《46-3フェデリコ人形に生じたバグ》
「……可愛いフェデリコ、哀れなフェデリコ。彼女はお前の大切な花嫁だ」
ビオナードは態度を一変させ、物言わぬフェデリコの頭を撫でた。
「はァ!?」
新しく追加された情報に、またしても私は再び困惑せずにはいられない。
冷静になったらしいビオナードは、フェデリコの背中から刃物を抜いた。
「さっきも言ったが、わしは作品に本物と同じ質感を与えることができる。剥製だろうが石膏像だろうが、たとえ絵画でも、わしが乗り移った依り代には、体温、わずかな発汗といった質感まで再現される。
その際に、わしの意識がどれだけ入り込んでいるかによって、食事もできたり怪我による出血をしたりといった、リアルさの度合いも変わるのだ」
何度かフェデリコ人形に触られて、確かに体温も、人間特有の柔らかみも感じることができた。
表情によって紅潮したり青ざめたりと顔色も変わるし、お酒を飲んでいるのも見た事がある。
まさに命が宿っていると言っても、差支えはない。
「まさに我ながら、素晴らしい出来栄えだよ」
「それは……否定しない」
こればっかりは、どんなにビオナードを憎んでも、侮辱の言葉が見つからない。
「しかしそこまでリアルにできていると、稀に人形に、心が生まれてしまうことがある。多少の個性はあるものの、支障が出るほどではなかったが」
そこまで言って、ビオナードはフェデリコに視線を移す。
「彼は実在する、いけ好かない記者をモデルにして作った。女のターゲットに近付いて、ここへ誘い出して殺すのが彼の役割だ。軽薄ゆえの話しやすさ、フリーのカメラマンという、どこに出現してもおかしくない肩書は、実際に便利だったよ。外見だけはいいから、女なんかは簡単に騙されてくれる」
「ええ、まったくもって、素晴らしい作戦だわ!」
そしてまんまと騙された間抜けは、こうやって惨殺か、剥製にされるという末路。
「そうして目を付けたモチーフに近付かせ、調達させていた。そんなある日、ルベオルスの双子の妹という興味深い対象の存在を知ったわしは、いつものように、フェデリコをお前に近付けた。
しかしそれがいけなかった。それが引き金となったのか、偶然だったのかは分からないが、人形でしかないはずのフェデリコに心が生まれ、お前に恋をしてしまったのさ」
部屋に入る前の告白は、私を油断させるための芝居というか、この男がフェデリコを操って、言わせたものではないのか。
ビオナードは続ける。
「そのせいでたびたびバグが起きて、実に操りにくくなってしまった。ここまでお前を連れてくるのも、彼はたびたび抵抗した。
その度に、言い聞かせなければならなかった。『人形のお前を彼女が愛することはない』『このまま連れて来なければ、他の男に奪われてしまうぞ』とね。
色恋営業用に作った人形だけあって、わしの言葉の意味は理解できたようだ」
私を攫う機会はいくらでもあった。
酔い潰したり、介抱するふりをするなりして、連れてくるという手もあったんじゃないのか。
なぜ部屋まで無事に、送り届けてくれさえしたのか。
そういうことだったのか。彼の立場と行動の矛盾について、腑に落ちる。
「そして『彼女を人形にできたら、お前の花嫁にしてやる』と約束したら大人しくなったよ……フフフ、アハハハハ」
「ビオ……ナード」
フェデリコが口を開く。
たどたどしいのは、ビオナードの人格が、入っていないからだろう。
「なんだね?」
何かを言おうとするフェデリコは、口元に手を当て、帽子で顔を隠す。
「頼みが……ある。彼女を……人形になる前の彼女を抱かせて欲しい」
「フザけないで! 無理!」
ひどく状況に合わなくて、身勝手で気持ちの悪い要求に、怒りが噴き出した。
ビオナードが忠告するように、フェデリコに言い聴かせる。
「人形になってからの彼女なら、もっと静かで扱いやすいんじゃないのか? 何より……人形ならば、お前を拒絶しない」
「解ってる……でも。俺、口が悪くて騒々しいミスティも……好きだから」
あたかも私が下品で性格が悪いかのような会話だが、誰のせいだと思っている!?
