《45-4無事に出られたら》
「え、帰るんじゃないの?」
ここから出る手段を探していたはずの彼だが、両手で拳を握って首を横に振った。
「いーや! こんなヤバい奴ら、野放しになんかしておけるか。そんでもって、この事件を見事解決して、俺を門前払いにした丘陵の政兵どもの鼻を明かしてやる!」
断ってもどうせ、来るんだろう。彼の本気がビリビリ伝わってきた。
もう話を聴く態勢ではなく、なんというか「善は急げ!」モードに入っているなと、諦めがつく。
「……はあ、それは勝手だけど。あ、壁の絵の裏、隠し部屋あるわよ」
隠し部屋の存在を告げると、フェデリコは隠し部屋の中へ飛び込みんでいく。中ではやっぱり、美術館だったら即つまみ出されるような、遠慮のないフラッシュがバシバシ焚かれている。
ちょっと気になったことを尋ねてみた。
「ところでさっき『俺と同じ』って言ってたけど、あなたのとこにも来たの? 黒い貴婦人」
撮影を終えて、壁から片足を出し「ああ、来たよ」と、彼は頷く。
「やっぱりミスティのとこと同じ、隠し撮り写真をポストに投げ込んできた。それでこっちが反応すると、それに合わせてまた、写真を投げ込んで挑発して来やがった」
「写真って、そんなすぐに現像できるの? 大げさじゃなくて、秒単位だったわよ。それに」
「『まともに写らないはずの君の姿が、鮮明に映ってた』って言いたいんだろ」
「うん」
「『念写』っていって、見たものや思い浮かべたものを、写真にできる魔法があるのは、聞いたことがある。俺も欲しいんだけどね、どうも俺には魔法の素養がないらしい。ひょっとしたら普通のカメラじゃ写せない映像も、頭の中にあれば出せるのかもな」
とりあえず『念写』に限って言えば、彼が絶対、持っちゃいけない能力だとは、私でも解る。そう考えると、魔法の素養が彼にないのは幸いかも。
「話し戻すと、これがポストに入ってた。だいたいミスティのと、同じ内容だと思うけど」
彼が出して見せたのは、私のポストに投げ込まれたのと同じ、分厚い白い封筒。
中を開くと私の同じ、私を宿屋の前に送った所の写真。
事務所なのか、机やカメラのレンズが置いてある部屋の中が映り込んでいる写真。椅子に座って資料と思しき紙を眺めていたり、書きものをしている光景。
彼の目線は撮影に気付いていないかのように、こちらを向いておらず、やはり合意で撮ったものではないのが伺える。次は本棚のあるベッドルーム。
「自宅兼、仕事場ってこと?」
「そう。別々に借りると金かかるから、ちょっと広めの部屋を一つ、借りてるよ」
へえ、なんて相槌を打ちながら次の写真に移ると、煙草を吸っている写真…………しかし真っ裸で。
「最っ低! 変態!」
こんなものをいきなり見せられてカッとなり、反射的に写真を投げつけた。
「本当、ありえない」
さっさと部屋を出て階段に向かう。フェデリコの声と足音が、後ろから追いかけてくる。
「うっかり抜くの忘れてただけだって。そんな怒らなくても……」
こういうチャラ男には、私の気持ちなんて理解できないだろう。初めて見る〇〇〇が好きでもない男のものだった、うら若い女性の気持ちなんて。
私が一度止まって振り返ると、この男から更なるありえない発言が飛び出した。
「いくらなんでも、見た事くらいあるでしょ!?」
「ないっ、一緒にしないで!」
ここに残ると言ったのは、事件を暴いて馬鹿にしてきた政兵を見返すためじゃなく、私への嫌がらせだろうか。
「えっ、ひょっとして男と寝た事ないの? 嘘でしょ?」
間違って貴族令嬢や女性政兵にセクハラして、訴えられればいいのに(判決はマリエラ王女希望)。
「ふーん、じゃあ例の男とも、そういう関係にはなってなかったわけだ」
グサリ、と心にきた。
