《44-2死体の需要と、次の標的候補の考察》
「あくまで仮説だから、驚いたり怒ったりしないで」
この言葉に私が頷くと、彼は小声で仮説を述べた。
「今回の件には、ミローティが絡んでるんじゃないかと、俺は思ってる。もちろん、本人にストレートに訊くわけにはいかないがね」
「ふーん」
私の反応に彼は「あれっ?」と、逆に驚いた顔になる。
「『驚いたり怒ったりするな』とは言ったけど、随分冷静だね」
少し前だったら「ウソでしょ!?」と、脊髄反射で返していたと思う。
何も知らずに画廊や画集を眺めて喜んでいた頃だったら。
解剖の為の墓荒らしという事前情報があるので、「実は入手ルート不明の死体が……」なんて事実があったとしても、意外ではない。
もっといえば、正真正銘の悪魔から「とんでもない悪趣味変態」とドン引かれる時点で、もはや純粋な目では見られないだろう。
「だってランジェロは芸術家の中でも、謎が多いことでも有名だもの。そういう変な噂や考察の一つや二つ、立てられるでしょうに。ましてやあなた記者なんだし、そんな話でっち上げるくらい、朝飯前でしょ」
真実も嘘も、自在に操ることを日常としている記者の口からは、煽情的な話なんて、いくらでも出てくるだろう。
「『でっち上げ』とは、聞き捨てならないな。一応、考察に考察を重ねた結果、出た考えなんだけど」
「『調査』で裏を取ったんじゃなくて?」
「その裏を取るのが、今回の取材の目的なんだ。理解できかねるが、彼は解剖した死体のスケッチをする。死刑があれば処刑人を買収したり、酷い時には人の家の葬式をチェックして、墓荒らしまでやってのける。ところが最近、死体が手に入らなくなって、困ってるという噂を聞いてね」
「減ってるのよね、死刑」
闘技場の見世物として、すぐになくすわけにはいかないだろうが、死刑の件数は少しずつ減っているとは、新聞で読んだ。
「トリフィラートが死刑を廃止して、世界各国から『先進的だ』と称賛を受けて以来、先進国を名乗る国は死刑を廃止する方向に進んでいる。ついでに言えば墓荒らしについても、厳しい取り締まりの法律が作られるんだと。
しかしミローティを始め、解剖教室を開く医者や解剖学を学ぶ者など、死体を欲しがる者は案外大勢いる」
そこで意図的に死体を出して……になるのか。
「それじゃあ、犯人候補は他にもいっぱいいるってことじゃない」
「ミローティは、死体の需要を作ってる、いわば間接的に関わってる奴の一人にすぎないよ」
あたかもミローティが犯人のような話の流れだったので、肩透かしを食らった気分。
しかし話は、ここで終わりではなかった。
「実行犯は別にいる。おそらく、この女」
ふいにフェデリコが一枚の写真をカウンターテーブルに置いた。
「この女、ランジェロの住居によく出入りしているそうだ。近所の住民が、そう証言している。他にも解剖教室をやってる医者や、医学生の家近くでも」
「この人知ってる。最近うちの店によく来るわよ」
映っていたのはあの「黒い貴婦人」。
「被害者が姿をくらます直前に、被害者の近くにこの女が必ず現れてる。ついでに言うと」
もう一枚出されたのは、私と同じ年頃の女の子の写真。
「最近失踪したパン屋の娘だ。彼女がいなくなる前、黒い服の女が一緒に歩いてるのも見た。証言しても、ポリス連中には信じてはもらえなかったがね」
「どうして!? 重要な手がかりじゃない」
だいたいここは、曲がりなりにも先進国の王都だ。
なのに平然と盗賊が昼間の街を堂々とうろつけるという、治安の悪さを誇っている。どうしてと思ってはいたが丘陵の政兵の怠慢が、原因だったのか。
「『こんな目立つ格好で、これから誘拐する奴の周りをうろつく馬鹿がどこにいる!?』ってね」
「あ……確かにそれは言えてる」
まるで「怪しんでください」と、全身でアピールしてるんじゃないかと思うんじゃないくらい、彼女は怪しい。
「この人、この間ここにもいたわよ。私の気持ち悪い写真、見せてもらった日」
「マジか!?」
「すぐにいなくなっちゃったけど」
訝しむような目をして、フェデリコは無言で私を見つめる。
「……何?」
「……本当に客として来てるのかなと思ってさ」
「なにが、言いたいの?」
質問口調になってしまったが、結論はうすうす予想がつく。
「次の獲物、たぶん君じゃない?」
「えー!?」
「よく現れるんだろ? あそこに身分の高そうな女が一人で来るって状況だけでも、不自然極まりない。単に茶を飲みに来てるんじゃなくて、目を付けた獲物を観察しているとしたら」
まさか、と言いたいところだが、言えない。あの貴婦人の場違いさは、彼女を見た事がある人全員が指摘している。
「そ……そう? あそこは盗賊も来るくらいだし、客の中に他の裏稼業やってる人がいたって、おかしくはないわよ」
話を切り上げて帰ろうと席を立ち上がる。するとフェデリコはこう言った。
「君の店、もう一人女の子いたよね。ボブヘアの可愛い娘。店主の娘さんだっけ」




