【第45話 ミスティ編:館への招待】《45-1挑発と誘導 投函された『写れないはずの写真』》
「び……びっくりしたぁ」
靴の音が遠ざかっていくのを聞きながら、ドアに背中を預けた状態で、鍵を閉めた。
「チャラい、とは思ってたけど」
唇に手を当て、今しがた起こった事を振り返る。
部屋に入られなくて良かった。キスで済むかすら、怪しい。
(もう会うの、やめよう)
都にはキレイなお姉さんも可愛い女の子も、いっぱいいる。
ああいうタイプはダメだったらダメだったで、次々行くに決まってる。
だから今日の事は気にせず、さっさと忘れよう。
数時刻が経過し、ガコン、とドアから音がした。
体にバスタオルを巻いたまま、お風呂から出た時だった。
宿屋の主人がドアポストに、郵便物か配布物でも入れたのだろう。
ポストの受け箱を開けると、白い封筒が入っていた。宛名も差出人も書かれていないばかりか、手紙にしては妙に分厚い。
なんとなくの薄気味悪さを感じつつも、気になって開封する。
「……なにコレ?」
分厚いのは同封されていた、大量の写真のせいだ。
一枚目のものは、私の勤め先のカフェを外から写したもの。それから内部、ホールやカウンターの様子。
それからなぜかローラの写真。
これは複数枚ある。普通に働いている姿から、私服で歩いているところ。
どれも目線はカメラ側の方を向いておらず、まるで彼女の後をつけているかのようなアングルなのが気になる。
意味が解らないのは、なぜ私の所に?
嫌がらせが目的なら、本人の所に送るはず。
何かしらの要求があれば、店主夫妻に「お前らの娘にいつでも危害を加えられる」といったメッセージ付きで送る、とか。
だけど写真はまだまだあるので、まず次の確認が先だ。
「私の……写真。ちゃんと写ってる!?」
どこかが欠けたり透けたりすることなく、鮮明に。
背景はこの宿屋。
フェデリコに送ってもらった時のものだ。つまり……
「……今日、撮られたってこと? 最悪」
居場所がバレていることも意味していて、背筋がゾッとした。
しかし驚くのは、まだ早かった。次をめくって、更に恐ろしいものを見てしまったのだから。
帰ってきたばかりの所、靴を脱いでベッドに腰かけている所。
それからお風呂に入る為に服を脱いでいる所に、入浴中のも。
写っている服から判断しても、撮影されたのは今日で、しかもお風呂から出たのは、今しがたのことだ。
「……そんな、部屋の中ずっと、見てたってこと!?」
全身の血でも抜かれたんじゃないかと思うくらい、体が寒くなって、脚がガタガタ震えた。
ガタッ!
追い打ちをかけるように、また受け箱が音を出す。
受け箱の中には、写真が今度は裸で入っていたのだが、見た瞬間、全身の毛が逆立つのが自覚できた。
私が封筒を開封して、中身の写真を確認している後ろ姿だ。
今の今まで覗いている誰かを確認すべく窓を見ると、一瞬だけこちらを覗く顔半分が見えたが、さっと消えた。
そしてまた、あざ笑うかのようにドアポストの開閉音が。
「誰なの?」
明らかにこちらを挑発している。
深呼吸して状況を整理すると、少しだけ落ち着いて来る。この卑劣な嫌がらせに対して、強い怒りが湧き上がってきた。
お風呂前に脱ぎ捨てたシャツを着てホットパンツを穿き、剣を差して太ももにホルスターを着用すると、意を決してドアを開けた。
誰もいない。
辺りを見回すと、少し離れた建物の影に、人の姿を発見した。
「昨日ぶりね」
いたのは「黒い貴婦人」。
どういう意図か。いや、本当に彼女が投函したかは知らない。
しかしこんな薄暗がりの中で、意味もなくこちらを見つめて笑っているとは考えにくい。
受け箱を確認すると、窓を確認しに向かっている私の写真。
再び顔を上げると、貴婦人はまだそこにいて、こちらに向かって薄気味悪く微笑んでいる。
私と目が合うと誘うように、溶けていくように、暗がりへ引っ込んでいく。追いかけると彼女は小路を走って逃げる。
都の広場から西に伸びる大路へ入ると、見失った。
「な……なんて足の速い、おばさんなの!?」
私は息を切らしながら、目で彼女を捜す。
脚を覆い隠してしまうような長いスカートで、一切ペースを乱すことなく走っていくのだ。
つい、心の中で「化け物」毒づいてしまう。
「あっ、あそこにいるの」
郊外へ続く道の方に、彼女はいた。
私に来てもらわないと困るのか、とっくにいなくなっていてもよさそうなのに、塀の陰から顔を出している。
私が走り出すと、それに合わせるようにスーッと引っ込んだ。
郊外の道を走っていく内に、周囲の木が多くなってきて、逆に建物の数が減っていく。やがては林道の入口まで誘導される。
彼女は私との一定の距離を保っているらしく、追いつけそうで追いつけない。
翻弄されているのが非常に腹立たしいが、問いたださなければいけないのと、回収しなければいけないものがある以上、ここは従うしかない。
要塞と見まがうような、高い塀の屋敷の前に出た。重厚な石造りの塀の中央には、牢獄の鉄格子を思わせる門が、口を広げている。
その奥にある屋敷の扉が閉まる寸前に、黒いスカートの影が入って行くのが見えた。
そっと、敷地内に足を踏み入れる。
雨の跡や、日焼けと思われる色褪せが古さを感じさせる、茶色のレンガの外壁。
大きさも見た目も全然違うけど、昔村の近くの山で見た、火葬用の簡素な小屋を思い出させる。
懐かしい思い出に浸りながらドア前に立つが、黒い鉄の扉に掘られた天使のレリーフは、美しいとか可愛らしいというよりも、あの世への入り口を連想させた。
コンコンッ!
と少し強めにノックをしたものの、返事はない。ここでスッと、頭が冷える。
(丘陵の政兵にでも相談した方が、いいんじゃないしら?)
相手は明らかに普通ではないし、やったとことは悪質な嫌がらせである。
引き返そうと門に向き直ったタイミングで、ふわっと湿った空気が背中に当たった。
「開いた!?」
ドアは開いているのに、開けたと思しき人物は影も形もない。
ますます怪しい。入るべきか、余計に迷う。
引き返そうという選択肢に傾いたところで、フェデリコのしていた話を思い出す。
パン屋の娘さんが行方不明になる寸前に、黒い貴婦人と一緒にいたという重要な証言が、相手にされなかったという話を。
(信用できるのかしら? 『数秒で現像だって? そんなことできるわけないだろ!』とか、言うんじゃないだろうか)
それどころか相談内容を漏らされて、貴婦人を刺激してしまうかもしれない。向こうは私の裸の写真まで持っている。
気味悪いこと続きで気が動転していたのか、少し、だいたい一M半くらい先に何か落ちているのが今更になって目に入った。
どうも写真のようで、嫌な予感もしたのでつい引き付けられてしまった。
「……ローラと、オリヴィエ!?」
服装と手荷物から判断して、資材の買い出しに街へ出ているのであろう。彼らのちょうど間くらいの位置に、鈍い刃物でやったようないびつな傷が、めちゃめちゃにつけられていた。
彼らに危害を加える、というメッセージか、内情を知っていれば彼らの仲を裂く、とも捕らえられなくもない傷の付け方。
写真に気を取られてしまったのがいけなかった。
キィと、きしむ音がして振り向くと、入って行ったはずの貴婦人が、微笑みながらドアを閉めてしまった。




