《44-4無礼な質問の答え》
「怒らないんですか?」
私が口に出すと、ミローティは言った。
「多少無礼な質問くらい、慣れたものだよ」
「無礼だって認識は、あるんですね」
心の中で「やっぱり」と呟きながら、私は言った。
「ゴシップ記者の相手は、初めてじゃあない。とはいえ死体泥棒や殺人鬼の疑いまでかかってるとまでは、思ってなかったがね」
「ちなみに他の記者の方は、どんな質問してきたんですか?」
これは単なる興味だ。
「だいたい宮廷の連中の悪口を引き出そうとしてきたり……あとは色事についてばかりだな。酷い時には質問すらせずに、勝手にデマをまき散らしたり。
君のお兄さん……闘技場のルビーにモデルの話を持ち出したら、それをどっかから記者が盗み聞きしてたらしくて『ランジェロ=ミローティはホモ! 美少年剣士を口説いていた』なんて、記事が出ていた驚いた事もあったよ」
想像以上に酷い。記者を蛇蝎の如く、嫌う人がいるわけである。
「芸術家がモデルと愛人関係になるのは、珍しいことではないって聞きますけど。タチの悪い記者によって、歪められてしまったというところですかね」
「大半はそういうことだ。つまらない真実より、面白い嘘を彼らは選ぶ」
「なんだかすみません。ところで私がルベオルス……ルビーの妹って、なんで知ってるんですか?」
「俺も観戦しに行っただろ。そっくりだったから、言われなくても判った」
場を取り繕いつつ「無礼な記者」の話から離れてもらおうと、作品の感想に話を移す。
「まあでも、モデルと恋愛関係なんて疑われるのも無理ないですよ。ランジェロさんの描いた絵の中の人、幸せな恋愛してる人みたいに、すっごくキラキラしてて魅力的ですもん」
ちょっと馬鹿っぽいけど、単なる感想だし、背伸びをする必要はない。
「描かれてるうちに、ほんとにランジェロさんに恋しちゃうんだろうなーって、実はちょっとだけ思っちゃった」
「ふーん」
言い方はぞんざいだが、ミローティはまんざらでもなさそうな顔になる。
「俺の画集、持ってるんだっけ?」
「裸婦と、神話系の画集なら。他のは私のいた地方じゃ取り扱いがなかったから、買えなかったけど」
ゼーンズフトの街では、画集を扱ってくれている書店はそこまで多くない。見つけても売り切れがほとんどだから、手に入れるのは結構難しい。
「この都出身じゃないのか。どこから来た?」
「トリフィラートの、オルカントリード地方です」
「アルフィード=エースペードやユング=ロックハートと同郷か。大火事、大変だったな。家族は無事だったのか?」
「大火事の時は、私はすでに、村を出てました。家族はその前からいません。ルベオルスが兄だと知ったのも、つい最近なんです。ふと思ったんですが、ランジェロさんが生まれた場所って、どんな所だったんですか?」
「なぜ具体的な地名を訊かない?」
「謎を残した方がいいかなって。謎の多さはランジェロさんの魅力の一つだと思ってますし。あ、でも答えてくれるなら、それもそれで嬉しいですけど」
さっきからずっと黙っていたフェデリコが不機嫌そうに咳ばらいをすると、話は本筋に戻る。
「結論を言うと、確かに解剖はしたことがある。解剖学を学んだ時期もあったし、処刑人を買収して、死体を入手もした。しかし今は、解剖教室もやってる医者と契約して、資料の写しを譲ってもらってるから、そんな必要はないよ」
そして「嘘だと思ったら」と、ある外科医の連絡先を教えてくれた。
「さっきはどうして、あたかも自分はやってないと取れるような答えを?」
フェデリコのこの意地悪な質問は、次の答えで一蹴された。
「あることないこと書かれて、悪いイメージを広められたくなかったからだ。ただでさえ、芸術家は誤解を買いやすい職業だからな。俺が下手なことを言って、王や王女の顔に、泥を塗ることになってしまいかねない」
なるほどと、圧し口になるフェデリコ。
「ところで」
と、ミローティは私の方に話しかけた。
「ミスティとかいったな。モデルに興味ないか?」
「えっ……私がですか!?」
「さっき言ってた『描かれてるうちに、恋してしまうんだろうと思った』って。実際にやって、試してみないか?」
私のすぐ後ろの壁にミローティが手をついて、その場に拘束される形になる。
「ちょっと、助手を威圧しないで下さい」
間にフェデリコが入り、私は解放される。
「なんだ。この場で俺が彼女を描いて、あんたがその光景を撮れば、いい記事のネタになるんじゃないかと思ったんだがね。わざとネタになりそうなことまで、言ってやったのに」
