【第47話 アルフィード編:再度レオパルテへ】《47-1トリフィラート国王からの秘密任務》
「ルートヴィグ王は、戦争を起こそうとしてる。邪魔な帝国を片付けてから、次は全世界を自分の支配下に置くつもりよ」
ミスティから告げられたレオパルテの計画を、トリフィラートのボタニー王夫妻に伝えるべく、あの後朝一番のトリフィラート行きの船に乗り、首都イグドラシルの王城へ向かった。
玉座の間へ飛び込むと、両親との再会を懐かしむ間も惜しいとばかりに、セレフィナは早口で用件をまくし立てた。
「ただいま戻りました、お父様、お母様! 報告事項があります! スィドラの間に、来てもらえますか!?」
楽園にあるという、棘のない木の名前のついた「スィドラの間」という部屋は、要するに城の会議室。
ボタニー王は「その前に」と、俺とゴーフルを視線で指す。
「まず、神器についての報告を聴こう。天空王のジュエルのもう片方『万断の聖刃晶』と海神王の指輪は、手には入ってはおらぬか」
大地神王のメビウスと、天空王の二つのジュエルのひとつ「不朽の聖護晶」を手に入れ、片方は持ち去られた。
海神王の指輪にいたっては、その行方さえ知れていない……までは、セレフィナが定期的に送っていた書簡で報告済みだが、それ以上の進展はない。
「……はい、申し訳ありません。天空王のもう片方のジュエルは、敵の手に渡ったまま。海神王の指輪に至っては、見当もつきません」
資金を出してくれていたりといろいろしてもらっているのに、大変申し訳ない気持ちで深々と頭を下げる。
王と王妃は、困ったように顔を見合わせた。
「お父様、それよりも大変です! レオパルテのルートヴィグ王は近々、プリムスコロナ帝国に戦争を仕掛けるという情報を得ました!」
セレフィナの報告で、王達の顔は青ざめる。そばに控えている大臣は、今にも卒倒しそう。
「何だと!?」
「それだけではありません。帝国を落とした後は、全世界に戦争を仕掛けるとも……」
王は玉座を立ち、セレフィナを呼び寄せる。
「まずセレフィナ、お前に伝えることがある。彼らには少しばかり待ってもらうように」
俺達は応接室に通される。どのくらい経ったろうか。ドアが開いて、セレフィナが顔を出した。
「父達との話は終わったわ。まず、同盟国の元首を招集して、レオパルテ王国に気付かれないように会議をするそうよ。
トリフィラート及び、グノーム大陸全土に大使を出して軍隊はもちろん、丘陵の政兵と監視員、総力で軍備を強化するわ。
それと並行して、レオパルテ王国との外交で、様子見と、開戦までの時間稼ぎね」
「俺達は、どうすればいい?」
尋ねると彼女の顔に影が差す。
「その事についてなんだけど、父から、頼みがあるそうよ」
王が入って来て、重苦しい表情で言う。
「不躾で悪いが、再び、レオパルテに戻ってもらえないだろうか。レオパルテ王家、その宰相ギャラクス、そして王廷騎士について」
しばらく間が開く。
「しばらくの間レオパルテに逗留し、調査を依頼したい」
「調査、ですか?」
文句はない。だがどうも、できるだろうかという疑問が湧いてしまう。
マクベスが言った。
「しかしこのアルフィードは大会のおかげで、レオパルテで顔が知られてしまっています。王達の周辺でうろついていたら、目立つと思います」
そう、そこなのだ。
ギャラクスとはいずれ再び対峙しなければならないから、レオパルテには戻るつもりでいた。
しかし敵にはもうすでに、ばっちり顔を知られてしまっている。こっそり調査するには、不向きだろう。
「彼は一度指名手配されているが、闘技場の神明裁判で無実の判決を得たのだろう。おいそれと表立って捕らえようとは、しにくいだろう」
「それは……確かに」
王女の誕生祭に催した武術大会の決勝戦を、大衆の前で神明裁判にまでした。
それでも謁見にかこつけて呼び込み、秘密裏に殺そうとしたのだ。
それだけなら、調査が終わるまで王城に近付かなければいい話だが、あの時レオパルテ王とアンジェは、何の関係もないユングを人質にしてまでこちらを呼びつけた。
それを言おうとしたところで、王は言った。
「それに、残りの神器が手に入らない以上、多少無茶でも、綿密な情報を得る必要がある」
痛い所を突かれて、反論できなくなる。
「それにアルフィード、そなたはその戦争の情報源、ミスティ=ヴィリアンズとは幼友達だと、娘から聴いている」
セレフィナを見ると、すまなさそうに顔を伏せた。
「ごめんなさい。いいかげんな情報じゃないって分かってもらうには、どこの誰の証言か、はっきりさせる必要があったの」
それはいいのだが、どこまで話しているのかが、少し心配だった。
今やレオパルテ王国の王廷騎士となった悪魔、シュットガイストとの契約や、同じく王廷騎士である、ルベオルスの妹であること。
