《45-2施錠された扉と、廊下に並ぶ像と甲冑》
「ウソでしょ……!?」
鍵がかけられている。
思い返してみれば……いや、思い返さなくても罠だ。
指輪は持って来たし扉を……とも思った。だが、落ちていた写真や、送りつけられてきた写真の意味を考えると、私が逃げおおせても、ロクな結末にはならない。
貴婦人の狙いが私かローラ、というフェデリコの推理が頭をよぎる。
「……本当に客として来てるのかなと思ってさ」
「次の獲物、たぶん君じゃない?」
「よく現れるんだろ? あそこに身分の高そうな女が一人で来るって状況だけでも、不自然極まりない。単に茶を飲みに来てるんじゃなくて、目を付けた獲物を観察しているとしたら」
「君の店、もう一人女の子いたよね。ボブヘアの可愛い娘。店主の娘さんだっけ」
丘陵の政兵も監視員も、今はあてにならない。
貴婦人を捕まえられなくても、彼らのどちらかでも納得させられるような証拠があれば、と館の探索を決意した。
それに彼女が外に出ていたということは、どこかに他の出入り口があるのかもしれない。
(なくても指輪を使えば、出られるんだけど)
あくまで最終手段にはなる。
どこでどうやって監視(しかも撮影)されているか分からない以上、うかつには使えない。
私が貴婦人を訴えても、彼女が私の指輪の所持を告発してしまえば、私はアルの時みたいに、いちゃもんをつけられ、神明裁判に掛けられてしまうだろう。
瞬間移動という魔法は通常、限られた者しか使えない。
魔法をかじっている者には、結構知られてしまっている。これは大きなネックである。
私の決意と諦めを悟ったかのように、内部の燭台が灯り、奥へと招く。
さて、中を見渡してみると、今にも眼が動きそうな肖像画や甲冑、向かい合ったユニコーンの像が数体。客人を迎えるように、また侵入者を牽制するように、兵を思わせる位置に並んでいる。
燭台のおかげで廊下が蜂蜜色に照らされるも、美術品を楽しもう、という気にはなれない。
むしろ私に敵意を持った何者かが、ドアを開けて照明までつけてくれるような、こんなにあからさまに招き入れてくる状態のせいで、気色悪さを引き立てる存在にしかならない。
よく見ると甲冑のバイザーの部分から、目が覗いている。
「よくでき過ぎ」
虹彩の筋の一つ一つまであまりにリアルな出来栄えに、まじまじと人形の目を覗き込んでしまう。相当凄い、人形師か誰かが作ったのだろう。
文字通り「今にも動き出しそう」。
魔導師の家や悪魔化した貴族の家のガーゴイルみたいに、通ったら動いたりしないだろうか、などと妄想が働く。
「まさかね」
先へ踏み出す。
すると甲高い嘶きの声が、至近距離で上がった。
ユニコーンの像が、頭の先からみるみるうちに、本物の馬に変身している。
「ていっ!」
ユニコーンが石像化を完全に解く前に……と、銃を抜く。
同時に重厚な金属の、具足で動いているような足音が、すぐ横でした。
飾ってあった甲冑が、剣を振り下ろそうとしているのが視界の隅に入る。
まずは回避を優先し、扉の方へ走って間合いを取る。
「ブライン・エッジ」
海水の刃を詠唱し、ユニコーンと甲冑に飛ばす。
ユニコーンは真っ二つに切れたが、甲冑はまだ動いている。
刃が当たった場所は錆びてはきている。そこに数発叩き込むと、赤茶けてもろくなった鎧と共に、甲冑は上半身と下半身に分かれた。
動いていた二体を倒し余裕ができると、改めて廊下を見渡す。
他にも、動いてもおかしくないものはまだある。つまり傀儡にしやすい、人や動物型のものが。
「他も、危ないわよね?」
像どころか、絵も警戒した方がいいだろう。
美術品を見るのが好きな身としては心が痛むが、この場合は仕方ないと割り切る。
「アビザル・フロスト」
私の放った塩の冷気は通路いっぱいに広がり、絵画や像、甲冑を飲み込み、突き当りまで押し流す。
倒れた美術品達は氷漬けになる。
乱暴なやり方かもしれないが、罠を仕掛けた以上は壊されるのを前提にしてもらいたい。
先にこちらを挑発して危害を加えたのは、そっちなのだから。
