《49-3花婿不在の花嫁選考》]
部屋に帰って鍵をかけると、疲れ切った体をベッドに横たえた。
王城は遠いはずなのに、この部屋の窓からも花火が上がっているのが見えた。
結局、持って来てしまった記事を眺めて、私はため息をついた。
祭りの最中は詳細まで読めていなかったが、王廷騎士の婚約者選びは今夜で、候補者は宮殿アパルトマンに住む貴族の娘が対象だそう。
記事を書いた方の記者、フェデリコが言うには。
レオパルテが世界一の大国になるのに貢献した彼らと娘を結婚させて、王や宰相の覚えを良くしようとか、強い跡取りを授かりたいとか考える家は多いみたい。
それと近年は上流階級にも、恋愛結婚の風潮も強くなっているらしく、娘さん自身も彼らとの結婚を希望しているという。
「宮殿アパルトマンの貴族……って範囲は、誰が決めたのかしら?」
要は遠回しに、王様に好かれていない貴族と、平民はダメということを意味している。
都外の宿屋の窓から、おとぎ話を彷彿とさせるお城の光を眺めていると、小さい頃母さんが読んでくれた「灰まみれの召使い」という物語を思い出す。
パーティに赴く令嬢達は、主人公の「灰まみれのサンドラ」のように、王子様の目に留まることを夢見て、魔法のドレスと、とっておきのバラの飾りがついた靴を履いてパーティに出る。
今回の場合はヒロインも宮殿アパルトマン住みで、相手も王子様ではない(そもそもレオパルテに王子はいない)けど。
そういうおとぎ話があるのだ。本によってはバラの靴ではなく、ガラスの靴という表記もある。
「……ベリオット」
枕に頭を埋める。
どうやら彼らも、この縁談には乗り気みたいなことまで、記事には書かれている。
嘘だと思いたい。
だけど王様の依頼の記事で嘘なんて書いたら、二度とペンを握れない体にされてしまうだろうし、そんなリスクはいくらフェデリコが「不良記者」でも、取らないだろう。
「そもそも、こんなパーティを開いた王様が悪いのよ。王様の馬鹿……マリエラ王女に嫌われちゃえ!」
王様への、半ば八つ当たりに近い呪詛を吐いている最中、ドアが叩かれる。
「……はーい」
こんな時に、誰だ?
「俺だ! 入っていいか!?」
王城でお嫁さんを選んでいるはずの、ベリオットがドアの外にいる。
「どうぞ、今から鍵開ける!」
ドアに向かって走ろうとすると、目の前にフッと、瞬間移動してきた彼の姿が現れる。そして焦っているのか、意味不明なことをまくし立てた。
「俺が来る前に、俺がここに来てないよな!?」
「どういうこと!?」
ベリオットに確認し直すも、言い間違いではないようだった。
「今言ったとおりだ。俺は……今目の前にいる、俺だけだよな? 他にいないよな!?」
「……うん。ベリオットはあなただけよ」
混乱した頭でそう伝えると、彼の表情から切迫感が消えた。
「……よかった」
「何があったの? あなたはそもそもお城で」
彼が手に握っているのは、あの号外記事。
私の視線に答えるように、彼は記事を目の前に広げた。
「俺とルベの奴が貴族の娘と、結婚したがってるみたいなことが書かれてたんだが、俺もあいつもそんなこと言った覚えはないし、訊かれてもいない」
「じゃあ本当に、身に覚えがないの?」
「ない。だからまた、ビオナードみたいなのが出てきて、俺達になりすましているんじゃないかと思った。それでまた、お前が誘拐されて、殺されるんじゃないかと思って……すっ飛んできたんだ」
ということは、今もお城で催されているパーティには、主役が一人欠けていることになるが。
「……いいの?」
「向こうも承諾なしでやったんだ、構わん。それに急いで出て来はしたが、門番には事情を伝えてきた」
胸の中のモヤモヤがさっぱりと晴れたかと思うと、目の周りが熱くなって、涙が滲む。
「……よかった。この記事が本当だったら、ベリオットが他の人と、結婚しちゃうんじゃないかって…………」
その時だった、外から「え? 嘘だろ?」とか「言ってたことと違う!」などといった話し声がした。
声は低くて小さいのに、結構ハッキリ聞こえる。
ということは、話している本人達はドアのすぐそばで、ヒソヒソ話をしているということになる。
「え……何!? 気持ち悪」
「気持ち悪いなら、出てきてもらえばいい」
ベリオットがまっすぐドアを見ると、向こうから「体が、動かない!?」と、反応があった。
そして扉がひとりでに開く。
「えっ!?」
昼間ストリートフェスティバルで飲んだくれていた記者二人が、その場に屈んだ状態で姿を現した。
「ええええ、ミスティちゃん!?」
心底驚いたように、フェデリコは私を指差している。
サンテッソは昼間の賭けについて、ため息混じりに言う。
「そりゃあ、『この中にはいない』って、答えるはずだよ」
しゃがんだ姿勢のままの二人を見下ろしながら、私は悩んだ。
「何から質問すればいいかしら? 記事のこととか、なんでここにいるのかとか」
フェデリコの言っていた「反省」って何? 反省後の彼が心掛けていた「真実に基づいたジャーナリズム」って何?
「今度は本物の、誘拐殺人犯になり下がったか?」
ベリオットはというと、まだ誘拐殺人を引っ張っていた。
「「何のこと!?」」
フェデリコ、サンテッソの見事に重なった声が、耳をすり抜けた。
「俺達の目的は、その女の子じゃなくて……王廷騎士のベリオット」
サンテッソが言いかけると、ベリオットは困惑した顔になる。
「俺を剥製にしに来たのか? ……どこからの需要だ?」
ビオナードが殺して剥製にしていたのは、女の子ばっかりで、そうなったのは悪趣味な客のニーズだった。だからこの反応なのだろう。
「(剥製にするかはともかく)国王様じゃないの?」
私の言葉が足りなかったせいで、心底気持ち悪そうな顔になるベリオット。
自分の、しかもベリオット達の為に開いたパーティーを抜け出して別の場所にいるのだから、王様としては面白くないだろう。
門番に断って来たとは言っても、連絡が行っていないとか。
それとも王様が、理由があっても許さないというタイプであれば、処罰する為に捜しているかもしれない。
大慌てでサンテッソが話の続きをまくし立てた。
「いやいやいや、花嫁選考の最中に姿を消したって聞いて……ちょうどその話が入って来たところで、この部屋の前で彼の姿を見かけたから」
それで記事のネタだとでも思ったのか、関係ないはずの彼らが、ドアの前で聴き耳を立てていたというわけか。
サンテッソは続けた。
「なんでも門番の証言では『俺は誘拐されたから帰る』って、意味不明な言葉を残して、猛スピードでこの地区の方向に走っていったって」
多分だけど「(ミスティが)誘拐されたから」+「俺は帰る」を慌てて伝えようとした結果、ごっちゃ混ぜになったと思われる。
「これは、伝わってないわけね……」
言付けを受けたという門番からしたら「あんた誘拐されてないだろ!?」である。
伝えられた王様だって「意味わからん!」だろう。
サンテッソの言った『花嫁選考』で思い出したのか、一度握り潰してくしゃくしゃになった記事を出し、ベリオットは低い声でこう彼らに問いかけた。
「あんたら、これを書いた記者を知らないか?」