本当に傷ついた。
なんで私はあの時、この男に失恋話をしてしまったんだろう。
こういうタチの悪い奴はなぜか、話しやすい雰囲気を持っているのはどうしてなんだろうか。
しかし問題はそれだけではない。
「元はと言えば、あんな写真まで撮ってる変態おばさんが悪いのよ。律儀に両方で全裸撮る必要がどこにあるのよ!?」
踏みしめた階段が、鳴き声みたいな軋み音を立てた。
「そりゃあ、『無視したらばら撒くぞ』とかいう脅しだろ。知り合いやら友達を人質にしてるったって、しょせん他人だし。保険としては、有効でしょ。他人が自分の裸の写真を持ってるってだけで、一部の変態を除けば、相手は必ず回収したいって思うよ」
「一部の変態……ねえ」
彼の場合回収じゃなくて、貴婦人本体が目的になりかねない。
変態で美人の熟女も、好きそうだもの。
「その視線はどういう意味? ひょっとしてまた、怒らせた?」
「これで怒らなかったら、私が一番変態よ」
階段の突き当たりには、扉が二つあるだけで。階段はない。
「外からは大きそうに見えたけど、これより上はないみたいね。二手に分かれる?」
「いや、一人にはならない方がいい。どこでどうやって見てるか、どこに潜んでるか、分ったもんじゃない」
まずは少しばかり距離が近い右の扉に手を掛けようとして、フェデリコが待ったをかける。
「なに? 左が良かった?」
「本当に、さっきはゴメン。意地悪言った」
言い方がさっきからの薄っぺらい感じではなく、本当に悪いと思っているよう。彼がしおらしいと、何だか気持ち悪い。
「どうしたの?」
「あのさミスティ、ここから無事に出られたらさ……俺と、付き合ってくれ」
「ハァ!?」
思わぬ告白に、口をついて大きな声が出た。
「最初に近付いたのは『闘技場のルビーの双子の妹』、『盗賊狩りのサフォー』への、興味だったよ。嫌な言い方すれば、記事のネタくらいにしか思ってなかった。でも、話してる内に、普通の女の子と変わらなくて、可愛いなって思うようになってさ」
目の前の真剣な表情と重い声での言葉が、にわかに信じられない。
フェデリコは、無断で店内や他人を撮影したり、失礼な質問を平気でしたり、平気でセクハラしたりできてしまうような、軽薄で不埒な男だったはずなのに。
明確な言い回しを避けて、弄ぼうとしているならまだしも。
「気味の悪い写真を怖がったり、失恋して泣き言言ったりしてるの見てさ……俺が守ってあげたいって思った。挙句の果てにはその好きな男どころか、ミローティにまで嫉妬するようになって」
「……いやいや、ランジェロ=ミローティはないでしょ」
「似顔絵描いてもらって喜んでた時の顔、めちゃめちゃ可愛かったから」
私が困惑しているのを悟ったのか、彼は話をいったん止める。
「いきなり言われても、迷惑だよな」
「……っていうより、ものすごくビックリしてる」
「そっか。まずさ、茶飲み友達から始めない? 近い内にデート誘うから、検討しといて」
「……考えとく」
さっきまで失礼の権化に対する返事なら、即答で「ヤダ」とはっきり言えたであろう。
しかしどうやって断れば、なるべく傷つけないで済むかを、私は今真剣に考えている。
とりあえず今は、早く目的を果たして外に出なければと思い直し、ドアを開けた。
「遅かったじゃないか」
「……えっ、嘘!?」
部屋の中にいたのはランジェロ=ミローティ。
「ここの家主は、ビオナードじゃないの?」
目を引くのは窓を覆う重厚そうな板と、中央にある寝台。
薄い布がかけられていて、無機質で生活感のない、手術台を思わせる見た目をしている。
その二つがこの部屋の異様さを引き立たせている。
ドアが閉まる音と施錠の音がして振り向くと、フェデリコが銃口をこちらに向けていた。