もしかしたら彼女を捕まえてこいなんて、言われかねない。
「その娘がまた何か接触してくることがあれば、こちらに連絡と、彼女の保護を頼みたい」
要はミスティと接触して、他に情報を持っていたら、何か訊きだして来いと言いたいらしい。
保護にかこつけるあたりが、ちょっとあざといなと、ちょっぴりだけ嫌な気持ちが湧いた。
そんな内心を見透かしたのか、ボタニー王は続けた。
「事実であれば、そんな秘密事項といっても差支えのない情報。いずれ敵国になるかもしれない国の王の、娘に漏らしたのだ。もし発覚したら、ミスティ=ヴィリアンズも無事では済まないだろう」
思わず顔を上げ、王の目を正視した。
あの日のミスティは、通行人には聞こえないはずのテレパシーを使っていたにも関わらず、さっと告げて、すぐに消えた。
「これも娘から報告があったが、ユング=ロックハートの件からも推察するに、そなたの友人と知られているなら、人質に取られる可能性も充分にある」
「わかりました。すぐに向かいます」
言いたいことはいろいろあるが、承諾せざるを得ない。
「なんだかごめんよイルゼ。帝国とは関係のないことにまで、付き合わせちゃって」
もとはといえば、シルフィング共和国の生き残りとして、各地に散った帝国軍の横暴を告発する証人になる話だったのに、彼女に関係ない事にまで、巻き込んでしまっている。
「いいよ。加盟国のトリフィラートまで連れて来てくれて、セレも、報告に協力してくれてるじゃん。王女からの口添えなんて、あたしの方が何か礼しなきゃなんないくらいだよ」
「イルゼの話してくれた証言も、文書に残して保管はしたし、傷痕の写真も撮らせてもらったわ。それに……リュネちゃん、今王立の施療院に入院しているんだけど、その診療記録も、使わせてもらうわ」
セレフィナの顔が、明らかに暗くなる。
「入院って、そんなに酷いの?」
行き先が見つかるまで、リュネは城で世話をするとは聞いていた。
大きな施療院に入院しなければならないほど、彼女の体は悪くなっているとまでは、知らなかった。
「『スリムになる手術』で、だいぶ体にダメージを負っていて、手術をしたばかりだそうよ。彼女の容体が安定していない今は、面会には行けない」
「あのさ……気になってたんだけど『スリムになる手術』ってさ。取るんじゃないの?」
イルゼが胴体、お腹より少し上の、ちょうど肋骨の辺りに両手を当てて言う。
そういえば、イルゼの同郷の女性や、中性的な男もされていたと以前言っていた。
セレフィナの顔はみるみる青くなり、頷く。
「……なんで?」
ゴーフルが、汗ばんだ声を絞り出すように、言葉を発する。
「彼女の用途が愛玩用だからですよ。華奢である事は、美しさや可愛さの基準の一つですからね。身分の高い令嬢や美意識の高い女性が、コルセットで締め付けてまで細さを演出しようとするでしょう? 帝国のはコルセットに頼らない美しさを持つ、体を作ったのかと思われます」
天界で残酷な光景を長年見ていると思われるゴーフルだが、ここまでおぞましい話は初めてと思われた。
今の彼の顔は、収容所の奴隷が、兵士にいたぶられているのを見た時と、同じだ。
セレフィナは続ける。
「次の元首の会議で、帝国の非道は、必ず採り上げる。そしてシルフィングの再興の為の支援も、各国から募ることも決まったわ。トリフィラートからも、微力ながら支援させてもらう」
「ありがと」
イルゼが礼を言うと、セレフィナはちょっと言いにくそうに口ごもった。
「……ただ、そのかわりお願いがあって。あなたも一緒に、レオパルテの調査に同行してほしいの」
何故か俺の顔をチラと見て、セレフィナは理由を述べた。
「ミスティさんの保護の件で、あなたがいた方が良さそうだから……接触するのがアルじゃあ、逃げられちゃうかもしれないし」
俺を見て言いにくそうにしてたのは、そのせいか。
すると王は、思いも寄らないことを告げた。
「待て、セレフィナを行かせるわけにはいかない」
「えーッ、なんで!?」
子供にはやはり弱いのか、少しだけゴーフルを済まなさそうに一瞥すると、王はこちらに顔を向け直す。
「これはいわば秘密任務だ。国民にその内容はチラとも明かせぬ。もちろん、誰が関わっているかも。セレフィナを行かせたとして、その事を告げることはできん。この不安定な時世に、またも巫女頭が長期の不在となれば、国民を不安に陥れることになる」
「分かりました。私も父達について、レオパルテ王国との外交に努めます。また、会いましょう」
何か反論すると思っていたが、セレフィナは意外にも、素直に王の命令に応じる姿勢を見せた。
勝手についてきた彼女と、列車の通路で言い合いをしていた頃が懐かしい。




