《46-2ランジェロ=ミローティに、請求された代償》]
「つまりこれから殺して、人形のランジェロ=ミローティと入れ替える……ってこと!?」
嫌な想像だが、日記にあった「死体の肉を使って私だけのアンジェを作った」の部分を思い出す。
屍肉でそっくりな人形を作るか、それとも彼の死体そのものを使うか。
どちらにしろ残酷だが、悪びれもせず男……ビオナードは言った。
「人聞きの悪いことを言わんでおくれ。もともと彼とはそういう約束だ。他人がとやかく言うことじゃない。生きたままの彼の体に私の魂を入れ、『この時代のわし』になってもらうのだ」
「は?」
意味が解らない。私のこの反応に対して、ビオナードは解説する。
「売れない芸術家だった彼は願った『もし自分の作品が世間に認められるなら、自分のすべてを差し出してもいい』と。親の遺産で悠々自適に暮らしていた美しい青年でも、それだけでは満たされないらしい……」
売れない芸術家というところで納得がいく。
思い通りにならない世間の評価で悩んでいる時に、芸術史に名を刻んだ天才の霊が姿を現れたら、「全てを差し出す」なんて言葉は容易に出てくるだろう。
「当時ヴァントレアロ=ルッキオという名前を名乗っていたわしは、弟子入りという形で、彼をこの工房に招き入れた。もちろん、その時点で正体も明かしたよ」
またしても、知っている名前。
「それって、前の宮廷画家の名前じゃない!?」
確か老衰で亡くなったと、新聞には載っていた。
「いかにも。さっきも言ったように、わしは作品に本物と同じ質感を与え、自分の意思で操ることができる。
ランジェロが社交界で一流の芸術家として認められると、ヴァントレアロとしてのわしは、彼を次の宮廷画家に推薦した。
ランジェロが国王に受け入れられた後、しばらくわしは床に伏して、老芸術家の人形を『老衰で死亡』……という体で処分したのだ」
ヴァントレアロも、人形だったの!? と内心で驚く間もなく、次の情報が追加される。
「今までもわしはその方法で、『ビオナード』という人間としての生を終えた後も、アンジェが後の時代に生まれ変わることを信じて、時代を渡り歩いてきた。
そしてこの時代に、再び巡り合うことができたのだ。かれこれ二七〇〇年以上……実に、実に長かったよ。後は、男神の傍に仕えるに相応しい、美しい肉体を手に入れるのみ」
ビオナードが「美しい肉体」という言葉を発した時に、背筋がぞわっとしたのは先入観だけのせいじゃないと思う。
頭の方でカシャン、と軽い金属の音がした。
目を動かして確認すると、道具を置く用途の台の上に揃えられた、医療用の刃物がきらめいていた。
ビオナードは私のシャツを引っ張ると、その刃物の一つを手に取り、布地を引き裂いた。服は縦に裂け、紙のように破れてしまった。
「いやぁっ!」
恐怖と恥ずかしさで悲鳴が上がる。手は拘束されているので体を隠すどころか、顔を覆うことすらできない。
それから乾いた音とともに平手打ちが繰り出され、顔をはたかれた。
「媚びるような声を出すな……この雌ネコめ!!」
狼狽する間にも、平手打ちは体のあちこちに、何度も何度も繰り返された。
ひとしきり叩かれたところで、疲れたのか男は叩くのをやめ、荒い息遣いで静かに言う。
「………若い娘は需要があるので、積極的に仕入れては加工していたが。まさかあのシルバめの、娘が手に入るとは」
加工って……まさか、あの廊下にあった甲冑みたいに。
あの中身はやはり人間の剥製だった。そして私の未来の姿でもあると悟った。
しかし父親の名前を口にする時の、この憎々し気な物言い。
「ミローティが、ルベオルスにモデルを頼んだのも」
彼がシルバの息子だったから?
「ああ、そうさ。生前一番近くに置いて、最も信頼し、寵愛していた将軍の……」
ビオナードがぷつり、と喋るのを止め、またしても激高し出した。
「貴様らにはわかるまい! 美しくもない男の苦しみが……惨めさが! 宮廷画家としてどんなに必死に仕えたところで、この姿では目に留まる事すらない!
