【第48話:航海中の出来事】《48-1海を割る天空王の剣》
倒れて来た帆柱を剣で斬り払うと、絡みついていた軟体の足が、赤黒い体液をまき散らす。
脚の一本でも落とせば「この船には自分に害」と判断して諦めると思った。
しかしクラーケンははなかなかに執念深く、今度は他のマストを引き抜こうとしている。
脚の一本でも落とせば、自分に害だと諦めるだろうと思ったが、この魔物はなかなかに執念深く、他のマストを引き抜こうとしている。
「下がっててください、今、雷落とします」
マクベスが手の中で青い光を生み出していると、甲板下から大量の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴に気を取られている間に、俺達の足元が揺らぎ、船は魔物ごと下へ沈んでいった。
船舶は傾き、潮に呑まれていく。視界を覆う白いしぶきの中では、無数の触手が蠢いていた。
青い地獄の底に沈んだ船舶は、完全にクラーケンの餌箱になってしまっていた。
セレフィナ、マクベス、イルゼ、ゴーフル……の姿が、どこにも見えない。
少しでも船舶に近付こうと、気でも違ったかのように必死に足をばたつかせた。
「みんな、どこへ行った……!?」
無意識に口に出した時、今まで絶望のあまりに気が付かなかった違和感を覚えた。
「息が、できる!?」
それだけではない。がむしゃらに足を動かして水中を進んでいたつもりが、海底の地面を走っていた。
まるで地上を移動しているみたいに。
(これは、まさか……!?)
海底神殿に行った時と、同じだ。
あの時はゴーフルの連れていた、魚の精霊の魔法で海底を歩いた。
ということは、ゴーフルは生きて近くにいるかもと、気持ちが明るくなった。
水中で息ができるのであればと、大声で魔物を挑発した。
「生きた新鮮な餌がここにいるぞ! 喰えるものなら、喰ってみろ!」
クラーケンのぎょろっとした目玉がこちらを向いて、俺の方で止まる。
うまく餌だと認識してくれたらしい。触手がこちらに向かって飛ぶように伸びた。
眼前に迫ってくるタイミングを見計らい、顔から一Mもない、わずか数十CM先の距離で、渾身の力で払うように剣を振る。
地上で空気の刃を飛ばすように、海中では水の刃でクラーケンの触手を引き裂く……はずだった。
「んんっ!?」
クラーケンの触手どころか「海」も、避けるように割れた。
海水が横に避けて戻らなくなり、できてしまった海水の谷。
その底の泥地に、霜だらけの巨大な触手が落ちて、泥をぶちまけた。
「お、お……俺、何した!? ……しかもなんで、この触手、凍ってるんだ?」
何が起こっているのか分からず、激しく狼狽していると、自分を呼ぶ声がした。
「アルさん!」
マクベスが、「海」の中から泥地に足を踏み入れる。
「うろたえるのは後です、奴の頭部にもう一撃打ち込んで!」
マクベスの言う通り、考えるのは後回しにして、海水の谷の終焉に向かって走り、その先……「海の中」にいるクラーケンに向かって、真空波をぶち込む。
同時にマクベスが氷の詠唱を唱える。
「ザミルザーニイ」
真空の刃がクラーケンのいる「海」を裂く。
もう一発打ち込むと、空気の刃は空気中の水と、マクベスの氷結魔法と合体して「氷の刃」となる。
氷を纏うことでより強靭になった刃が、魔物の頭を二つに裂いた。
「海ごと斬ってしまうなんて、さすがですねえ」
マクベスが落ち着き払った様子で、目の前の事態への感想を述べた。
「い、いや。それが……俺にもまったく、わからないんだ。海が……裂けるなんて。しかも、戻らないぞ」
俺が、というか俺の剣が斬ったのか。
今でも信じることができずに剣に目を落とすと、マクベスが言った。
「神話や伝承の中でも『海を割った』なんてのがあるくらいだし、不思議には思いませんよ。あなたが手にしている神器は、天空王という、三大神王の頂点に立つ神の力を宿していますからね。さて、みなさんを捜しに行きましょう。食べられてなければ、いいんですが」
最高神の神器とはいえ、片方だけ。しかも攻撃ではなく守りがメインの方なのに、この威力。
本当なら、人間が手にしていいものではないなと、俺は神器の偉大さと恐ろしさを噛みしめた。




