【第46話 ミスティ編:転移により、生き続けた天才芸術家】《46-1ビオナードの人形達》
「フェデリコ?」
返事はない。
人形のような無表情で、彼は銃口をこちらに向けている。
「ブライン・エッ……」
詠唱の瞬間に引き金を引かれ、弾丸が耳のすぐ横を通過した。
火薬と、髪の毛の焼ける匂いが鼻をついた。
(フェデリコも、グルだったってこと?)
信用させるために、隠し撮りされたという写真まで用意して。あんな告白までして。
「でも、これでスッキリした」
全て噓だったのなら、こちらも気を遣わなくていい。
ホルスターの銃を抜きながら、挟み撃ち状態から抜ける為に寝台の足側へ移動する。
フェデリコの手元を狙って撃ち返すと、幸いにも弾は手に当たり、銃を落とさせることができた。
「えっ……?」
フェデリコの手には、私の弾の痕がはっきり残って出血もしている。
だというのに、彼は何も感じていないかのように、表情を変えるどころか、眉一つ動かさない。
「あんた、いったい!?」
人形。この予想が頭に浮かんだ。
(でも、血は出てるし)
「そんなことに気を取られてる場合じゃないぞ」
混乱している間に、ミローティがすぐそこに迫っていた。
「あっち行って!」
咄嗟に腹を蹴り飛ばす。
弾け飛んだ瞬間、顔の中央に皺が寄るほど目を固く閉じていたので、こっちは痛覚のある生身の体だと判る。
照明が激しく点滅し、薄暗かった部屋がもうひと段階、暗くなったその時だ。
突然誰もいないはずの背後から荒い息遣いが聞こえ、湿った空気がしきりに首筋にかかった。
「…………よく来たな」
背後からの声は、フェデリコでもなければ、ミローティのものでもない。
明らかに若い二人に比べて年老いた声。
その声がした方から、骸骨を思わせるような、二本の青白く細い腕が伸びて来て、体を拘束した。
細い指は虫のように体のあちこちを這い回り、生暖かい息が耳の裏にかかったかと思うと「湿った何か」がネチャリ、と音を立てて、耳たぶに二、三度触れて、全身の皮膚が粟立った。
「ヒェッ!?」
首と目はなんとか動かすことができそうだと思い、後ろを確認する。
青白い、人の形をしたものが、ぼうっと闇に浮かんでいた。
長い髪に、ひげをたくわえた中年男。死人のように血色を失った肌とは対照的に、光と湛えた眼が、私を凝視しているのが見える。
目を背けたくなるような、この上となく恐ろしい顔から、不思議と目が離せない。
どうしたら相手に不快感を与えるか、知り尽くしたような指の動きに、精神の限界をやられた。
(……き、気持ち悪)
逃げようともがきたいが、しかし体が動かない。
呼吸は思うようにいかず、恐怖は血をつたって全身にいきわたり、体の運動機能は麻痺していく。
なのに皮膚感覚だけは、敏感になっているようだ。
やむを得ないが指輪を使おうと、ホルスターに提げた袋に念を送ろうとして気付いた。脚に巻いたはずのホルスターごと、なくなっている。
「そんな、いつの間に!?」
あまりにも不快な感触に気を取られていて、ホルスターを奪われるのに気が付かなかったのである。
「おいで、わしのフェデリコ」
男が呼ぶと、ずっと動きを止めていたフェデリコがこちらに歩いて来る。
その表情は、無とか冷徹とかいうよりも、生気そのものがない。
人形でないはずのミローティも、ぜんまいネジが切れたかのように動かくなくなっている。
(フェデリコもミローティも両方生身で、この変な男に、操られてるのかしら?)
それならさっき、手を撃たれたフェデリコが、何の反応もしなかったことにも説明がつく。
しかし男が発した「わしのフェデリコ」という呼び方が気になる。
考えている間にフェデリコは私の体を軽々と抱き上げ、寝台に乗せた。
ミローティに両足をグッと押さえつけられ、拘束されてしまう前に三人を倒さなければと、詠唱しようとした。
だが突然、ネットリした生暖かいものが指に絡んできて、鳥肌が立った。
信じられないことに、青白い男はなんと、私の指を一本ずつ口に含み、舌を駆使しながら緩急付けて上下に舐めしゃぶっていたのだ。
「ぃっ……いやぁっ!?」
もう手どころか、全身から力が抜けていき、なすすべもなく両手両足首には枷がはめられてしまう。ついでに腰に差した剣も、没収されてしまった。
両手両足首につけられた鉄の枷を外すには、錆びさせるのが一番だろう。これなら指輪なしの、自前の魔法でもなんとかなる。
「ブライン……」
違和感に気付き、途中で詠唱を中止した。
「気付いたようだね」
青白い男の目じりが、ぐにゃあ、と下がる。粘っこい視線が、油膜のように体に絡みついてくる。
「この寝台と拘束具には、魔力を封じる魔法を施してある」
絶望的な情報を告げながら、男は私から没収した剣とホルスターを、寝台の足側にある棚に置いた。隣にはミローティの肖像画が入った、小さな写真立てがある。
「申し遅れたね、お嬢さん。わしはこの家の主のビオナード。今は人形師を生業としている。ここ数日、モナの瞳を通じてお前を観察していたが……」
地の底からの響くような低い笑いとともに、ビオナードと名乗った彼の眼の縁は、ぐにゃりと曲がる。
「モナ?」
部屋のドアが開いて、あの黒い貴婦人が入ってくる。
「彼女は私の人形の一人でね。名前はモナ。最近の流行に目を通したり、女しか入れない場所に入ったりと、情報収集が彼女の役目さ。そして彼も」
そう言って今度は、男の視線はフェデリコに向けられた。
「『不良記者のフェデリコ』、『貴婦人のモナ』、そしてこの辺一帯の墓地を縄張りとしている墓泥棒達。みんなわしの作った人形だよ。わしは生前、芸術家をしていてね。作った絵や人形や像に、本物と変わらない質感を持たせる能力を授かった」
「驚いたかね? わしの魂が入り込めば、涙を流したり、発汗するどころか、出血すらできるようになる」
ビオナードの言葉でフェデリコの出血について説明された。
「全員わしの意識を共有し、わしの意思で動いている。その中に新しく『宮廷画家のランジェロ』が加わる予定さ」
「新しく加わるって……」
今の説明なら、ここに存在しているランジェロ=ミローティも人形であると結論が出かけたが、彼だけは、生きた生身の体であるかのような口ぶりだ。
そのランジェロの人形が「これから作られる」ということは……。