するとミローティは、こちらに懐中時計を投げた。
「三分、いや、二分でいい。計ってくれ」
すごい速さで彼の持つ紙の上を、グラファイト・ペンシルが滑り始める。
一度も迷うことないペンの動きに見とれている内に「完成」が告げられる。
「[一分……二秒…………」
時間を読み上げ、ミローティに時計を返却した。
「まだ余裕があったか。もう少し描き込んでも良かったかな」
時計と入れ替えに私の手に渡されたのは、今の紙。
こんな短時間で描いたとは思えない、私の肩から上の似顔絵スケッチがそこにあった。
「これ、私!?」
「持って行け」
「いいんですかぁ!? ありがとうございまーす」
これは素直に嬉しい。
「噂では『盗賊狩りのサフォーは、写真に写らない』。でも絵だったら、こうやって姿を残すこともできるだろ?」
言いながらミローティは、フェデリコのカメラを一瞥する。
「……知ってて俺に『写真を撮れ』って、言ってたのか」
じとーっとした目つきでフェデリコが非難がましく言うも、その反応を期待していたように、ミローティは含み笑いをした。
「殺人犯やら死体泥棒呼ばわりされたんだ。これくらいの仕返しは許されてもいいんじゃないかと思ってな」
取材は「無事に終わった」と言っていいかは分からないが、とりあえず、フェデリコの持っていた疑いを、決定づけるような結果にはならなかった。
階段を下りながら、フェデリコは悔しそうにソフト帽を掴み、ぶつくさ言った。
「ゴメン。あー本当、とんだガセネタ掴まされちまった」
「黒い服の女の人も、医療器具の店で働いてるもと看護婦で、モデルの一人……だもんね。出入りしてても、そりゃおかしくないわ」
実はミローティの部屋で「黒い貴婦人」についても尋ねた。
「この人、知りませんか?」
フェデリコの持っていた彼女の写真をミローティに見せると、ラフを見せてくれた。
昨日の帰り際に、意味ありげに「ローラから、絶対目を離さないで」とオリヴィエに言ってしまった。
まだ確定していないから、ローラ本人やご両親に言うわけにはいかず、彼にだけ言っておいたのだが。
彼女の身に危険がないなら、それは良いことに変わりない。しかし本当にガセネタだったら、なんて言い訳しようか。
「どうする? 解剖学教室の外科医だったっけ。当たってみる?」
せっかく連絡先をもらったわけだし、行ってみる価値はありそうだが。
「そうだな、善は急げだ」
がっくりしていたと思ったら、急に元気になってフェデリコは私の腕を引っ張り、アパルトマンを出る。
その後その外科医に確認すると、嘘はないことも判明し、ついでに解剖教室の見学まですることになった。
「……ぅう…………気持ち悪い」
鼻の奥からまだ、血の匂いがする。
外科医いわく、ミローティから電信が入り「フェデリコというフリーの記者が、解剖学に大変な興味を持っているから、教室に来たら是非とも見学させてあげてくれ」と、言付けられていたそう。
……一部にはびこる解剖学への悪いイメージを払拭すべく、外科医の先生、すごく張り切って講義をしてくれた。
講義・実習が終わると、先生からは図版の複製を渡され「素晴らしい記事を書いてくれたまえ!」と、送り出されたのが、ついさっきまでの事。
帰りはまた送ってくれるというので、お言葉に甘えさせてもらい、新しい宿屋への道を案内した。
「あれ、宿屋変えたの?」
「前のとこもよかったけど、こっちの方が安いから。せっかくレオパルテなんておしゃれな国に来たんだし、いろいろ引っ越してみるのもいいかなーって」
すると彼の表情が、少しばかり暗くなる。
「首都圏や、レオパルテから出て行っちゃう……ってことはないよね?」
「今のとこはない。なんで?」
訊き返すと彼は目を斜め下に泳がせ、指で困ったように頬をかいた。
「いや……その。淋しくなるな、って」
「そぉ?」
どっちにしろ、出て行く予定がないというか、行く場所もないけども。
「それじゃあね、今日はありがと」
部屋のドアに手を掛けると、後ろから抱きすくめられた。驚いて硬直していると、耳元でこう言われる。
「また、会えないかな? 今度は取材とか関係なく、プライベートでさ」
「え? それって……デート誘ってるってこと?」
冗談だと言ってくれ。正面に向き直ると、ジッとこちらの目を覗き込むような視線がぶつかる。
「ミスティのこと……もっと知りたい」
今言われた言葉の意味を反芻する間に、唇が至近距離まで近づいて来る。
「やめてっ!」
今度は本当に突き飛ばして、素早くドアを閉めた。




