものの、準備していたタオルクロスの貸し出しと、暖かい飲み物の注文が殺到した。
その中には、彼らもいた。
「し、信じてはいたよ。おかげでカメラも、持ってた資料も無事だったんだぜ!」
繊細で水に弱いカメラを見せてきたフェデリコだったが、サンテッソがまたも、とんでもない暴露をした。
「……本当はコイツ『負け分は金じゃなくて、チューしてオッパイ揉ませてもらう』って言ってたよ」