「それにしても……あーあ、もったいない」
ぼやきながら破壊したものの残骸を振り返ると、斬った甲冑から人間の……色とりどりの内臓と、白い肉の断面が覗いていた。
剥製。
とても精巧なのは、当たり前だ。
「悪シュミ……」
いくら賞金首狩りをして人の死に慣れようとも、かといって、好きになるわけではない。
手始めに、近くにある扉を開けた。
手狭な部屋にはおそらく額縁か、大きな鏡だろうか。布に覆われた四角いものがいくつも並んでいる。
倉庫の用途で使われているのかなと、さっきの気持ち悪さを思い出しながらも、不謹慎ながら湧き上がってくる好奇心が布を外させた。
カンヴァスだ。
しかし美しく感動的な、誰もが芸術と称賛する絵画ではない。死体の敷き詰められた部屋の絵。
他のもはがしてみると、女の悲痛な叫びがこちらにも聞こえてきそうな魔女裁判の光景や、施療院、あるいは地獄に続いていると思われる、蒼黒い顔の、果てしない行列の絵。
そそくさと部屋を出ると、その隣の部屋を開ける。
石膏像が敷き詰められたそこは、ドアを開けた瞬間に像が動き出したので、ブライン・エッジを叩き込み、全て破壊した。
一番奥の部屋に入る。
中に入って目に飛び込んできたのは、壁にかかった、私の身長より少し低いくらいの大きな夕空と花畑の絵。
「きれい」
迫りくる夕空と、その同じ色の花の絨毯畑。紫の雲の流れる秋風が吹き付けてくる錯覚までしそうな景色に、素直に見とれることができた。
あとは古びたベッドと机と、イーゼルが一つあるだけだ。
絵をもう一度見ると額縁が、斜めに歪んでいるのに気付いた。
「あれ、ズレてるじゃない」
もっと近付くと、本来の位置とのずれの部分に、空間がある。
「隠し扉?」
手を掛けると、絵は大きさに反して軽かった。予想通り、中には部屋があった。
「ヒェっ!?」
真っ暗な中に石膏像が群れをなしていたので、軽い悲鳴を上がる。隠すように保管されたそれらは、明らかに、他の物と扱いが違う。
照明を浴びて煌々と照らされている顔は、どれも明らかに見覚えがあった。
「これ全部、ギャラクスさん?」
その奥には大事そうに包まれた、いくらかの絵。多分同じだろうと予想はできたし、また像が襲ってきたら嫌だ。
それなのに何故か強烈に「見たい」という誘惑に駆られ、そっと足を踏み入れてしまう。
像達は襲って来るどころか、うんともすんとも言わない。やはり特別な物だけあって、破壊される可能性のあるトラップには使えないのかもしれない。
後ろの出入り口に警戒しながら、次はカンヴァスを包んでいる布に手を掛けてみる。現れたのは、全てギャラクスさんそっくりの肖像画だった。
天使姿。人の身長を上回るほどの巨大な鷲に乗る美青年。楽器を手に持つ姿。酒に酔っている所……などなど。
隠し部屋を出て花畑の絵を元に戻し、机を開けてみる。今度は、ギャラクスさんのグラファイトスケッチが大量に出てきた。
しかし気になるのが、さっきの像やカンヴァスも含めて、一糸まとっていないか、腰に布一枚つけただけのものが大半を占めていること。
どれも、神々しいまでに美しい。なのにどこか、恐ろしさと気持ち悪さを感じてしまうのが不思議だった。
二段目は茶色の革でできている、古びた日記帳があった。
表に金文字で「ビオナード」と名前が入っている。
あの絵を描いた人物、そして家主だろうか。
ビオナードは決して珍しい名前ではないけど、芸術家と言う前情報があると、嫌でも芸術史に名を残した天才が頭に浮かぶ。
「全部のページにびっしり『ギャラクス』って書いてあったりして」
自分で言っておきながら、全身にぶわっと鳥肌が立った。恐怖を和らげるための冗談だったが、見事に逆効果だ。
ところでビオナードは男性の名前だし、貴婦人のではないだろう。
そうなると、いろいろな疑問があふれ出る。
彼女は奥さんだろうか? 妻のいる人が男性の裸の絵を、大量に大事に保存しているものなのだろうか?
だから隠すように保存されているのか?
首を傾げていても埒が明かないので、日記を開いた。