他の者達との閨事を、壁の穴から覗き見るばかりの日々! それでも歓心を引くために、ひたすら絵を描き、像を作り、犬の様に待ち焦がれていたのだからな!」
……待って。
ビオナードのこの口ぶり、まるでアンジェ王と父さんが……と困惑したところで、ダン! と拳が寝台に叩きつけられて、それまでの思考が吹き飛んだ。
「……あの美しい魔王が現代に復活したと知って、どれほどわしが歓喜したか。なのにあの顔だけの、我儘で傲慢な王女なんかにに言われるがまま、婚約してしまった……ぁあぁあああああ゛」
やっとの事で愛しのアンジェ王と再会し、再び宮廷画家の地位に就いたはいいが、老いた仮の肉体や、ましてや自前の姿じゃあ、それ以上の関係にはなれない。
「あー……つまり相手にされないから、きれいな顔が欲しくて、悩んでるランジェロにつけ込んだってことね」
「黙れ!」
再び私に平手打ちをすると、ビオナードは声を落ち着けて、再び語り出す。
「……その通りさ。ランジェロを弟子入りをさせた後、まず手始めに、才能そのものはあった彼に足りない、人体への理解を与える為、わしは解剖を命じた。
墓泥棒を雇わせ、ひたすら死体を切り刻ませ、スケッチをさせたよ。さすがに最初は、彼も抵抗したさ『医者でもない自分がこんなことをするのは、死者への冒涜じゃないのか』と。
だが、作品が見違えるように洗練され、世間からの評価が見直されると、文句も言わなくなったがね」
ここまで聴くとやり方の是非はさておき、才能はあっても認められなかった芸術家が、往年の大天才の助けを受けて成長するサクセスストーリー。
そんなハッピーエンドで終わらないから今があるわけで。
ビオナードは意地の悪い笑い方で、その続編を語った。
「その頃には思った通り、彼は今までの鬱憤を晴らすように傲慢に振る舞うようになった。
近寄って来たファンの女をとっかえひっかえし、所望した通りの死体が、タイミングよく持ち込まれることに対しても何も言わないほどに、良心を失っていった。その状態の彼から、肉体を奪うのは容易だったよ」
つまりランジェロの願いを叶えると同時に、体を乗っ取る準備を着々と進めていたというわけか。
その人の中枢である心が、少しずつ闇落ちするように仕向けながら。
すると、何か軽い音がした。
棚の上にあった、ミローティの肖像入りの写真立てが、床に落ちた音だったようだ。
(?)
しかしすぐに、それどころではない事態が起こる。
両手に何かを持ったビオナードは「うっうっ」と、泣いているのかえづいているのか分からないような呻き声を上げている。
薄暗くて見えづらかったが、それらはの布の切れ端だった。言うまでもなく、さっき引き裂いた私の服だ。
その一つを指でつまみ上げ、口から伸ばした舌をゆっくり、布に近付けていく。
「……はあっ、はあっ」
涙を流すようにしずくを滴らせる布片を、ビオナードはなおも、舐め、しゃぶる。
目の前の光景に対して頭がついて行けず、悪態をつくのも忘れて凝視してしまう。
すると、ベロリと男の生暖かい舌が太腿の内側に這い、自分の身の危機が、強制的に突きつけられる。
毛穴という毛穴から冷や汗が、一気に噴き出すのを感じた。
「……!?」
これからお腹を裂かれて内臓も抜かれて、人形にされる恐怖と、体を汚される感触が、交互に浮かび心を壊していく。
寝台の下に隠れているであろう、男の小刻みに震える肩から続くもう片手のことなんて、知りたくもない。
心が氷点下まで冷えていくのが、はっきり自覚できた。
「そうね、本当に惨めね。その姿の依り代作って大好きなアンジェ……いえ今はギャラクス様かしら? 閨に忍び込んでみなさいよ。それだけで死刑が確定しちゃうんじゃない?」
もう怖くないと言えば大嘘だ。
しかし助かる手段がもうないと悟り、できることは一つ。言いたい放題罵声を浴びせることだ。
ビオナードの顔が憤怒に歪む。
「だ……まれ小娘ぇ…………ぁあそうさ。わしは美貌が欲しいのだ。あのシルバめにも劣らぬ、若く美しい肉体が欲しいのだ。その為にランジェロの願いを叶えた……………!
本当に奴のすべてを手に入れる為に、技術を与え、成功を与えた。手に入れた栄光に、奴は簡単に溺れた。……都合が良かった。心が闇に浸食されてしまえばしまうほど、乗っ取りも容易になる」
ブチキレたビオナードはメスを掴んだ手を高く上げ、私は目を固く閉じた。
(ああ、今度こそ私、死ぬんだわ!)
大きな音とともに、体に何かが、少なくとも刃物でないものがぶつかったような衝撃が走る。おそるおそる目を開けると、フェデリコが私の体の上に倒れていた。
「なんで?」
ふと人形の背中を見ると、ビオナードの振り下ろした刃物が刺さっていた。