「……私だって、できるもんなら大声で罵倒なんか、したかないわよ」
「だから……みんなを連…………れて、しばらく外してほしい。願い、聴いてくれたら…………今後も、言う通りに、働く…………から」
通るワケないでしょ、馬鹿じゃないの。
私が内心で罵ると、意外な答えがビオナードから返ってくる。
「いいだろう。では行くぞ」
彼の言葉を合図に、モナとミローティは部屋を出て行った。
寝台の上にフェデリコが乗っかる。
「好き……だよ、ミス、ティ」
「……あたしは死ぬほどキライ」
「構…………わない。このまま逃がせば、君は……他の男に」
人形は私の上で四つん這いになる。
いっそ、殺してほしかった。体に覆いかぶさる石のように固い感触を感じながら、閉じた瞼の奥にベリオットの顔が浮かんだ。
頭上で、軽い金属音がする。何だと思っていると、耳元でフェデリコがこう囁く。
「……待ってろ、すぐに逃がして、やる。適当に嫌がるか、喘いでるフリ、して」
目を開くと、フェデリコが腕を、私の頭の上、ちょうど手術用の刃物のあった方へ伸ばしていた。
彼が取ったのは、刃物でなく小さな鍵。
手枷に触った感触も伝わって来た。しかし動きそのものはとてもぎこちなく、鍵穴に鍵が、なかなか挿さらないようだ。
「……ミスティ、よく聴け。全部の鍵が開いたら、俺を壊してでも逃げろ」
なかなか挿さらない鍵と格闘しつつ、汗ばんだ声でフェデリコが言う。
そういえば、ビオナードの取り憑き具合によって、リアルさが変わるんだっけ。
さっき倒れて来た時の硬い感触は、ビオナードが全然乗り移っていない状態だから、というわけか。
「んーっ! フェデリコは、それでいいの?」
反応するフリをしながら、私は質問した。
「本当は嫌だね。でも、君をここから逃がしたいのも本音だ。でも、ビオナードが戻って来たら、簡単に操られちまう。
……あいつに、俺の、心に差した暗い『影』に気付かれると、主導権を握られる。生き、てる女を人形にするのは悪いことだ……そう知っていても、何故悪いのかまでは、もともと人形の俺には……解らない」
たぶん殺される寸前の女達の反応を見ていることが、フェデリコの、正体の解らない罪悪感の根本だろう。
「あーんっ、人形にされる前の女の人達は、怯えた顔をしてなかった?」
「してた。不思議に思ってビオナードに尋ねた答えは『彼女達は人形になった事がないからだ。人間は、自分の知らないことを怖がる』だった。
それで納得しちまう俺も俺だが、現に彼がいろんな人形に乗り移って、平気で生活しているのを見て『そうなんだ』って思った」
せめて痛覚があれば、フェデリコはその疑問の、別の答えに辿り着けたのではないのか。
やっと、左手の枷が外れる。
魔法封じも兼ねた拘束が、一つでも解けたら、弱い威力の魔法か、それか時間をかけるかすれば、魔法が使えるかもしれない。
「んっんー、あっ、いやーっ、あーれー」
「演技下手だな、ミスティ。……そっか、男と寝た事ないんだっけ? あー……本当に、抱きたかっ……たよ」
私の下手な演技に対して、フェデリコは淋しそうな笑顔でダメ出しした。
もう片方の枷に、鍵の挿さる感触がした。
鍵の回る感触と、手首の締め付けが緩む感触がして、やっと片手が解放される……と思ったが、フェデリコの動きが止まり、なんと一回取れた枷をまた閉めてしまった。
「えっ!?」
落胆する私の目に飛び込んできたのは、いつの間にかフェデリコの肩ごしに私を睨む、ビオナードの顔。
「……思った通り、裏切りおったな」




