《48-2潜水魔法とその代償》
(旅が終わったら、この剣をどうすべきか……)
本来ならばもとの神殿に返すところだが、天空王の剣は、他のものと性質が違う。
俺の剣と合わさって、原形がなくなってしまっているのだから、戻しようがない。
そうなると剣ごと返却するしかないのだが、できれば、あの山にはもう近付きたくない。
「あ、いたいた」
イルゼの声がして振り向くと、隣にはセレフィナもいた。
「……よかった、無事だったのか」
二人の姿を見て、目の端が濡れたのが自覚できた。
しかし、イルゼの腕の中でぐったりとしているゴーフルを見て、慌てて駆け寄った。
「ゴーフル!?」
でっきり彼は、無事だと思っていた。
「あたしらが見つけた時には……もう」
イルゼが言いかけると、不吉な予感に駆られて辺りを見渡した。
血の匂いに惹きつけられたのか、もう二頭のクラーケンが、迫っていたのだ。
海水の谷を囲む彼らの様子は、餌を漁りに来た雰囲気ではない。殺された仲間の仇を討ちに来たのだと、何となくだが悟ることができた。
その時、どこからともなく飛んできた火球が、クラーケンの頭を潰した。
それからもう一頭が、縄のついた巨大なジャベリンのようなもので射抜かれた。
トリフィラート艦だ。
「行こ。他の人を助けるのは軍隊に、任せた方がいい。きっと『綿密にやってくれる』から」
イルゼが親指で艦をクイ、と指して、ゴーフルを左腕、セレフィナを右腕に抱え込む。
近くの洞窟に入ると、ゴーフルをその場に寝かせる。彼の顔は、透けるように真っ白だ。
セレフィナの顔色も、さっと同じように血の気が引いていく。
「待って、本当に……ゴーフルちゃん」
ゴーフルの体の下にある、洞窟の岩肌の色が、うすぼんやり見えた。
「まさか、消えたりしないよな!?」
抱き上げると、無駄な抵抗だとばかりに、更に彼の体の色が薄くなった。
「ゴーフルは、ぼくに魔法を使わせたんだ」
上空から、子供の声がした。
ゴーフルの持っていた、オーブに閉じ込められていたはずの、黄色い魚の精霊だった。
「やっぱり、海の中で呼吸できていたのは、君のおかげだったんだね」
精霊は体全体を前に傾けて、お辞儀するように頷いた。
「僕の魔法で一人でも多く、呼吸させてくれって。だけど、僕の魔力だけじゃ足りなくて、ゴーフルの奴は自分の魔力も使えって言った。
だけど、それでも足りなくて、ついにこいつは、『魔力がないなら、オイラの体力の方も持って行け』って……」
「魔力を差し出した……か」
マクベスが呟くと、聖水を取り出して、ゴーフルの口に注いだ。
「セレさん、最良の医女神をお願いします。大地神王のメビウスも使って」
「ええ、もちろんよ!」
セレフィナが言う通りに治癒魔法をかけると、少しだけ、ゴーフルの体に色が戻り始めた。
マクベスが始めに、聖水を飲ませた理由が分かった。
「そうか、聖水に溶けているのは」
魔力。
中でもゴーフルが天性に持っている力と相性のいい、聖属性の。
口から取り入れた魔力を、体内の血液を媒体にして治癒魔法で体内に行き渡らせる試みだったようだが、マクベスの読みは当たったみたいだ。
俺はセレフィナの手に、自分の手を翳した。
「アル?」
説明は後だ。
セレフィナの手を介して、俺は彼女の持つ、大地神王の神器に命じていた。「俺の体力を、ゴーフルに流せ」と。
ゴーフルの色や輪郭が、目に見えてはっきりしていく。
「……よし」
消えかけた命をどうこうする、というと難しそうだが、ゴーフルの生命を維持するための体力を、俺の体から移せばいいのだ。
セレフィナの手にわざわざ触れたのは単純に、彼女は服の中に神器を隠し持っているから。
しかし、さすがにクラーケンの後なので、少し疲れた。
「アル、顔色」
セレフィナに「大丈夫」と答えようとしたところで、イルゼが手を出した。
「そういう事かい。それならあたしの使いなよ。体力だけは余ってるから」
イルゼが手を翳すと、体力の減る感触がしなくなる。
それどころか疲労感が消え、体力が戻って来るのすら感じる。彼女の体力が、俺にも流されている証拠だった。
「ちょっと……イルゼ!」
言いかけたところで、襟首をつかまれて、ポイっと投げ出されてしまった。
戻った時には、ゴーフルの姿は、はっきりとした実像になり、頬にも赤みが差していた。
「アハハハハハ、アル兄ちゃんよぉ。お似合いだぜ、イヒヒヒヒヒ」
……寝言まで出てくる始末。
「俺が、なんだよ?」
どんな夢を見ているのか知らないが、この悪意のある笑みからはロクな内容ではないのは確定である。
体力、少しでもあげて損した。
前よりも健康そうになった彼の寝顔が、ものすごい憎ったらしさを、俺の心にもたらした頃。
ゴーフルは、何事もなかったかのようにあくびしながら起きた。
「あー、よく寝たぜ。アル兄ちゃんが、世界のすべての種類の芋を栽培して、芋屋さんになる夢見た」
「いいね。その世界中の芋とやらを栽培したら、どれが一番硬いか、君の顔面で試してやろうじゃないか」
「兄ちゃんを芋剣士扱いしてるの、オイラじゃなくて、ルベオルスだからね! みょーに耳にのこっちゃってさ、忘れらんないんだよ」
ゴーフルはもういい。それよりも、心配すべきはイルゼの体だ。結局、彼女に大変な役をさせてしまった。
「イルゼ、大丈夫? ゴメン」
これほどの体力を分け与えて、彼女自身は、なんともないのだろうか。
「いいや。アルに倒れられたら、困るもんね」
彼女はピンピンしているようだった。
「大丈夫ですよ、イルゼさんですもん」
マクベスが笑いながら、彼女の肩を叩く。イルゼは、ちょっと複雑そうな顔で、彼を見つめている。
「ゴーフル!」
魚の精霊が、ゴーフルの手のひらに舞い降りた。
「あれ? お前、オーブは?」
「自由になったんだ。お前のおかげで、だいぶ魔法使ったからな。あー疲れた」
「なんだ。オイラのおかげで自由になったんだから、もっと感謝しろよな」
精霊は「ありがと。無事を祈ってる」と言って消えた。
「うおー、トリフィラート艦じゃん! なんでいんの!?」
今頃事態に気が付いたゴーフルが、洞窟の外の光景を見て驚愕している。
「だけど、どうして偶然トリフィラート艦が現れたんだろうね?」
俺が言うと、明るかったセレフィナの顔が暗くなったので、何か言ってはいけないことを言ってしまったのかと慌てた。
イルゼが先ほど、ゴーフルの容態とは別の理由で、急いでいたわけを話した。
「偶然じゃない。王は、もう気付いてたんだ。セレが、あたしらについて行ったの。たぶんその捜索艦だよ。それで追跡してた船が襲われたから、今頃必死で、救助と捜索してるだろうね」




